銀河ラボのレイ

あまくに みか

第1話 博士と少年

 銀河ラボの丸い窓が開いて、博士が顔を出した。


 頭上では、白や桃色、エメラルドグリーンの色をした星たちが、ちかちかと輝いてあいさつを交わす。


 月面で月うさぎが数羽、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「今日はさわがしいな。オヤツの時間はまだなのに」


 少し伸びた銀色の髪をポリポリとかきながら、博士は月団子を入れたカゴを持って、外へ出た。



 博士の膝くらいまで伸びた、金色に輝く草が月面をおおっている。それは、ゆっくり波打つように揺れながら、時おり、淡く光る胞子を飛ばしていた。


 月うさぎは、月でしか育たない希少なうさぎで、その毛並みもやはり、金色の色をしている。

 博士の研究対象、というよりは友人であった。


 おーい、と博士は友人たちに向かって声をあげる。


「オヤツをもってきたよ」


 月団子の入ったカゴを掲げながら、近づいていくと、博士の存在に気がついた月うさぎたちが、いっせいに飛び跳ね、異常を知らせた。


「どうした?」


 博士が月うさぎたちに近寄ると、一箇所だけ草が潰れているのが確認出来た。更に近寄ると、なにかが草に埋もれているのが見える。


 立ち止まって、博士は息をのんだ。


「人間の……子ども……?」


 うつ伏せに倒れている子どもは、どうやら男の子のようだ。青白い顔をしているが、着ている白い服が上下に動いており、息をしていることがわかる。


「へえ! 生きているのか。珍しい」


 興味を持った博士はすかさず、すぐそばにしゃがみこむ。

 男の子をまじまじとあらゆる角度から観察する。

 月うさぎたちが不安そうに見上げているのに気がつくと、我に返って咳払いをした。


「たまに落ちてくる人間がいるんだよ」


 膝にのってきた一羽の頭をクシャっとなでてやる。博士は月うさぎたちの顔を一羽一羽見回して、安心させようと微笑み返した。


「大丈夫。ちゃんと銀河管理局に連絡するから。君たちは安心して、お団子でも食べていなさい」


 お団子をばらまいてやり、月うさぎたちがそれを食べているのを眺めてから、博士は男の子に向きなおった。

 そっと手を伸ばす。

 ほおに触れようとして、やめる。


「たしかめなくても、わかっているさ」


 生きている。

 その事実は変えられない。

 ザワついた心を落ち着けるために、博士は長く細い息を吐ききった。それから博士は、男の子を抱きかかえ、銀河ラボへと戻った。


 腕の中の男の子は、おだやかに息をしている。その伏せられた長いまつ毛、白くやわらかそうなほお。


 生きている。この子は、生きている。

 博士は、悲しくなった。

 この子はたしかに、生きているのに。



 銀河ラボへ帰り、男の子をベッドへ寝かせると、博士は部屋の隅へ向かった。そこには白く輝く水晶がある。


 博士は振り返って、もう一度男の子を見た。それから、静かな声で、水晶に向かって話し始めた。




「銀河ラボより、管理局へ。死者と思われる人間の男の子を保護。しかし、彼は生きています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る