第十四幕 救いの手?
思わぬ成り行きから紅牙の過去の所業が露見し、彼女と連座して捕まった妙玖尼の二人は、縄を掛けられた姿で岐阜の市中を引き回された。紅牙も刀と一緒に折角買った外套も取り上げられて、いつもの露出甲冑姿で引き回されていた。
『飛騨の紅天狗』の悪名自体はこの美濃にも届いていたらしく、岐阜の町民たちは触れと共に引き回される紅牙を見て眉を顰めたり、何人かでひそひそと話しながらこちらを指差したりしていた。
また尼僧である妙玖尼が『凶賊の仲間』として、共に引き回されている姿に驚いて目を丸くしている人々も多くいた。
二人の女は散々市中を引き回されて晒し者にされた上で、稲葉山城の地下にある土牢に揃ってぶち込まれた。御家人殺しは大罪であり、そこに女だからという容赦は一切見られなかった。
「痛ってて……くそ、あいつら……。好き放題乱暴に引き回しやがって……」
土牢の中で紅牙が顔を歪めながら毒づく。縄は解かれていたが当然武器は弥勒も含めて全て取り上げられているのでどうにもならない。妙玖尼の法術ならもしかしたら脱獄できるかも知れないが、稲葉山城は山奥の賊砦とは訳が違う。丸腰の女2人が脱走した所ですぐに捕まるか、最悪その場で手討ちになるだけだ。
(八方塞がりですか……。高野山に頼る事も……難しそうですね)
不平不満を毒づいている紅牙の横で、妙玖尼は静かに現状を脱する手段を思案していた。とはいえ中々良い案も浮かばなかった。彼女は高野山真言宗に所属する尼僧だが、退魔師たちは一つの纏まった組織ではない。
宗派の庇護にあるのは寺で修行中の間だけだ。師より皆伝を受け、大僧正から退魔師として正式に認められて旅立った時点で、退魔僧たちは
日本各地にある同宗派の寺院に立ち寄れば旅の補助はしてくれるものの、それだけだ。ましてや大名家と揉めたなどとなったらまず助けは期待できない。
「……紅牙さん、あなた随分暢気な様子ですね? このままだと私達は確実に縛り首なのですよ? それとも何か助かる当てでもあるのですか?」
一緒の牢にいる紅牙が、手荒い待遇に毒づいてはいるもののそれほど悲観した様子がない事に気付いた妙玖尼が問い掛ける。紅牙は肩を竦めた。
「当て? そんなモンあるように見えるかい? 結局なるようにしかならないのさ。捕まって縛り首になる覚悟も無く賊なんてやってられないからね。まあ三木家じゃなくて斎藤家に捕まったのは予想外だったけどさ」
……要は開き直っているというだけらしい。一瞬でも期待してしまった自分が馬鹿だったと、妙玖尼は嘆息した。しかしさりとて自分でも妙案など浮かばない。いっその事自分も開き直ってしまおうかと現実逃避し始めた時……
「ふ……あやかし退治の専門家を気取っておいて、人間に捕まって縛り首になりかけとは。無様な事だな」
「……!!」
陰鬱な土牢に冷たい女声が響き、妙玖尼と紅牙は揃って目を剥いた。その声に聞き覚えがあったからだ。
「……! ア、アンタは……!」
「シ、
紫がかった忍び装束に浅黒い肌。そう、それは白川で何度か助けられた女忍者の雫であった。彼女が牢の格子の向こう側に立っていて二人を見下ろしていた。
「な……何故あなたがここに……?」
妙玖尼が思わず問うと雫は肩を竦めた。
「何故? 私の
「よ、義龍がアンタの雇い主……!?」
紅牙も唖然としている。だが確かに雫のような腕利きの忍びを雇えるのは余程裕福な商人か、もしくは大名家くらいのものだろう。そう考えると彼女と初めて会ったのが美濃に入ってからだった事も併せて、さほど不自然ではない。
「でも……あなたの雇い主が義龍公であったとして、あなたはここに何をしに来られたのですか? 無様に捕まった私達を嘲笑うためでしょうか? だとしたら随分お暇な上に悪趣味な事ですね」
妙玖尼が少し挑戦的に問い掛けると、紅牙も威嚇するような表情になった。だが2人のそんな態度にも雫はどこ吹く風だ。
「ふ……私ならお前達を助けられるというのに、そんな態度を取っていいのか?」
「……! な、何だって?」
紅牙が目を剥いて身を乗り出す。開き直ったとは言っても、助かる道があるなら遠慮なく飛び付くようだ。だが正直妙玖尼も興味を引かれずにはいられなかった。
「どういう意味ですか? 雇われ忍者に過ぎないあなたに何が出来ると……?」
「お前達の事は既に義龍様に報告済みでな。お前達は美濃に入ってから厄介事に巻き込まれているのだろう?
「……!!」
厄介事とは助右衛門らに襲われた件だろう。彼等の所属している組織に命を狙われているらしい。そしてそれは恐らく牛鬼や一つ目鬼の件にも関係している。妙玖尼はいよいよ興味を引かれた。
「勿体ぶってんじゃないよ! 早く私達が助かる方法を教えな!」
「やれやれ……それが人に物を頼む態度か? 所詮は卑しい賊だな」
「っ! 何だって、この……!」
馬鹿にし切った雫の態度に紅牙は激昂して掴みかかろうとするが、当然2人の間に隔たる分厚い格子がそれを阻む。それは取りも直さず今の彼女達の立ち位置を明確に、そして残酷に知らしめるものだった。
「紅牙さん、落ち着いて下さい。話が進みません。それで……私達は何をすれば宜しいのでしょうか?」
「詳しい話は義龍様から
「……!」
義龍から直接という言葉を聞いて、妙玖尼は目を瞠った。やはり思っていたより大事なのかも知れない。だがそれで縛り首から逃れられるというなら迷うまでもないだろう。
「解りました。というより私達に選択の余地はありませんし、義龍公と会わせて下さい。紅牙さんもそれでいいですね?」
「も、勿論さ。アタシだってそれで助かるなら何だってやるよ!」
やや語調を強めて紅牙に同意を求めると、彼女もこれ以上騒ぐのは得策ではないと思ったらしく慌てて頷いた。それを見ていた雫が若干呆れたように眉を上げた。
「……なるほど、そういう関係性か」
「何か仰いましたか?」
「いや、何でも。では日没後にもう一度来る。それまで今しばらく待て」
恐らく2人を牢から出して義龍に会わせるというのは、城の者達には秘密裡に行われるのだろう。なので日が落ちてからの方が人目に付かず都合がいいという訳だ。
「解りました。どうせ他にする事もありませんし、大人しく待っています」
「いい心掛けだ。ではな」
雫はそれだけ告げてさっと踵を返していった。それを見送った紅牙が腕を組んで鼻を鳴らす。
「ふん……! ホントにいけ好かない女だね! アタシらの事を馬鹿にしきってるよ」
「実際に彼女に何度も命を救われたのは事実でしょう? 今も彼女が私達の命綱になっているようなものなのですから、不用意な言動は控えて下さい。分かりましたね?」
彼女の態度に機嫌を損ねた雫が気を変えないとも限らないのだ。ましてやこれかられっきとした戦国大名である斎藤義龍に直に会うというのだ。紅牙に挑発的な言動を取らないように重ねて念を押しておく。
「わ、分かってるよ。アタシだって助かるモンなら助かりたいしね」
少しバツの悪そうな顔になる紅牙。一応激昂して良くない態度を取った自覚はあるようだ。まあとりあえず念を押しておけば大丈夫だろう。後は夜まで待つだけだ。
妙玖尼はその場で座禅を組んで瞑想をしながら待つ事が出来たが、そうは行かない紅牙はかなり苛々しながら、狭い土牢を行ったり来たりしていた。
そして……その時がやってきた。
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