不条理ワールズエンド

はじめアキラ

<第一話>

 朝が待ち遠しくて眠れない夜、というのは誰にでもある。それこそ、人間と呼ばれる存在でなくても同様なのだ。

 十三歳のグロリアはバッグ一つどうにか抱えて、自宅を飛び出していた。帽子からぴょこん、とエルフ特有の長くて大きい耳が飛び出す。ひそかにこの耳の大きさはグロリアにとっては自慢だったりする。エルフの種族にとっては、耳が大きくてピンと伸びている方がよりイケメンだと褒められる傾向にあるからだ。


「行ってきまあああす!」

「グロリア、靴ちゃんと履いてから歩きなさい!転ぶわよ!」


 母の言葉もなんもその、目指す先は一つ。この町で一番大きな“シュレイン書店”である。今日は、ずっと待っていた長編小説のシリーズ、その新刊の発売日だったのだ。昨日は“間違って早く店頭に並んでやしないか”とこっそり何度も先んじて本屋へと脚を運んでしまったほどである。勿論フライングなどはなくて、結局昨日はドキドキしたまま夜を明かしてしまうことになったわけだが。

 本屋の前まで来ると、既に見知った顔が何人も店頭に並んでいた。中等部の親友兼ライバルであるミツルギ、幼馴染のメルの姿もある。


「お、おはようグロリア。今日は寝坊しなかったんだな」


 ニヤリと笑って、ミツルギが手に持ったものを掲げてみせた。分厚いハードカバーには、お馴染み三日月の下で語り合う者達のイラストが描かれている。タイトルは『ベリーメールの世界』。前巻では、主人公の少年少女のうち少年の方の過去がいよいよ明かされる!というところで物語が終わっていたのである。続きはどうなるんだ、こんなところで切るなんて作者の鬼!と言いながらジタバタしたのが三ヶ月前のこと。そして展開を楽しみにしていたのは、ミツルギとメルも同じであったらしい。


「そりゃ寝坊するわけないよ!発売日、毎日カレンダーにバツつけながら楽しみにしてたんだから!」

「グロリア、ほんとこのシリーズ好きだよね」

「そりゃもう!」


 メルの言葉に、勢いよく頷くグロリア。


「ファンタジー小説もいろんな流行があるけど、やっぱり俺は“努力と友情で勝利をもぎとる!”みたいな王道の話が好きなんだよなあ。この話もさ、二人共魔法の才能はあるんだけど、全然戦闘ともなれば完璧じゃないじゃん?ヒロインのクラリスは剣の腕はすごいけど回復魔法とかは全然得意じゃないし、逆にヒーローのカレンは魔法に長けてるけど体力がなくて戦闘で走るのが苦手だろ?お互い補いあって強大な敵に立ち向かっていくってのがさ、また燃えるというかしびれるというか……!」


 そこまで語って、グロリアははっとした。ミツルギ、メルと同じようにレジに並んでいた者達(殆どが同じように、ベリーメールの世界の最新刊を手に持っている若者ばかりだった)がみんな揃ってこちらを振り返り、見つめているではないか。

 人前であることも外であることも忘れて、思わず熱が入ってしまった。真っ赤になって萎むグロリアに、これもいつものことだと大笑いしたのがレジの前に立っている大柄な男。書店の店主、シュレインである。


「はいはい、そんなに焦らなくても本は逃げないからね。あ、買ってくれるならちゃんと持ってレジに並んでおくれよ、お会計できないからねー!」


 なお。この直後、グロリアは己のバッグがからっぽで、財布を家に置き忘れてきたことに気付きさらに恥を上塗りすることになるのである。


「相変わらずドジでそそっかしいな、グロリアは」


 結局ミツルギが呆れて、本の代金を貸してくれることになったのだった。クールだし皮肉も言うが、こういうところが憎めない奴なのである。





 ***




 グロリアとミツルギ、そしてメルが並んでいると、よく周囲には“三色団子みたいだ”なんてことを言われる。理由は簡単、自分達の髪が見事に色鮮やかでバラバラであるからだ。グロリアは茶髪、ミツルギは黒髪、メルはピンク。それがどうにも、お団子屋さんで売っている三色団子そっくりであるらしい。数年前に異国からやってきたという団子屋のおじさんの店には、グロリアも何度か足を運んだことがある。確かに、自分達の頭はお団子そっくりかもしれない。食べたら美味しそう、だなんて周囲に思われてるんじゃなかろうな、なんてことを思うグロリアである。


「あー、帰って読むのが楽しみだなー」


 川沿いのベンチ座ってサンドイッチをほおばりながら、これもいつもの流れと三人仲良くおしゃべりタイムである。初等部からの仲である自分達は、なんとなく気があって学校の外でも一緒にいることが少なくなかった。ミツルギは一見皮肉屋だが、根は真面目だしとても頭がよく面倒見がいい。そしてメルは、女の子だけれど気取らず飾らず、むしろこざっぱりした性格なので非常に付き合いやすい存在だ。

 三人揃って本好きというのも大きいだろう。特に、今回購入した長編『ベリーメールの世界』に関しては新刊が発売されるたび考察し分析し、感想や意見を交わし合うのがいつもの流れだった。


「今回の表紙、てっきりいつもどおりの順番で行くとまたクラリス一人の絵になると思ってたのに。今回は、クラリスとカレンが二人並んで座ってるんだなあ」


 中身は非常に気になる。気になるが、今ここで本を開くのはぐっと我慢なのだ。なんといっても、表紙や裏表紙の情報からだけでも読み取れることはごまんとある。特に、ベリーメールの世界シリーズは主人公二人を交互に表紙に載せるのがいつものパターンだったのに、記念すべき十巻では二人共が並んでこちらに背を向けて座っているではないか。これが何を意味するのか、と思うと非常に興味深いところである。


「ずっと仲間割れしていた二人が、ここで和解するようになるってことなのかな?確かに、前回からの流れでクラリスがカレンの過去をついに知る!ってところで終わってるけど」


 お嬢様ゆえ頭が硬いところもあるが、根はとても優しい少女であるクラリス。自分を大事にせず、無茶ばかりするカレンのことを非常に心配するようになっていた矢先に事件が起きて――という流れである。以前のようにただいがみあっていた二人ならともかく、今のクラリスならきっとカレンの心の傷に寄り添えるだろうと思うのだけれど。


「勿論それもあるだろうが。ただ和解する、ってことではないと俺は思うな」


 見ろ、と言ってミツルギが指差したのは、並んで座っている二人のイラストの真ん中だ。

 彼らは月明かりの下、丘の上で座ってどこか遠くを見ている様子なのだが――真ん中、と言われても特に何かがあるようには見えない。グロリアもメルも、顔を見合わせて首をかしげてしまう。ミツルギは、一体何を見つけたというのだろう。


「えっと……?」

「馬鹿、もっと下だ、下。二人の間だ。小さくて見づらいが、二人が手を重ねているように見えるだろう?正確には、クラリスの手が上で、カレンの手が下になっている」

「あ、確かに。言われて見れば」


 よくこんな細かいところに気付くものだ。言われてみると確かに、座っている二人はカレンの手にクラリスが手を重ねている印象だ。これも、何かの暗示だということなのだろうか。


「元々は、カレンの自己犠牲をクラリスが半ば誤解する形で嫌っていた……しかしふたり揃って魔王退治の勇者として任命されてしまい、仕方なく旅立った。そういう流れだっただろう?カレンの方もクラリスと距離は取っていたが、どちらかというと嫌っていたのはクラリスの方だった。逆に言えば、クラリスがカレンの在り方を受け入れることができれば、この二人の仲は間違いなく進展するのだろうな、という流れだ」


 ミツルギのこういうところがすごいんだよな、とグロリアは思う。リアルでも本の中でも、とにかく登場人物の分析が上手いのだ。人の心を察する、理解することに長けているとでも言えばいいのだろうか。

 残念ながら、自分が非常にモテることや、己に向けられる恋愛感情の類には恐ろしく疎いというお約束は発揮してしまっているわけだが。


「ゆえに、これはクラリスが、カレンの心を自らの方から理解し、受け入れることを選び、同時にカレンを守る決意をした現れではないか……と俺は予想している」

「おお」

「さすがミツルギだね。確かに、今まで私達いろんな予想しあったけど、ミツルギの考察が当たってなかったことないもんね。特にキャラクターの心理分析じゃミツルギの右に出る人はいないってかんじ」

「メルはちょっと俺を過大評価しすぎじゃないか?まあ、ありがたく受け取っておくけど」


 さて、答え合わせは今日帰ってからだな、とミツルギが言う。これも、新刊を手に入れた日のお約束だった。自分達は本をそれぞれ買って帰って読み、そして熟読した後それぞれの考察と次回以降の展開予想を考えて翌日持ってくるのである。新刊を買った日の二重の楽しみがそれだった。本を読んでまず楽しみ、そして翌日友人達と語り合って楽しむ。これぞ文芸オタクの醍醐味だよね!とグロリアは大きな耳をぴくぴくと跳ねさせて喜んだ。

 ちなみに、嬉しいことがあると犬の尻尾よろしく、耳に表れるというエルフは少なくない。特にグロリアは仲間内では“何考えてるかすぐわかる、ポーカーとか絶対できないタイプ”ということで有名だった。果たして褒められているのか貶されているのか。正直だ、と表現すれば褒め言葉として受け取ることもできなくはないけれども。


「!」


 ほのぼのとした時間を打ち砕いたのは――大広場にある鐘が、突如として鳴り響いたからだった。


「あ……ああ」


 メルが青ざめ、怯えて蹲った。隣でミツルギも血の気の引いた顔で鐘の方を見つめている。

 平和なエルフ達が住むこの町にある、たった一つの絶対的な掟。

 それは、大広場にある鐘が鳴ったら――全住民が直ちに集合し、“天の意思”を仰がなければならないということ。それは、まだ子供であるグロリア、ミツルギ、メルとて例外ではない。


「……行こう、遅れたら、まずい」


 一番最初に立ち上がったのは、ミツルギだった。彼はメルを支えると、暗い表情で言葉を口にする。


「グロリア、急ぐぞ。……“天の意思”が誰を選ぶのかはわからないんだ。万が一俺達の誰かだったら……わかっているだろう?」

「……うん」


 グロリアは、何も言えなかった。わかりきった話だからだ。

 自分達の町は、鐘一つで一瞬にして地獄に変わる。それが、絶対にしてけして覆すことのできないルール。


 広場には、闘技場があるのだ。


 全住人の中で選ばれた“二人”は――それがどんな間柄であっても、その意思に従わなければいけないのである。

 そう。

 命を賭けて、殺しあわなければいけないのだ。

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