第三十幕 『部隊』の弱点

 大桑城はかつての美濃守護代たる土岐氏の居城であり、当時まだ斎藤利政という名であった道三自身が美濃大名に成り上がる際の戦で、この大桑城に籠る土岐兄弟を攻め滅ぼした事は記憶に新しい。


 堅牢な山城である大桑城の攻略に手を焼いた利政は、最終的に山に火を放つという禁じ手を用いて土岐氏を攻め滅ぼしたという。しかし自身が攻めあぐねた経験からその堅牢さを惜しんだ利政自身によって修復され、そのまま彼の居城の一つとなった。


 道三がこの美濃国の行く末を決める大一番において敵を迎え撃つ最後の砦としてこの大桑城を選んだのは、その城の防備能力に信を置いていたからかもしれない。


「そのような場所柄に加えて、今の道三は瘴気石の力もある。どこにどんな警備が敷かれているか私にも予測が付かん。十分に警戒しろ」


 大桑城が建つ山に侵入した妙玖尼達。先導する雫は周囲に油断なく視線を走らせながら妙玖尼と紅牙にも警戒を促す。


「言われるまでもなく警戒はしてるよ。ここまで来たら何があったっておかしくないからね」


 紅牙もその言葉通り刀を抜いて臨戦態勢だ。妙玖尼の得物は長柄の錫杖なので木々が乱立する森の中では扱いづらく、もし城に侵入する前に戦闘を余儀なくされた場合は法術による後方支援に徹するつもりであった。


 妙玖尼は周囲の警戒は彼女たちに任せて、自身は法力を集中させて山上に見える大桑城を探る。そしてすぐに眉をしかめた。



「お二人共、ご注意を! 邪気を放つ複数の気配が近づいています。恐らく斥候の類いかと」



「……!!」


 紅牙と雫が目を眇める。


「……後顧の憂いは断っておきたい所だな。待ち伏せて殲滅するぞ」


 雫の判断で、迫ってくる敵の斥候を隠れて待ち伏せする事になった。勿論二人の得物には予め『破魔纏光』の法術をかけておく。そしてそう待つ事もなく敵の姿が現れた。


 妙玖尼には感じられる妖気の質で分かっていたが、それは五体ほどの外道鬼であった。鬼とはいってもどいつも破落戸のような雰囲気で、道三が金で雇った私兵達が変じたもののようだ。雫が妙玖尼と紅牙に目配せで合図する。二人は頷いた。


 気配を殺して身を潜める彼女らは、外道鬼どもを十分引き付けてから一気に木陰から飛び出した。


『ヌワッ!? 貴様ラ!』


「ふっ!」


 奴らが驚いている隙に態勢を立て直す暇を与えずに接近した雫と紅牙は、それぞれの得物で一刀のもとに

外道鬼を斬り倒した。破魔の法術が宿った武器は外道鬼の強固な肉体を抵抗なく切り裂いた。これで残りは三体。


『コイツラ、オ館様ガ言ッテタ!?』


『殺セェ!』


 残った外道鬼共が一斉に斬りかかってくる。人間離れした膂力から繰り出される斬撃は速く、当たれば脅威だが、軌道自体は単純で慣れれば見切るのは難しくない。ましてや紅牙も雫も腕利きの戦士であり、外道鬼とも既に何度も斬り結んだ経験がある。


 二人共難なく外道鬼の攻撃を躱し、反撃に得物を煌めかせる。更に二体の外道鬼が急所を斬り裂かれて崩れ落ちた。残るは一体だけだ。



『ヒィッ!? 何ダ、コイツラ!?』


「あ、待ちな!」


 残った外道鬼は勝ち目がないと悟ったのか、城のある方向に向けて一目散に逃げ出した。紅牙が反射的に追い縋るが、何と言っても身体能力に優れる鬼である。一度逃走に転じられてしまうと追いつく事ができない。それは忍者である雫であっても同様だ。


「ち……!」


 雫が舌打ちする。このまま城に逃げ戻られると厄介な事になる。道三は戦場にいるのが影武者で自身は大桑城にいると重治に暴露された事は知らないはずだ。ここで敵を取り逃がすと、折角の奇襲の機会が失われてしまう。


『オン・マイタレイヤ・ソワカ!』


 そこに一筋の光弾が飛び出し、逃げる外道鬼の背中に衝突した。妙玖尼の法術『破魔光矢』だ。距離が遠かった事もあり一撃で倒すには至らなかったが、外道鬼を大きく怯ませてその動きを止める事には成功した。


「よくやった!」


 そこに雫が素早い動きで追いつき、外道鬼の脳天に短刀を突き立てた。当然即死だ。遅れて追いついてきた紅牙も息を吐いた。



「ふぅ……敵を取り逃がすなんざ、アタシとした事がドジ踏んじまったよ。悪かったね」


「いや、それは私の台詞でもある。しかし人外共相手に遠距離攻撃手段が心許ないのは少々問題だな……」


 雫もかぶりを振って、憂いを帯びた表情で嘆息する。彼女の言いたい事は分かる。美濃に入って以来……正確には飛騨からだが、組織だった人外の集団と戦う機会が増えてきた。これまで妙玖尼が個人で請け負ってきた退魔は、その殆どが単体か精々二、三体の妖怪の討伐であった。


 だが飛騨以降の戦いでは妖怪との集団戦が殆どで、そうなるとただ近距離で眼前の敵を斬っていればいいというものでもなくなってくる。これはある意味で人外との『戦』であり、戦術・・というものが必要になってくるのだ。


 そして『部隊』規模での戦術において矢や投石などの遠距離攻撃は無くてはならない必須要素だ。だが現状彼女たちはこの必須要素に不安を抱えていた。


 妙玖尼の法術は万能ではなく『破魔光矢』も意外と速度が遅く直線にしか飛ばせないので、相手によっては簡単に対処されてしまう。飛騨で空に逃げる海乱鬼を取り逃がした時がまさにそうだ。


 更に『破魔纏光』も手に持っている(身につけている)武器にしか効果がなく、例えば雫のクナイなどに掛けても、彼女がそれを投擲した瞬間に破魔の効力は消えてしまうので、人外相手に安定した攻撃手段にはなり得ない。



「まあ、無い物ねだりしても仕方ないさ。そりゃおいおい考えるって事で、今は道三の討伐に集中すべきだね」


 紅牙が肩をすくめる。確かに今すぐどうにかなる問題ではないし、ここで考えていても仕方がない。そして今は一刻を争う事態だ。雫も頷いた。


「確かにそうだな。こうしている間にも義龍様の身に危機が迫っている。急ぐぞ」


 義龍率いる軍は今この時も道三(実際には海乱鬼)の妖怪軍相手に厳しい戦いを強いられているはずだ。その上時間が経てば尾張から北上してくる信長の軍によって挟撃されてしまう。そうなったら義龍は敗北し、美濃は滅びる事になる。その前に道三を討伐しなくてはならないのだ。


「ええ、行きましょう」


 妙玖尼も頷くと、三人は再び大桑城へと急ぐのだった。

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