第25話 不愉快な宴

 群れた男たちは顔を険しくし、体をわななかせた。今にもつかみかからんばかりだ。お供たちはおろおろし、エイベルはニッとした。

 エヴァはオシラ語で叫ぶ。

 

「なにが男は強いよ。ただの小心な卑怯者じゃない! 気に入らないことがあるからって、子どもに石を投げさせるなんて」


 男たちが足を一歩踏みだした。

 お供三人はエヴァをひっぱり、担ぎ上げてエイベルに乗せた。

 

「めんどうを起こしてんじゃねえ!」

「だから早く走る準備をしてと言ったでしょ」

 

 エイベルは大笑いしながら走りだす。

 

「わはは。エヴァらしい」

 

 ラパたちも後を追い、走って逃げる。


「待て!」

 

 男たちはエヴァたちを追いかけた。


 取り残され、暗がりにうずくまる子どもは、エヴァの背を頭巾の下の目で追った。まぶたのないぎょろっとした剥き出しの目。火傷して赤黒く爛れた肌。

 近くの壁にはめこまれた半透明の赤い板に、子どもはするりと身を滑りこませた。

 



 エヴァを乗せたエイベルはわけなく疾走し、お供たちは死に物狂いで男たちを振りきった。

 結局、神殿のような役場までもどった。

 

「最初からここで大人しく待ってればよかったわ」

「まったくだ」


 お供たちは汗びっしょりで息も絶え絶えだった。


「馬が人間相手に本気出しやがって」

「でもあなたたち、お馬さんの全力疾走によくついてこられたわね。すごいじゃない。お供合格よ」

「うー、あんまりうれしくないような……」

「ねえ、あれはなに?」


 顔をあげたカイの視線の先、離れた場所から、担がれた大きな輿こしが近づいてきている。


「ん?」

 

 目を凝らすと、輿には酔っ払った大柄な男たちが乗っていた。気分よさそうに笑いながら、輿を担ぐ担ぐ人足にんそくの頭を蹴飛ばしている。

 小柄な男が、大柄な男たちに肩を組まれ、ヘラヘラ薄笑いを浮かべている。

 ラパが指差した。

 

「ありゃあカノ公じゃねえか」

「どの人が?」

「あのちっこいおっさん」 

 

 輿は神殿の前まで来ると、ゆっくりおろされた。大柄な男たちが体を伸ばしながら、太い足を地面につける。エヴァやそばのラパたちを、値踏みするようにジロジロ見ながら。

 ラパがさっとうつむいた。

 

(ラパ?)


 いつも強気の彼にしてはめずらしく、目を泳がせている。身を縮ませているし、緊張しているようだ。

 カイとシエルは顔を見合わせ、ボソボソ話した。


「ラパ、いつもとちがうね」

「別人みたいです」

 

 小柄な男、カノ公は腰をかがめ、手をスリスリさせ、男たちに媚びるように早口のカノ語を口走った。


(用件を言わないと)


 エヴァはオシラ語で話した。


「オシラから来ました。手紙、受け取っていますよね。カノでの事件を解決するため、協力をお願いします」


 カノ公はバカにしたようにオシラ語で答える。


「ワタシオシラ語ワカリマセン」

 

 完全になめてかかっている。

 いらだつ心をおさえ、エヴァは片言のカノ語でゆっくりしゃべった。

 

「出シタ、手紙、ワタシ」

 

 カノ公は横柄に早口でなにか口走る。

 悔しいが、全く聞き取れない。

 びくついているラパにたずねた。

 

「なんて?」

「『わたしは部族長たちとの打ち合わせで忙しかった。皇女さまのお遊びにいちいち付き合うほど暇じゃない』、だとさ」


 カノ社会はさまざまな部族の集まりで構成されていると習った。部族は必ず有力な男の長がまとめているそうだ。

 おそらく、目の前のこの酔った大柄な男たちが部族長とやらだ。

 その部族長たちはカノ公をひじでこずき、なじるようにペラペラっと話した。

 

「『皇女さまになんて態度をとりやがる』だと」

「お気づかいどうも」

 

 途端にカノ公はエヴァにも腰を低くし、手をこすりあわせた。

 たどたどしいオシラ語で、「皇女サマ。へへへ。宴開キマス」

(なに? この態度のちがい)

「いいえ。宴は結構です。わたしたちはただ……」

 

 部族長たちはいやらしく笑いながら、エヴァの背中をベタベタ触り、押した。

 

「え? え?」

「『この役立たずじゃロクな宴は開けねえ。おれたちが歓待してやるよ』、『姉ちゃん、行こう行こう』だと」

「いやよ」

「とんでもねえ。上の方には素直に従っとけ」

「あなた、えらい人にはやけに弱くない?」


 ラパは言葉に詰まり、ハアッとため息をついた。

 

「仕方ねえだろ。それがカノの男の世界だ」


 エヴァは不思議と既視感を覚えた。

 

(あれ? なんかこの感じ、むかしどこかで……)



 

 鉱山のふもとの小さな村に連れてこられた。

 広い部屋では、あぐらをかいた男たちがふかふかの毛皮の絨毯じゅうたんに座り、大口を開けワイワイ騒いでいた。ヘラヘラしたカノ公も一緒だ。白い服を着た無表情の女たちが、うつむいて静かにおしゃくをしている。

 エヴァとお供たちは身を寄せ合い、ちんまり正座していた。エイベルは外にいる。

 知らない者ばかりで、居どころがないし、気まずい。

 エヴァの前に、虚ろな目の幼い少女がやってきた。目の前に置かれた器にそろそろと液体を注ぐ。

 

(ルナとソレイユと同じくらいかしら?)

「アリガト」

 

 カノ語で話しても、少女は反応しなかった。

 あぐらをかいた年老いた醜い男が、知らない言語で少女に言葉を投げる。すると彼女は表情少なくそちらに行き、そばに座った。

 

「えっと、お孫さん?」

(全然似てないけど)

 緊張したラパがボソリと、「嫁だろ。普通に考えて」

「え?」

(あんなに小さいのに、あんなおじいさんの?)


 カイとシエルもエヴァにボソボソ話した。


「あの子はカノ語がわからないんだろうね」

「でもここはカノでしょう」

「カノはいろんな部族の集まりです。カノ語以外の言語を話してる人もいますよ」

「そんなの、習わなかったけど……」


 以前クリス神父たちから、カノでのオシラ語の普及率は三割、女に限ると一割も満たないと聞いた。カノ語すら習っていない者が、オシラ語なんてもっとわかるはずもない。

 器を手に取り、エヴァは近くにいた部族の男に、片言のカノ語で話しかけてみた。

 

「行カナイ、学校、女ノ子? 教エナイ言葉? ナンデ?」

 

 部族の男は大笑いし、ぺらぺらとなにかしゃべった。

 案の定、聞き取れない。

 ラパが横から翻訳した。

 

「『意味ないだろ。すぐ嫁にいくのに』」

「嫁に行っても教養は必要じゃない?」

 

 酒に酔ったカノ公が、会話にオシラ語で横槍をいれた。

 

「『穴』ニハ不要」


 思わず器を落とし、酒が絨毯じゅうたんに飛び散った。

 後ろから殴られた気分だった。

 

「『穴』……、ですって……?」

(まさかここの人たち、女の人たちのことをそんなふうに……)

 

 嫌悪で身震いが止まらない。


 ラパが、「気にすんな。カノ領じゃ……」


 エヴァは彼をすっと避けた。カノ人のラパも、エヴァをそんな風に見ていたのではないか。考えるだけで吐き気がする。


「最っ低」

 

 軽蔑をこめて言い放った。ラパは傷ついたような表情を浮かべ、視線を落とす。

 不意にうしろから、両の二の腕を無骨な手で無神経につかまれた。


「きゃ!」

 

 驚いて振り返ると、酔った男たちがニタニタしてしゃがんでいる。なにかをのたまった。

 

「なに? ……シャベル、ユックリ」


 ラパが膝の上で握った拳を震わせながら、

「『皇女さまに歓迎のあいさつをしたい』、と」

 

 連中はニタニタしながら、わざとらしいオシラ語を口走り、エヴァに手を伸ばす。

 

「キレイ、オマエ」

「やめて」

 

 突き飛ばそうとすると、ラパが慌てる。

 

「その方は有力な部族の部族長だ」

「知らないわよ。いやなの!」

 

 主張するとラパはたじろいだ。

 有力な部族長だとかいう男が、エヴァの肩を抱き寄せた。ぞっと全身の血が凍る。

 

「やっ……」


 男は笑いながらオシラ語で言う。

 

「嫁ナレ」

「おい!」

 

 ラパが男を突き飛ばした。エヴァをかばうように掻き寄せる。

 あおぎみれば、彼はおびえている。

 

「あ、あ……」

 

 自分のしてしまったことに、しまったと思っているようだ。

 場は静かになった。部族長たちがにらんでいる。

 カイとシエルもおびえて身を寄せ合った。さながら天敵を前にした小動物のようだ。

 とりなすように、ラパがやんわりと部族長たちに言う。

 

「あー、こいつが落ち着いて酒が飲めませんから、ほどほどにしといてやってください」

 

 部族長たちは険しい顔をしている。

 ピリピリと緊張した空気感。一触即発なこの感じ。

 そこでエヴァは閃いた。

 

(あ……! そうよ! 思い出した。これは……)

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