無邪気な敵

そうざ

The Innocent Enemy

 俺は、ダガーナイフを握り締めたまま塀越しに保育園内を覗き込んでいた。

 沢山の園児が元気良く遊んでいる。ちょこまかと動き回るその姿は、まるで壊れ掛けた玩具のようだった。

 園内には無数の監視カメラが設置されているが、それ自体が防犯力を有している筈もなく、所詮、不安を取り除く為の気休めに過ぎない。逮捕を恐れぬ者、極刑を望む者にとっては、何の効果もない。

 或る種の決心を抱きながら、俺は塀を乗り越えた。突然ナイフ片手に現れた俺を見て、園児達は奇声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。俺はおもむろに園児一人一人を物色した。どれを襲おうか。どれでも良い。どれもこれも同じような玩具に過ぎない。

 俺は、適当なガキを一人ひっ捕まえ、ナイフを振りかざした。

 次の瞬間、俺は背後から腕を掴まれ、引き転ばされた。捕まえていたガキが一目散に逃げて行く。

 俺は、背後の邪魔者に斬り付けた。しかし、身軽なそいつは、中空で身を翻したと思ったら俺の肩に着地し、小さな掌で俺の頭を押さえ込んだ。まるで肩車の状態だ。

 頭蓋が軋むような恐怖に、俺は堪らずそいつの側頭部をナイフで突いたが、全く歯が立たなかった。何度試みても硬質な音が辺りに虚しく響くだけだった。

 必死の俺を、園児やその保護者、保育士等が遠巻きにし、一様に好奇な眼差しで事の顛末を見守っている。

 俺が力尽きてその場に大の字になると、そいつは胸元にどっかと腰を下ろし、俺の顔を覗き込んだ。

 羞恥心にも似た感情が俺を支配した。そいつ――どう見ても年端の行かない、あどけない幼児が大の大人を力で征している。

 その無邪気な笑顔が、大欠伸おおあくびのように口を開けた。その口腔の奥に、俺の眉間を狙う銃身が冷たく光っている。

 俺は、大筋で想定していたにもかかわらず総毛立った。

                         

「このように〔エンジくん〕は子供達の中に完全に紛れ込んでしまいます。物々しい警備員が常駐して殺伐とした雰囲気になる事はありませんし、子供達の遊び相手も出来ます」

 デモンストレーションが見事に成功し、技術部の部長は自慢気だった。見学の保護者も保育士も解説に興味津々で、変質者役を演じた俺の頑張りなど全く気にも掛けない。

 一方〔エンジくん〕の周りには人集りが出来ていた。〔エンジくん〕は茶目っ気たっぷりに愛想を振り撒いている。全く何から何まで子供そっくりに出来たアンドロイドだ。警備及び応戦機能を除けば、無邪気で、快活で、それでいて聞き分けが良く、大人が思い描く子供の理想像そのものと言える。

「部長、そろそろ撤収の準備を……」

 そう言いながら、俺は〔エンジくん〕の手を引いた。ところが〔エンジくん〕は俺の手を振り解いた。

「ヤダヤダ、モット皆ト遊ビタイヨ~」

 こんな展開は台本にない。

 遊びたい、遊びたいと合唱を始める園児達を見て、上司が俺をたしなめた。

「まだ良いじゃないか、子供達の気持ちを察してやれよ」

 保護者も保育士も追随する。

「良かったわねぇ、まだ〔エンジくん〕と遊んで良いって」

 園児達と戯れながら〔エンジくん〕が俺に視線を寄越した。その眼の奥には、瞭然たる優越の色が潜んでいた。ヤ~イ、僕ハ正義ノ味方、オ前ハ悪者~ッ――そう言っているように思えた。

 俺は、無意識にポケットの中を探っていた。ダガーナイフが指に触れた。俺の眼には、園児が本当に壊れた玩具のように見え始めていた。

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無邪気な敵 そうざ @so-za

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