まりトラ 

有栖川 黎

第1話 朝凪のカヌレ

 昨日、会社を辞めた。

 理由は色々あって今は言いたくはない。

 正直、自暴自棄になりかけていると言うのが、本当のところ。

 そんなこんなで海に来たのだけれど、特にすることも無く呑気にカヌレと紅茶の入った水筒を手にもって、コンクリート製の堤防の上で凪を堪能しつつ優雅に朝食を迎えているのである。


 私には八つ年が離れている兄がいるのだが、いつもお金を貸して欲しいと頼み込んでくるのだ。

 家族や親族に頼み入れる様を見ていると何だか申し訳なくなって憂鬱な気持ちになる。

 「神様、どうか兄を救ってください」そう調子よく私は願うのだがどうやらこの願いは神様には聞こえないらしい。

 ひょっとしたら神様に繋がるホットライン回線が断線しているのかもしれない。

 この行き場のない申訳のなさとイライラが雑木林の様に混在している様は他人から見ればきっと滑稽に映ることだろうし、自分の意図していない感情なので尚のこと不思議さとイライラの増幅に繋がるのだ。

 とにもかくにも私はそんな兄のことをフラミンゴと呼ぶことにしたのである。

 お金がらみだとどういう訳か、とても憂鬱な気持ちとイライラが湧いてくるのでとりあえず私の兄の話は置いておこう。


 私の出自を少し話させてもらおう。


 私は千年の都として名高い国際的な古都で先祖の代から身分の高い特権階級の出身であった。


 祖父及び父親に関しては高級官僚であり、私自身…幼稚園から大学までは私立の名門校で嫌味に聞こえるかもしれないが勉強もよくできて非常に恵まれた家庭であると言って良いであろう。


 しかし、そのような恵まれた環境に対して羨望的な眼差しを向けてスパイト行動と言うのであろうか?——嫌がらせや仲間外れにされる事が大人になってから頻発した。


 私は我慢をしてスルーしたがほぼ毎日続くのである。


 そのような幼稚で謎な行動に対して反発をすればいいと思ったが火に油を注いでしまったのである。


 それ以降、良い服を着ていたり靴を履いているとそれに対してネガティブな小言を言ってくるのである。


 実に滑稽ではあるがこれが3年続いた。


 そして私は職場を辞めたのである。



 何故かは分からないが、色々思いを巡らせているとストレスがどこかに行ってしまったような気がした。


 ひょっとしたら、凪の様に一時的な平穏なのかもしれない。


 だが、私は少しの前の状況と比べると確実にストレスは減っていると感じているのだ。


 実際に今、食しているカヌレも甘みを増して感じる。


 私は手記に現状を記載した。


 当然題名は「朝凪のカヌレ」である。

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