幼馴染は悲観的なご主人様
江崎美彩
第1話 暖かな温室と冷たい視線
「今さら婚約破棄なんて言いにきたのかな」
大きな温室に置かれたテーブルに向かい合って座ると、婚約者は私に対して開口一番そう告げた。
お茶の準備を終えた
前回のお茶会の別れ際「まだ寒い日も多いから次は温室で逢うことにしよう」と、約束してくれた時と同じように笑顔を向けてくれている。それなのに、瞳はあの時の様に淡い水色ではなく、鈍く銀色に光る。今はひだまりのような温室の中だというのに銀色の視線は氷のように冷たい。
「ねぇ、ナターシャ? どうして返事ができないの? やっぱり、君たち親子は僕を裏切りに来たんだね」
「ヴィクトール。ねぇ、私の話を聞いて?」
「聞いて? おや、僕がナターシャの話を聞かない事なんてあった? すぐ返事をしなかったのはナターシャだよ? ねぇ、なんでこんなタイミングで君は父親に連れられて我が家に来たんだ? 君の父親が君との定例のお茶会に一緒について来るなんて、僕らの婚約が決まってから初めてだと思うんだけど?」
私の話を結局聞かずに、質問ばかり増やしていくヴィクトールに、私は答えが追いつかず結局返事ができない。
「君の父親は大変優秀な領主だ。僕よりもいい条件の政略結婚の相手があればそっちになびいたっておかしくないさ。契約を不履行にする不誠実な男だなんて醜聞をひと時だけ我慢すれば、君を使って最大の利益を得られるんだ」
いつも私を見つめる優しい笑顔はほのかに歪んでいる。
「……ねぇ、ヴィクトール」
「なんだい。僕の可愛いナターシャ。いや僕の
「ヴィクトール。さっきからどうしたの? いつものヴィクトールじゃないみたいよ? いったい何があったの?」
「おや。もう、話を聞いてとは言わないのだね? 言い訳は諦めたのかい? あぁ、そうか、僕がおかしい。僕に非があると責めたてる作戦に切り替えたんだね。さすがナターシャ。侯爵家で優秀な教育を受けているだけあって社交の術をわきまえている」
ヴィクトールの端正な顔はもう、笑顔を保つのがやっとで涙が
ヴィクトールが泣いているのを見るのは久しぶりだわ。
小さい頃はいっつも泣いていた気弱なヴィクトールは、大人に近づくにつれて泣いている姿は見かけなくなった。
確か、最後に泣いたのを見たのは私がお父様とこの屋敷に来た三年前……
あの時は、なんで泣いていたのだったっけ……
「やっと僕のものになったと思ったら、すぐ僕の手からこぼれ落ちていく」
あぁ、そうだ。
お父様が私達の婚約について相談に伺ったのを、ヴィクトールじゃなくて兄のリシャール様への縁談の申込みだと勘違いしていたからだったわ。
ヴィクトールだって冷静になって考えれば侯爵家の一人娘の私は婿が必要で、お父様は長男のリシャール様ではなく次男のヴィクトールと婚約させて婿に迎えたい事くらいわかるはずなのに。
ヴィクトールは昔から私の事になると自分に自信がなくなって悲観的になってしまう。
私はヴィクトールをじっと見つめた。
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