忍びの者サービス

そうざ

Services about Ninja

 会社の同僚であり恋人でもあるサチとオープンカフェで上司の悪口に花を咲かせていた時の事だ。

 突然、サチが神妙な面持ちになったかと思うと、低く呟いた。

弥蔵やぞうか……?」

 何処からともなく黒装束の男が俊敏な動作で現れ、サチの隣に立膝で控えた。サチが押し殺した声で何かを問うと、男はサチの耳元で何やら囁き始めた。見慣れたサチの童顔が男前と表したくなる程に凛々しく変容し、俺は呆気に取られるばかりだった。

「手筈通りに事を運べ……呉々くれぐれも悟られぬようにな」

「はっ」

 男は深く一礼をし、疾風の如く何処かへ走り去ってしまった。

 次の瞬間、サチは何事もなかったように上司の悪口を再開したが、俺は平静で居られる筈もなく、慌てて問いただした。

「今の男ってっ……」

「見なかった事にしておいて」

 サチが早口に言った。

 当然、彼氏としてはもっと執拗に食い下がるべきだが、サチと男とのやり取りが余りにも秘密めいた雰囲気を醸し出していた為、正直びびってしまった。同時に、敗北感にも似た感情に囚われつつ、サチと男との佇まいに格好良さを見出してもいたのだった。

 あれ以来、俺はサチと距離を置き始めた。職場でも無視に徹した。

 すると、サチは次第に不安に思い始めたようで、昼休みに俺をカフェに呼び出し、詰め寄って来た。

「ねぇ、この頃、私を避けてない? 何かあったの?」

 どの口がそんな台詞を吐くのか。俺は苛立ちを押し止め、冷静を装って言った。

「例の男の事……説明してくれるな」

 サチは見る見る涙目になって行ったが、口を割ろうとはしない。それどころか、きびすを返して走り去ってしまった。追い掛けるべきなのかと迷った俺の顔に、風に舞った一枚のチラシが張り付いて来た。

 そこには『忍びの者サービス・貴方も自分だけの忍びを持ちませんか?』と記されていた。形式的に主従関係を結び、あたかも自分が影の権力者であるかのような設定で間者かんじゃを操り、謀略を企てているかの如く振る舞う事が出来る、そんな快感を提供するサービスである事がうたわれていた。

 こんな商売があるとは全くの初耳だったが、何の事はない、ごっこ遊びの延長みたいなものだろう。

 チラシには『企ては何人なんびとにも他言無用! 万事、秘密裏が鉄の掟』という文句が筆文字風に印刷されている。このルールの所為せいでサチは話せなかったのだ。俺は、彼女の馬鹿正直なくらいに真面目な人柄に惹かれている。取り敢えず納得した俺は、チラシを片手に嬉々としてサチの後を追った。


 その晩の内に俺は何者かの手に掛かり、闇から闇へと葬られた。

 恐らく『忍びの者サービス』の秘密を知ってしまった俺の口を封じる為、サチが例の男を差し向けたのだろう。俺はサチに、忍びの者を活用する絶好の機会を提供してしまった訳だ。いや、もしかしたら忍びの者をフル活用したいが為に、わざとチラシを俺の目に触れさせたのかも知れない。

 俺の最期の言葉は勿論「はかったなっ、サチィ~ッ」だった。

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