第二十四幕 雪辱戦

 鷺山城の二の丸を進んでいくと、やがて中規模の屋敷のような建物が見えてきた。居住設備のある御殿のようだ。しかし天守を備えた奥御殿に比べると規模は小さい。


「……邪気の発生源はあの建物の中にあるようです」


「間違いないな。孫四郎はあの屋敷の中だ」


 妙玖尼の言葉に頷いた雫は、姿勢を低くして周囲を警戒しながら屋敷へと忍び寄っていく。勿論妙玖尼と紅牙も無言でその後に続く。紅牙もここまで来ると流石に軽口を叩いている余裕はないようだ。


「……!」


 するとすぐに屋敷の入り口を固めている警備らしき兵の姿が目に入った。二人いる。恐らくどちらも外道鬼と見ていいだろう。


「どうするんだい? あそこで派手にやり合ったら確実に中の連中にも感づかれちまうよ?」


 屋敷を望める物陰に身を隠しながら紅牙が問い掛ける。雫は分かっているという風に再び頷いた。


「だろうな。だが裏から忍び込めるような場所もない。正面突破しかあるまい。なるべく迅速に撃破して、一気に孫四郎の元まで到達する。これより先は孫四郎を討つまで止まれんぞ」


 雫の言葉に妙玖尼は緊張した表情で頷いた。念の為二人の武器に『破魔纏光』を掛け直しておく。準備が整った所で雫が合図を出す。



「よし、行くぞ!」


 まず雫と紅牙が率先して飛び出し、妙玖尼はその後に続きながら次なる法術を行使する為に真言を唱え始める。


「……! 曲者!」


「巡回をやった連中か! 容赦するな!」


 当然こちらに気付いた見張りが臨戦態勢を取る。同時にその身体が肥大して外道鬼の姿に変じていく。最早城に残っている連中はほぼ人外であると見ていいだろう。


『ヌガァァァッ!!』


 一体の外道鬼が持っている槍を突き出してきた。紅牙は円を描くような軌道で刀を水平に動かして、鬼の突きをいなした。この辺りは何度もやってきているので慣れたものだ。相手が体勢を崩した所に、その首筋に破魔の光が纏わった刀身が滑る。


 首を飛ばされた外道鬼が地に沈んで消滅していく。その横で雫も刀を持った外道鬼の斬撃を回避して、破魔の光を帯びた短刀を敵の首に突き立てた所だった。どちらも妙玖尼が法術で援護する暇もないくらいの瞬殺だった。



 孫四郎の警備や麾下に就いている兵士はどれも破落戸傭兵どもらしく、白川の町で戦った強力な外道鬼どもとは比較にならない弱さだ。勿論助右衛門のような手練れの武士とは比べるべくもない。


 助右衛門を含めたあの連中はいずれも道三の直属だったのだろう。孫四郎を討伐した後は道三を討つとなると、あのような強敵達が控えているという事で、今回のように停滞なくは行かないだろうという予感があった。


 とはいえ今は孫四郎を討つ任務に集中しなければならない。見張りを排除した一行はそのまま屋敷の中に踏み込む。建物の内部は喜平次の屋敷と同じように邪気で満たされている。既に敵はこちらの侵入には気付いているはずなので、このままで済むはずがない。



「……!!」


 そう考えた丁度その時、屋敷の障子や天井、床板などを破って複数の影が飛び出してきた。黒い装束に覆面姿で短刀や鎖鎌などで武装した忍者たちだ。四人いる。どうやらこの松葉流という忍者たちは四人一組が基本らしい。喜平次の護衛を務めていた連中と同じだ。


 それを裏付けるように忍者共は既に目を赤く光らせて外道鬼の姿に変じているようだった。やはり鬼忍だ。こいつらは雑魚の外道兵とは違う。


「厄介だな。素早く片付けるぞ!」


「分かってるよ!」


 雫と紅牙は先手必勝とばかりに鬼忍どもに斬り掛かっていく。当然それを迎撃する鬼忍。孫四郎に逃げられたリ罠を張らせる余裕を与えない為には迅速な撃破が必要だ。妙玖尼も即座に加勢する。


(もう先日のような不覚は取りません……!)


 鬼相手にあのような不覚を取ってしまった事で退魔師としての自負に傷が付いていた。同じ種類の鬼相手でその雪辱を果たすのだ。


 今回は雫と紅牙が二人で三体の敵を相手取ってくれている。妙玖尼の方には残った一体が迫ってきた。そいつは柄の短い槍のような武器を所持していた。鬼となった事で人間離れした速度で距離を詰めてくる。


『オン・ニソンバ・バザラ・ウン・ハッタ!』


 妙玖尼は自身の錫杖弥勒にも『破魔纏光』を掛ける。その時には鬼忍が至近距離まで迫って来ていた。槍を連続で突き出してくる。恐ろしいまでの速さだ。しかも雑魚と違って技術にも裏打ちされている。


「くっ……!」


 弥勒で突きを捌くが、激しい連続突きに防御が精一杯になってしまう。とても反撃する余裕はない。紅牙達ならその限りではなかったかも知れないが、妙玖尼は勿論武器術の訓練も積んでいるが基本は法術による遠距離攻撃を得意としている。距離を詰められた時点で苦戦は免れない。


 しかしさりとて足止めも無い状態で『破魔光矢』などを仕掛けても確実に躱されていただろう。前衛である紅牙らが敵の注意を引きつけてくれる事で真価を発揮する術が多いのだ。


 鬼忍は苛烈に攻め立ててくる。敵の持つ短槍は攻撃範囲は普通の槍より短いが、その分取り回しがしやすく近接戦闘にも向いている。長柄の錫杖が武器の妙玖尼はその点でも不利だ。


 結果反撃もままならず防戦一方で追い詰められてしまう。否、防戦すら危うい況だ。激しく息を切らせる。このままでは不味い。妙玖尼の中で焦りが増幅するが……



「ふっ!」


『……!』


 雫が鬼忍を後ろから斬り付ける。どうやら自分が戦っていた相手を倒したらしい。背中を斬り付けられた鬼忍が仰け反る。大きな隙だ。


「……っ!」


 贅沢は言っていられない。妙玖尼は歯噛みしながら弥勒を旋回させて、その鬼忍の頭に叩きつけた。破魔の光が纏わった錫杖を打ち付けられた鬼忍の頭が、原型を留めない程に叩き潰される。


「むっ……」


 その様を見た雫が顔を若干引き攣らせる。打撃武器である錫杖では刀のような綺麗な・・・殺し方は出来ない。



「終わったみたいだね。こっちも何とか片付いたよ」


 紅牙も自身の敵を倒し終わったようで大きく息を吐いていた。他に敵が駆け付けてくる様子はない。


「……雫さん、助けて頂いてありがとうございました」


 少し昏い表情で礼を述べる妙玖尼。結局自身の力だけで鬼忍を倒せなかった。これでは雪辱・・を果たしたとは言えない。目の前の敵一体倒せなかった事で自己嫌悪に陥りかける妙玖尼だが……


「出来る事出来ない事は人によって違うのだろう?」


「……!」


 妙玖尼は目を瞠った。それは先だって彼女自身が雫に掛けた言葉であった。雫は肩を竦めた。


「全てを独りでこなせる人間などおらん。得手不得手を補い合う為に人は徒党を組むのだ。違うか?」


「そうだねぇ。というかそもそもアタシらがこいつら化け物を倒せるのも、尼さんの法術があってこそだろ? それが無かったら外道鬼の一体だって倒せるか怪しいモンだよ」


 紅牙も口添えしてくれる。というより事実を言っているだけで、特に慰めているという感覚はないようだ。確かに彼女らが鬼を斬れるのは『破魔纏光』の効果に依る所が大きい。



 妙玖尼は自省するように苦笑した。柄にもなく後ろ向きな思考に陥っていたらしい。


「ご心配をお掛けしました。もう大丈夫です。さあ、悠長に話をしている暇はありません。まだ孫四郎の邪気は健在です。進みましょう」


「うむ、そうだな」


「はっ! 孫四郎がどんな妖怪でもアタシが叩き斬ってやるよ」


 彼女が立ち直った事に胸を撫で下ろしながらも、二人ともそれを表に出さずに率先して歩き出した。妙玖尼も彼女らの心情に気付きながらも何も言わず、再び苦笑するとその後を追って歩き出していった。


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