第六幕 外道精兵
「ちぃ……! 尼さん、来るよ!」
「……っ! 仕方ありません。紅牙さん、奴らを出来るだけ引き付けて下さい。その間に法術で仕留めます!」
相手が妖怪の類いなら法術が必要だ。妙玖尼は急いで紅牙の刀に法術を掛ける。
『オン・ニソンバ・バザラ・ウン・ハッタ!』
『破魔纏光』の法術で紅牙の刀『蜥蜴丸』に淡い光が纏わる。これで彼女の刀は鬼や妖怪に対して大きな攻撃力を持つ事になる。
「はは、任しときな! こいつさえありゃ足止めどころかアタシが全部ぶった斬ってやるよ!」
法術の加護を受けて気が大きくなった紅牙は、勇んで外道鬼どもに向かって突っ込む。最寄りにいた外道鬼が持っていた槍を突き出してくる。思いの外鋭い突きだ。
「うおっとっ!?」
紅牙は目を瞠って、慌ててそれを回避する。外道鬼は連続して槍を繰り出してくる。かつて彼女が率いていた賊達が变化した外道鬼どもより手強い。
「ち……! こいつら、正規の訓練受けた
外道鬼は人間が变化した鬼である関係上、元の素体の強さによって手強さは大きく変わってくる場合がある。その意味では『外道鬼』というだけで戦力を推し量れない厄介さがあった。
外道鬼が再び槍を突き出してくる。だが紅牙とていつまでもやられっ放しではない。
「ふっ!」
呼気と共に相手の突きを受け流した紅牙は、返す刀で外道鬼に斬りつける。刀に纏わった破魔の光は強固なはずの鬼の身体を脆い紙細工のように切り裂いた。
『……! 貴様……』
仲間を一撃で斬り捨てた紅牙の刀の威力を見た他の外道鬼どもが、警戒の度合いを上げる。そして雄叫びと共に一斉に斬りかかってくる。上手く引き付ける事が出来たようだ。だが当然この外道鬼どもを1人で複数相手にするのは非常に辛い物がある。
奴らは鬼の膂力と訓練された兵士の技術を併せ持った強敵であり、それを複数相手取るのは紅牙であっても厳しいはずだ。しかし……
『オン・マイタレイヤ・ソワカ!』
妙玖尼も弥勒を掲げて後方から法術による攻撃で紅牙を援護する。紅牙に意識を向けていた外道鬼どもは反応が遅れ、一体がまともに『破魔光矢』の術を受けて焼き尽くされて消滅していった。
『アノ尼……! 先程ノ閃光ヲ放ッタノハアイツカ……!』
外道鬼どもは当然妙玖尼の法術を警戒するようになるが、そうなると今度は紅牙に隙を晒す事になる。
「おら! 背中がお留守だよ!」
紅牙が隙を晒した外道鬼の一体を後ろから斬り捨てる。彼女と妙玖尼の挟撃の前に外道鬼達は有効な手立てを打てない。このまま殲滅できるかと思われたが……
「……!!」
紅牙は咄嗟に身の危険を感じて飛び退った。その直後、今まで彼女の身体のあった空間を大太刀が薙いだ。
「女の分際で刀を振り回す奇矯な奴だとは思っていたが……なるほど、伊達という訳ではないようだ」
『村長』の助右衛門だ。いや、最早その名前が本名かも怪しいが。身の丈程もある大太刀を軽々と担いでいる様も、先程の薙ぎ払いにしても、奴こそその大太刀は伊達ではないようだ。
「お前たちはあの尼僧を殺せ。こいつは私が殺る」
助右衛門の指示を受けた外道鬼たちが妙玖尼の方に向かっていく。当然それを牽制しようとする紅牙だが……
「……っ!」
再び助右衛門の大太刀が振るわれ逆に動きを妨害される。その間に外道鬼達は離脱してしまっていた。助右衛門の殺気は凄まじく、とても妙玖尼の加勢に向かう余裕はない。向こうは向こうで何とかしてもらうしかない。
「……今までは猫かぶってたって訳かい。喰えない奴だねぇ」
紅牙は刀を構えて皮肉げに口の端を吊り上げるが、その目は真剣そのもので額には緊張の汗が伝う。
「如何にも。ここには
助右衛門はそれだけ告げると、再び大太刀を振り上げて襲いかかってきた。
「はっ! 上等だよ! やれるもんならやってみな!」
紅牙もまた刀を掲げてそれを迎え撃った。2人の腕利きの剣士による果たし合いが始まった。
「紅牙さんが足止めされましたか。こうなったらやるしかありませんね……!」
妙玖尼は紅牙が助右衛門に襲われてその相手に掛かり切りになった事を見て取って、弥勒を構えた。こちらに残った外道鬼どもが雄叫びを上げながら向かってくる。数は全部四体。厳しいがやるしか無さそうだ。
『オン・ニソンバ・バザラ・ウン・ハッタ!』
自らの錫杖弥勒に『破魔纏光』を掛ける。弥勒は元々法術の媒体としての効果が高いので、同じ『破魔纏光』でも紅牙の刀にかけた物より高威力となる。これが当たれば外道鬼程度なら一撃で倒せるはずだ。問題はそれが当たるかだが……
「砕っ!!」
裂帛の気合いと共に錫杖を旋回させて叩きつける。尼僧である妙玖尼の予想以上の取り回しに意表を突かれたらしい外道鬼の一体が、対処が遅れて頭を叩き割られた。熟した果実のように頭が潰れて消滅していく仲間を尻目に、残った三体が殺到してくる。
不意打ちで一体倒せたのは僥倖だが、それでもまだ敵は腕利きの外道鬼三体だ。その内の一体が槍を突き出してくる。かなりの速度だ。
「く……!」
紅牙ほどは近接戦闘が得意ではない妙玖尼では躱すのが精一杯だ。当然敵は嵩にきて連撃を仕掛けてくる。その間に他の二体も迂回するように迫ってくる。妙玖尼は慌てて弥勒を旋回させて牽制するが、最初の一体が倒されたのを見ていた連中は警戒して深くは踏み込んでこない。彼女の隙を窺うような嫌らしい攻め方で、距離を取ったまま槍を突き出してくる。
消極的な攻撃とはいえ、それでも鬼の力で突き出された槍は人間にとって充分致命傷になり得る。このまま攻め続けられればジリ貧で、いずれはこちらが力尽きる。
(ならば……こちらから攻めるしかありません!)
危険な賭けだが、守りに入っているだけでは勝てない。妙玖尼は覚悟を決めると、弥勒を旋回させて石突きを地面に突き立てた。
『オン・アミリティ・ウン・ハッタ!!』
真言に合わせて錫杖を突き立てた箇所から、衝撃波が全方位に拡散した。
『衝天喝破』。彼女が扱える法術の中では唯一妖怪以外の人間や無機物にも有効な術であり、弥勒を持たない状態では手を突き出した狭い範囲にしか拡散できないが、弥勒があればこのように全方向の広範囲にわたって放散できる。
『……!!』
とはいえあくまで補助的な法術であり決定打には欠ける。だが強い衝撃に曝された外道鬼達は全員がたたらを踏んで一瞬動きを止めた。
(今……!)
妙玖尼はその内の一体に狙いを定めて突っ込む。そして敵の体勢が整う前に、その脳天に錫杖を叩きつけた。頭を潰された外道鬼は物も言わずに崩れ落ちた。これで後二体。
『貴様ァァァ!!』
怒り狂った外道鬼たちが牽制も忘れて、狂乱したように襲い掛かってくる。連中もまた守りをやめて捨て身の攻撃に出てきたのだ。こうなるとマズい。一体を倒せたとしても残りの一体が彼女に致命傷を与えるだろう。『衝天喝破』をもう一度使う余裕はない。
(御仏よ……私に加護を!)
妙玖尼は半ば死を覚悟して外道鬼を迎え撃とうとする。だがその時……
――空気を切り裂いて、何かが夜の闇に煌めいた。と思った次の瞬間に、その煌めきが外道鬼の一体の、首の付け根辺りに背後から突き刺さった!
『ゴァッ!?』
その外道鬼が背筋を反らして硬直する。もう一体の外道鬼もそちらに気を取られた。妙玖尼は考えるよりも前に反射的に身体が動いた。仲間に注意を向けて隙を晒した外道鬼に弥勒を叩きつける。
頭を潰してその外道鬼を斃すと、そのまま錫杖を旋回させてもう一体に向かって振り上げるが……
「……!」
先程仰け反った外道鬼はうつ伏せに倒れ伏していた。その首の後ろには深々と
(これは……まさか)
妙玖尼はそのクナイが飛んできたと思しき方角に目を向ける。するとこの宿から少し離れた場所に建つ大きめの家屋の屋根の上に、一人の
雫は妙玖尼と目が合うと、すぐに身を翻して夜の闇へと消えてしまった。それを見送った妙玖には大きく息を吐いた。
「ふぅ……また、彼女に助けられてしまったようですね。一体何者なのでしょうか……」
とりあえず敵では無さそうで、それだけは有難かったが。こちらから接触する手段がない以上、今は捨て置くしかない。妙玖尼は気を取り直して、未だ助右衛門と斬り結ぶ紅牙の援護に向かうのだった。
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