辺境の村のチートな “偽” 領主 ~真の領主が無能すぎるので丸ごと乗っ取って領民を幸せに導くことにしました~

冬藤 師走(とうどう しわす)

プロローグ

少し先の未来――仮面の “偽” 領主

 ――後世に「最良の領主」という輝かしい二つ名を歴史に刻んだアルフレド・ライズ伯爵。

 彼の治めるジュウラ領はながきにわたって繁栄の道を歩んだ、と歴史書には記録されている。

 だが、真の領主アルフレドの裏には、彼を操るが黒幕として君臨していた。

 その男の名前は“仮面のフォルス”。

 決してみずからは表に出ず。故にどの歴史にも語られず。

 ただ影で暗躍する、邪道じゃどうの英雄である。


 ◇ ◇ ◇


「聞いたかよ、あの噂」

「ああ、『ハテノ』とかいう近くの村の話だろ?」


 辺境の寂れた山村、『ユラ』という村の片隅で二人の男性がひそひそ声で話す。声を小さくしているのは、この話をユラの村長やその配下に聞かれたくなかったからだ。

 彼らが暮らすユラの村長はゴウツクという名の男で、自分が世界で一番偉いと思っているようなタイプの、で嫌な奴だった。おまけに残忍であり、自身に従わない村民を見ると、配下に捕えさせて二度とたてつかないように徹底的に罰を与える。

 そのため、普段の村人はゴウツクの気を悪くするような発言はしないようにするのだが……このときの二人は、罰を覚悟してでもその話をしたかったのである。

 自分たちと同じようなとある小さな村の各地で、信じられないような改革が起きつつあるという話を。


 男たちは小声のまま会話を続ける。

「なんでも、最低野郎と評判だった『ジュウラ』の悪徳領主様がいきなり改心して、村の税の取り立てを軽くしたそうじゃないか」

「それだけじゃないぜ。領主様はその村だけじゃなくて他の村や町も回って次々に取り立てすぎた税や作物を返しているらしい。この間うちの村に流れ着いたウーゴって商人がそう言ってたぜ」


 彼らが話しているのは、自分たちが所属している『ジュウラ領』の領主についての話題だった。先日ふらっと訪れた謎の商人が喧伝けんでんしていたのだ。

 元々、ジュウラ領の領主は領内の村や町に重い税収を強いていたため、領民からの評判は最低レベルだった。だがある日を境に急に人格が変わり、金や食料を配り回っているのだという。

 その噂に対して、麦わら帽子をかぶった男は楽観的な想像を膨らませたが、もう一方の口ひげを蓄えた男はそうもいかないようだった。

「……まあ、どうせただの与太話よたばなしだろ」

「……なんでそんなこと言うんだよ」

 せっかくいい気分だったのに水を差されてむっとする麦わら帽子の男に対して、口ひげの男は皮肉めいた表情で言葉を続ける。

「いいか、領主様の悪評は俺らみたいな田舎の村人にも長年伝わってる。とにかく性格が最悪だってな。領主様にまつわる逸話いつわと来たら、ゴウツクも裸足はだしで逃げ出すくらいの酷いものばかりだぜ。そんな奴が急に改心するなんてこと、ありえるか?」

「……」

 何も言い返せずに黙り込む麦わら帽子の男。

 口ひげの男は言いすぎたと思ったのか、話題を替えた。

「まあでも、ウーゴって商人が広めた噂はともかく、奴が置いていったおもちゃは面白かったな」

「動いて喋る魔法の土人形つちにんぎょうだろ? ついさっき、ガキ共と一緒にかけっこをして遊んでるのを見たぜ。ありゃどういう仕組みだろうな?」

「魔法に詳しい人間なんて、この村にはほとんどいないからな……村外れに住んでる魔法が使えるじいさんも『高度な技術すぎてワシには分からん』って言ってたし」

「うーん、ガキ共の遊び相手になってくれるならありがたいが、あの土人形って――」


 そのとき、彼らの背後から「あの~」という呼びかけがあった。

「「!!」」

 二人は驚いて勢いよく振り返る。仕事をサボっていないか見回るゴウツクの配下が声をかけたのだと思ったのだ。

 しかし、二人の後ろに立っていたのは見たこともない青年だった。

 配下ではなかったが、彼らはその青年に対して警戒を強める。

 なぜなら、その青年は領主の配下であることを示す赤いマントのような外套がいとうをまとっており、しかも顔には異様な仮面を付けていたからだ。

 その仮面は青年の目から鼻をほぼ完全におおっており、口元も一部隠すつくりになっている。そのため、彼の素顔はまったくと言っていいほど分からなかった。

 そんなただでさえ怪しい仮面だが、二人が気になったのはその見た目である。

 なんていうか、こう、見てくれがダサいのだ。見る人――たとえば思春期に差し掛かった若者など――によってはカッコよく映るかもしれないが、円熟した大人である二人からすると、その奇抜な形状や模様のあしらいがかなり痛々しく見えてしまう。


 ――こんなダサい仮面を恥ずかしげもなく付けている奴は、きっとロクな男ではない。

 そう決めつけた口ひげの男は、得体の知れない男に対して威圧的に問いかける。

「あんた、何者だい。その外套を見るに、領主様の手の者とお見受けするが」

「ああいや、すみません。盗み聞きするつもりも、驚かせるつもりもなかったんです。ただ、土人形という言葉が聞こえたので、ひょっとしたら自分の探し物を知っていらっしゃるのではないかと思って」

 仮面の男の返答は、予想に反して礼儀正しいものだった。

 その穏やかな口調に口ひげの男は態度をいくぶんか和らげる。

「こちらこそ構えてしまって申し訳ない。ゴウツク――村長の手下の連中だと思ったんだ」

「いえ、自分はなんとも思っていませんから……それより、土人形って言ってましたよね?」

「ああ、ウーゴとかいう商人が置いてったおもちゃだよ。俺の腰くらいの背の高さで、魔法がかかっているらしくてそこら中を走り回れるし喋るんだ」

 麦わら帽子の男がそう言うと、仮面の青年はボソリと何事かを呟いた。

「レームのやつ、こんなところにいたのか……」

「ん? どうしたんだい?」

「あ、その、実はその土人形は自分の友達――もとい、探し物でして。ちょっとした用事のついでに探してたんです。教えてくださってありがとうございます」

 ペコリと頭を下げる仮面の青年。この段階になると、村人の男二人は最初の印象を一転させ、この低姿勢な人物に好感を持ち始めていた。

「まあ、探し物が見つかったなら良かったな。今も多分ガキ共と遊んでるから、あとで広場のほうにでも行ってみるといい」

「ええ、ありがとうございます」

「それで、あんたは結局何者なんだ? さっき、ちょっとした用事があると言っていたが」

 口ひげの男が尋ねると、仮面の青年は「ああ、忘れるところだった!」と声を上げた。

「実は、村長の家を探しているのです」

「村長? ゴウツクの野郎のことかい?」

「名前までは存じませんが、おそらくその方です。この村のおさに、我があるじの命をお伝えしに来まして」

 仮面の青年はそう言って自分の身に着けている赤い外套を引っ張った。それが意味することは一つである。


「……つまりあんた、やっぱり領主様の使いってことか?」

「ええ。我が主はジュウラ領の統治者、アルフレド・ライズ様において他はいません……あ、ちょっと、頭は下げなくて大丈夫ですよ。自分はただの従僕じゅうぼくなので」

 今更のように平身低頭する村人たちに仮面の青年は慌てて言った。

 恐る恐るといった調子で麦わら帽子の男が顔を上げて尋ねる。

「あの、領主様はこんな辺鄙へんぴな村に何用で……?」

「今まで無茶な税を巻き上げていたことの謝罪と、取り立てすぎたお金や作物をお返しに来たのです。ほら、向こうから荷物を積んだ馬車が来るでしょう?」

 仮面の青年が指差した方向を見た二人は、絶句した。

 そこには遠くから見ても分かるほど山盛りの小麦やジャガイモを積んだ荷馬車の姿があり、それが何台も列をなしていたのである。


「おーいウーゴ! レームのやつ、やっぱりこの村で迷子になってたぞ!」

 仮面の青年が先ほどまでよりくだけた口調で大声を上げると、先頭の馬車の御者ぎょしゃをしているスキンヘッドの大男が手を挙げて深みのある低声で返答した。

「申し訳ございませーん! なにぶん急に追い出されたものですからー!」

「言い訳になるかっての、まったく……」

 そうぼやく仮面の青年に対し、麦わら帽子をかぶった男が目を見開きながら確認した。

「あ、あの量の食料を……届けに来たっていうのかい? 領主様が、自ら?」

「正確には名代みょうだいの自分が、ですが。領主様はこの重大なお役目を自分に与えてくださったのです」

「つ、つまりあの噂は本当だったんだな? 領主様が改心したっていう……」

 その問いに対し、仮面の青年はにっこりと微笑ほほえんだ。

「ええ、本当です。この村は少し事情があって遅れてしまいましたが、こうしてお返ししに来ました」

「ああ、なんとありがたい……」

 麦わら帽子の男は目に涙を浮かべた。彼やその家族は毎日食うものに困っており、常にえと戦っていたのだ。

 いや、それは麦わら帽子の男だけではない。口ひげの男も、それ以外の村人も。ゴウツクとその配下の連中以外は常に満足に食べられず、腹を空かせていたのである。

「あんた――いや、あなた様にはいくら感謝してもし足りません」

 涙を流して頭を下げる麦わら帽子の男に、仮面の青年は思わず苦笑する。

「感謝されるべきは自分ではなく我が主なのですが……自分のほうから我が主に伝えておきますね。村の皆さんはあなた様の行いに感謝していましたよ、と」

「ええ、ええ……! ぜひお願いします!」

 麦わら帽子の男はそう言い、声を上げて泣いた。

 その隣で口ひげの男は呆然と馬車を見ていたが、急に立ち直って仮面の青年を問いただした。

「で、でもなんで急に領主様は心変わりなさったんだ!? 税の巻き上げはこの十年、毎年増えるばかりだったっていうのに!」

「え? えーっと……神様のお告げとかがあったんじゃないですかね?」

「そんなもん信じられるか!」

「ですよねー……」

 えーっと、えーっと、となぜか悩み始める仮面の青年。だが、何も思い浮かばなかったのか開き直って口ひげの男に言う。

「まあ、それは別にいいじゃないですか。神のお告げってことにしましょ」

「そんな適当な……」

「まあまあ。ともかく食料は返ってくるんですから、それでいいでしょ?」

「それは……そうだが」

「じゃあめでたしめでたしってことで。日没までには村人全員に行きわたるようにしますから、今夜は美味しいごはんがたくさん食べられますよ」

 そう言ったあと、「では」とその場をあとにしようとする仮面の青年。

 その背中に向かって、口ひげの男は「待ってくれ!」と声を掛けた。


「どうしましたか?」

「最後に、あんたの名前を教えてくれないか?」

「自分の、ですか? 名乗るほどの者ではないですが……自分は『フォルス』と申します」

 仮面の青年は再び背を向けようとするが、口ひげの男は「も、もう一つ!」とさらに呼び止める。

 そして、何度も呼び止められても気にした風のない青年に対し、どうしても我慢できずにこう聞いてしまった。

「な、なんでそんなダサい仮面を付けてるんだ……?」

「…………カッコいいですって、この仮面は」

 仮面の青年は悲しげにそう呟いたあと、今度こそ背を向けて広場のほうへ去っていった。口ひげの男の見間違えでなければ、振り向く直前の彼の目には涙が溜まっていたかもしれない。


 ――そしてわざとなのかそうではないのかは不明だが、なぜ異様な仮面を付けているのかについては、ついに答えることはなかったのである。

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