第18話
「真実……か。」
クリスはそう呟くと頭を下げたままのレオナルドを見下ろした。
「何故、今話す気になったのだ?」
そう言って、じっとレオナルドを見据える国王の瞳は真剣なそれだった。
ぴりりと張り詰める空気に、カレンは口を挟むことも出来ず固唾を呑んで見守っていた。
何か聞いてはいけないような気がするのは、気のせいではないらしい。
二人に漂う空気が、ただ事ならぬ雰囲気を醸し出していた。
「ご存知の通り、私はカレンの秘密を知りました。ただ知っただけなら私はそのままにしていたでしょう、ですが彼女は私の無理なお願いに嫌な顔一つせず付き合ってくれました……それこそ彼女の一生を左右する事なのにです。」
相変わらず一息で全てを語るレオナルドに、口を挟めないでいると、目の前のクリスが盛大な溜息を吐いた。
「ほんっとお前はクソ真面目だな。」
クリスは溜息を吐いた後、片手でテーブルに頬杖を付き心底呆れたような顔で言ってきた。
――ちょっ、国王様行儀悪!!
突然の態度の変化にカレンは内心で突っ込む。
今まで見たことの無い姿に目を瞠っていると、クリスは尚も続けた。
「自分に言い寄ってくる女は適当にあしらうくせに、こと惚れた女にはとことん誠実を貫き通すか……。」
クリスの言葉にレオナルドの顔が、みるみるうちに赤くなっていった。
「な、なにをおっしゃいます……。」
「ま、悪い事ではないが、お前もつくづく不器用なヤツだな。」
しどろもどろになるレオナルドに、クリスは畳み掛ける。
二人のやり取りの意味がわからず、カレンは首を傾げていたが、ふといつの間にか従者達の姿が居なくなっている事に気づいた。
珍しい事態にカレンが混乱していると、クリスが少しだけ声を潜めながら独り言のように言ってきた。
「やれやれ、諜報活動の隠れ蓑の為に偽装結婚した挙句、その相手に本気になるなんて、お前も焼きが回ったか?」
いくつか聞き逃せない単語に、ティーカップを持っていた手が止まってしまった。
諜報活動?隠れ蓑?なんじゃそりゃ?
不吉な単語に笑顔が引き攣る。
ふと視線を感じて見ると、したり顔の国王と目が合った。
人払いをしていたのは、このせいだったのかと妙に冷静な部分が正しく判断する。
そして隣からは、自称幼馴染からの爆弾投下を受けて固まっている男がいた。
一世一代の己の覚悟を木っ端微塵に砕かれた、と顔に書いてある。
口元をひくひくさせて、レオナルドはクリスを見ていた。
「えっと……今の話を聞く限りですと、旦那様は諜報員なのですか?」
長い沈黙に耐えかねたカレンが、恐る恐る尋ねる。
すると、今の今まで固まっていたレオナルドが、バツが悪そうに「そうです」と、小さな声で頷いてきた。
「で、私との結婚が隠れ蓑であったと?」
レオナルドから「うっ」と苦しそうな呻き声が聞こえてきた。
「ええ~と、私なんかの家と繋がりを持って隠れ蓑になんてなるんでしょうか?」
カレンは素直な疑問を口にした。
「我が伯爵家なんかより、もっと格が上のご令嬢と結婚なさった方が、隠れ蓑の意味もありますし協力もあったのではないですか?」
カレンが首を傾げていると、クリスが苦笑も露に答えてくれた。
「まあ正確には、とあるご婦人から結婚を迫られていてな、それを回避するための結婚だったのだ。ほとぼりが冷めれば、そなたと離婚する算段だったと聞いておる。」
「あ、なるほど。」
カレンは、ぽんと手を打つと納得したと相槌を打った。
「確かに、そこいらの地位のあるご令嬢と結婚したら、離婚なんて簡単にできませんものね。その点、我が家なら簡単ですからね。」
と他人事のように呟くカレンに、クリスだけでなくレオナルドも驚いた顔をした。
「そなたは、それで良いのか?」
呆れた声で聞いてくるクリスに、カレンは「まあ、もともと偽装でしたし」と軽い感じで頷く。
「ちょ、ちょっと待ってください、私は貴女と離縁する気は無いですよ!」
慌てたのはレオナルドの方だった。
勝手に話がどんどん進んでいきそうな危機感に、待ったをかける。
「え?」ときょとんと見上げるカレンに、レオナルドは真剣な表情で向き直った。
「話の流れが変な方向に行ってしまいましたが、これだけは信じてください。私は貴女に感謝こそすれ、蔑ろにする気は全くありませんから!」
カレンの手を取り、必死に言い募るレオナルドにカレンは驚く。
「え、でも偽装結婚ですよね?」
「始まりはそうでしたが……ああもう!私は貴女に本当の事を言いたかっただけです、クリスが余計なことを言うから、ややこしくなってしまいましたが。」
「あ~すまんな。」
クリスが合いの手を入れるように謝罪する。
「クリスは黙っててくれ!色々ごちゃごちゃしてしまいましたが聞いてください。」
「は、はい。」
あくまでもふざける国王を黙らせ、レオナルドは真剣な表情でカレンを見つめてきた。
カレンも、レオナルドの表情に背筋を伸ばして返事をする。
レオナルドは深い溜息を一度だけ吐くと、ゆっくり噛み締めるように言葉を綴った。
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