第8話 全部選ぶ

 ギルドで一通り話を聞いて、逃げるように借りた宿に戻った。

 そんな情けない自分を思い出し、誰も居ないところで溜息を吐く。外が冷えていることもあって白い煙のように沸き立ち、直ぐに消えていった。


「自分のことしか考えていなかった」


 れたコーヒーをすする。その熱が体に染み渡り、不甲斐ない自分をほんの少し癒してくれた。


 受付嬢さんに叱られて、本当なら安堵すべきだった。それなのに俺は何故か悲しさを感じていた。自分という存在が不要だという事実にショックを受けていたんだ。

 慣れているつもりだった。しかし、様々な経験を経てもなお自分の有用性を理解して欲しかった。


 本当に大事な事は誰かに認められることなんかじゃなく、家族の時間を大切にすることだというのに。


 正直、かなり落ち込んでいる。

 思い返すと俺はニアの事なんて何も考えてなかったのかもしれない。

 自分の掲げる理想にばかり目をやって、ニアが本当にして欲しかった事を聞いてこなかった。


 しばらくの間、ぼうっと窓の向こうを眺めていた。

 夜空に満天の星が輝き、その下でいくつかの山が連なっている。そして、いくつかの流れ星が山の方へと落ちていく。

 

 わかっていると思ってたんだ。

 何年も苦楽を共にして来たから、言葉を交わさなくても通じ合うと思っていた。それはいつしか思い上がりに変わって、自分だけの義務を相手とも共有していると思ってしまった。

 けれど、受付嬢さんの言葉で我に返った気がする。俺達はまだ何も話してない。交わしたのは『ただいま』と『おかえり』。それだけで十分に思えたとしても、これからの時間を大切にするためにもしっかり話をしなければいけない。そして、側にいて守らないといけない。


 争いを無くす事だけが、ニアの幸せだと思っていた。

 そんな事はない、幸せの形なんて本人にしかわからない。そして俺は、それをまだ本人の口から聞けていないんだ。


 そうしている間に隣からがちゃん、と扉の開く音が聞こえ、ぽつぽつとニアとバハムートの声が聞こえ始めた。ニアの部屋だ、何か話し合っているんだろうか。

 そう思いながらコーヒーをもう一杯啜ると、すっかり冷めてしまっていた。結構な時間が経っていたらしい。


 出迎えようと隣のニアの部屋をノックすると、「入っていいよ」と返って来た。

 扉を開け中に入ると、ニアとバハムートがベッドに腰掛けていた。


「おかえり。すまん、寝てたかもしれない」


「お兄ちゃんこそお帰り。用事は終わった?」


「ああ、一旦は終わった」


 一旦って何だよ。下手くそなごまかしに笑いそうになる。

 話すべき事はわかってるんだけどな、どう伝えるべきかがしっくりこない。

 思考の整理に苦労する俺に対し、二人は『そう、なら良かった』と軽く流す。その後、ニアが買い物袋の中身を片付け始めた。


 それからも何気ない会話しかできず、緩やかに時間が消費される。相変わらず覚悟は決まらない。

 普通に旅に出るって言えばいいだろ、何悠長に時間使ってんだ。臆病になった自分が情けない。

 システリアであれ程言われただろ、仲間を頼れって。今更になってどうして尻込みするんだ。


「……クソッ」


 結局、力を持ったとしても俺は弱いままだ。


 

 それから翌日。あれから結局何を話せるわけでもなく、俺は自室に引っ込んでいた。

 頭の整理は出来ていない。それならばと、宿屋を離れて軽く散歩でもしようかと思った時だった。


「お兄ちゃん。ちょっと話があるんだけど、いい?」


「わかった」


 ニアに引き留められ、部屋に来るように言われた。

 そうして中に入ると、既に先客がいたようでバハムートが呑気にあくびをしながらベッドに座ってた。


「バハムートも居たのか。一体どうしたんだ?」


「おう、何か先に部屋で待ってるよう言われてな!」


「なるほどね、わかった。……というか、どうせなら俺の部屋にした方がよくないか? その、男が入るのは気が引けるだろ」

 

「別にいいよ。やましい事している訳でもないし。まぁ、お兄ちゃんはどうか知らないけどね」


 じとりと睨まれる。頭の先っぽからつま先まで全部見られたような錯覚がした。

 悪い事したかな、と心配になったが次の言葉で真意を知った。


「あたしも一緒に行く」


「え、何が?」


「旅に出るつもりなんでしょ? あたしも行くから」


「待て、急に何を言い出すんだ。連れて行けるわけないだろ」


「お兄ちゃんが何言っても付いていくから。たとえ逃げようがムーちゃんに頼んで近くに運んでもらう」


「無茶言うな。絶対連れて行かないぞ、付いてくる位なら旅には出ない」


「それこそ無茶でしょ。じっとできないタイプなのはいい加減分かっているし」


 図星だった。

 他人事で割り切れたなら、今頃こんな二択で悩んでたりしない。そんな俺を置き去りにニアは続けた。


「あたしね、お兄ちゃんならこの世界を平和に出来るって信じてた。ううん、今でも信じてるわ」


「じゃあ大人しく家で待っていればいいだろ!! 何でそんなリスクを負う必要が……」


 危ない橋は渡って欲しくない。冒険者という仕事の怖さは俺が一番わかってる。

 何でもいいから引き留めようと、頭の中の嫌な記憶の殆どを引っ張り出して、考え直すように何度も訴えた。それでもニアの意思は変わらない。


 そう、はなから俺はニアのことなんてわかってなかったんだ。

 もうニアは子供じゃない、16歳の大人だ。俺の居ないところで成長して、色んな物を見て、自分のやるべき事を見つけたのかもしれない。

 それらを体言したこの言葉こそ、ニアの見て来た全てなんだと。


「誰かを待ってるだけじゃ理想の世界なんて一生やってこない。だから、あたしの理想はあたしが掴む」


 ニアが懐から何かを取り出し、俺へとかざす。

 ニア・シュナイダー。頭には妹の名前が印字され、その下の一覧に何かしらのクエストを終えた履歴が記載されている。


 知らない訳がない、俺だって使ってるもの。

 見せ付けられたギルドカードを、黙って見つめるしか出来ない俺に、トドメの言葉を言い放つ。


「あたし、もう待つのはやめた。だから、欲しい物は全部選ぶ」


 どうしてだろうな、思い出すんだ。

 そこに居るのはニアなのに、記憶の底からふつふつと湧き上がるのは昔の俺だった。

 無能力者の扱いがどんな酷いものなのかも知らず、ただ野心のみを抱えて村を出た一人の少年。

 頑張ればどうにかなるって、今になっても根拠のない希望を持ち続けるキール・シュナイダーという人間を。

 

 そんなバカ野郎と似てしまった愛すべき妹に、やりきれない思いと満ち足りた何かを感じてしまった。

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