鯨の見た夢~聖騎士と魔女のよくある話~
テラステラス
波打ち際
漁業が盛んな町、チーズポケット。二つの大国のちょうど間にあることもあって貿易も盛んな小さな島だ。
一年を通しての気候が良く、美しい砂浜やのどかな街並み、豊かな自然を残した森林。どこをとっても楽園のような場所。唯一残念なことは小さな島ということだ。
この島は一生を過ごすにはあまりに狭く、小さな社会なのだ。
「お、おおい!人だ!人間が網にかかってるぞ!」
いつものように漁をしていた若い漁師は人間が網にかかっているのを見つけて大声を上げた。
「うわ、ほんとだ!生きてんのかこれ?」
「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇバカ!」
声を聞いて集まった漁師たちが口々にしゃべりだす。一番若い少年の言葉を聞いて壮年の漁師が少年の頭をはたく。
「にしてもいい装備してんなこいつ」
網にかかった鎧の人間、体格から見たおそらく男、を眺めながら別の漁師がそう言った。
海水に濡れた白銀の鎧が太陽に照らされ虹色に輝いていた。
「もし死んでたらこの装備は俺らのもんだな!っいってぇなぁ!なにすんだよ親っさん!」
少年はまた頭をはたかれた。
「海で死んだ奴のモンは海に返すんだよ」
「もったいねぇー。っいって!」
またはたかれた。
「しかしこの鎧は中々だぞ。聖騎士ってやつじゃねぇかこいつは」
若い漁師が網をほどきながら言う。
聖騎士とは教会に所属する騎士のことで、魔女を殺すために世界中を旅する最強の戦士。教会に認められた聖騎士は序列十位から一位までの十人、守護獣と呼ばれる精霊を使役して戦う対魔女のエキスパートだ。
「聖騎士サマが網にかかるか?おっと」
少年はまた頭をたたかれると思い、両手で頭を守りながら後ずさりをする。
「ひゃははは、キースのやつびびってやんの。親っさんもあんま叩きすぎないほうがいいぜ、こいつがこれ以上馬鹿になったらかなわないからな、ひゃはははは!」
「てっめぇ!!」
キースと呼ばれた青年は顔を真っ赤にして若い漁師に殴りかかった。
「ごっは!!」
キースが殴る寸前、網にかかっていた鎧の男が海水を吐き出した。
「っわぁあ!」
網をほどいていた若い漁師は驚いて尻餅をつく。
「あははは!だっせぇー、モックのやつビビッてやんのー!あははは!ってぇ!いってぇな、なにすんだよ親っさん」
「はぁー…。さっさと網をほどくのを手伝ってやれ」
「はいはい。ったく、なんで俺だけ。痛っ!何回も叩くなよ、ほんとにバカになるだろ
!」
「返事は一回だ」
何度も頭をたたかれたキースはふてくされながらモックを手伝う。
「おーい、大丈夫かー?必要ならチューしてやるぞ、モックが。あははは!」
「ヘルメットを取ったら女かもしれねぇぞ?もしそうなら喜んでするぜぇ俺は」
「あ、ずりぃ!」
「ひゃははは!お前が言ったんだぞ。ったく、鎧が引っかかって面倒だな。キース、そっち持て、一気に引っ張るぞ」
「あいよ。せーのっ!」
ごとんと音を立て網にかかった魚とともに鎧の男が船の甲板に打ち付けられる。
「お前らなぁ…」
壮年の漁師は呆れた顔をしながら鎧の男に近づく。
「ん…、魚だ」
意識が戻った鎧の男が左手でぴちゃぴちゃと音を立てながら跳ねていた魚をつかみながらつぶやいた。
幸か不幸か甲板に打ち付けられた衝撃で意識を戻したようだ。男は息苦しかったのかヘルメットを外し、看板で大の字になって横たわる。
「ちぇっ、やっぱり男かよ」
「やーい、チューだチュー!」
若い二人はくだらない会話をしながらはしゃぐ。
「おい、話はできるか?」
壮年の漁師は少し距離を取りつつ、男に話しかけた。
「あ、ああ。すまない、その前にこの魚食べても構わないか?」
声をかけられた男は上半身を起こしながらそう答えた。
「まぁ、別に構わないが。剣を抜くのはやめてくれよ」
「そうか、助かる」
男はそう言って、魚を頭からぼりぼりと音を立てながら食べていった。
「嘘だろこいつ…」
「チューだチュー!」
男の異常な行動にモックだけでなく船員全員が引いていた、しかしキースだけは男を全く見ずにまだモックをからかっていた。
「うまい、良い海だなここは」
魚を食べ終えた男は快活にそう言った。
整った顔立ち、座っていてもはっきりわかるほど大きな体、着ている鎧も相まって漁師達には彼が太陽のように見えた。
「そ、そうか。ええっと、さっきまで死にかけていたところ申し訳ないんだが名前を聞いてもいいか、出身地とか。君のその恰好は俺たちにとっちゃぁ恐ろしいんだよ」
「そうか、そうだった鎧を着たままだったか。忘れていた、申し訳ない。私は序列一位の聖騎士、イシュメルだ。助けてくれてありがとう、感謝する」
イシュメルと名乗った男は剣を床に置き、姿勢を正してから壮年の漁師に礼を述べた。
「聖騎士?なんでそんなすごい奴が網にかかんだよ」
モックをからかうのに飽きたキースが素朴な疑問を口にする。船員全員が同じ意見だったのかキースの言葉に皆がうなずいた。
「ああ、魔女討伐の際に島ごと破壊してしまってね。取り付く島がないとはこのことだな!はははは!」
「なーんか噓くせぇ。守護獣見せてくれよ、聖騎士サマならできんだろ?」
もし本当にイシュメルが聖騎士ならこの発言はかなり失礼だが、船の上の男たちは皆同じようなことを思っていた。
「ああ、そうだな。よく言った少年!助けてもらった礼もかねて俺の守護霊を喚ぼうじゃないか!」
イシュメルは全く気を悪く様子はなく、いたずらを思いついた子供のような表情でキースに返事をした。
「さあ!泳げ、鯨!」
イシュメルの声につられて漁師たちは一斉に海をみる。太陽からの照り返しが少しだけ減ったような気がするだけで、期待していたことは何も起こらなかった。
「なんだよ、やっぱり嘘じゃねぇか」
海を見つめていたキースは振り返ってから、イシュメルをバカにした表情でそう言った。
しかしイシュメルはキースを見つめると、いたずらっぽい表情で上を指さした。
「うえ?ぅおお!なんじゃこりゃぁぁ!!」
だまされたと思って落胆していた漁師たちはキースの声につられて一斉に上を見た。
島だ、皆がそう思った。
視界を埋め尽くすほど大きな鯨が空を優雅に泳いでいた。
「漁師殿!俺のせいで今日の漁は滞ってしまっただろう?」
「あ、ああ…」
壮年の漁師は呆気にとられて空を見上げていたところに急に声を掛けられ、ろくに考えずにてきとうな返事をした。
「3トンほどで十分か?」
「ああ…」
「承知した」
イシュメルの返事とともに鯨が船へと急降下を始めた。
「しっ死ぬぅうう!!」
「しにたくねぇぇ!俺まだチューもしてねぇんだぞ!モック、チューだ!チューさせろ!」
鯨が船へと迫ってくるのに気が付き、キースとモックは怯えながら抱き合っていた。ほかの漁師たちも同じ様に絶望の表情をしていた。
「ははははは!男同士か、素晴らしいな。熱い友情を超えたその先へ行くのだな。見届けよう、その滾るような愛を!ははははは!」
イシュメル一人だけが笑っていた、太陽のように朗らかに。
漁師たちは後悔していた。この男を侮ったことを、そして釣り上げてしまったことを。
「海の男。海に生まれ、海に育てられ、海とともに去ってゆく。美しい一生だな」
イシュメルの呟きは誰の耳にも届かないまま、漁師たちの悲鳴にかき消された。
鯨は速度を上げたまま、ついに皆が乗る船へと到達した。
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