12
社食に行ってもいいと浅沼に言われたので、気分転換に行くのが日課だ。
結花はトレーに置かれた豚肉の生姜焼き定食を抱えて、席に向かう。
野澤が見えたからだ。
「あ、野澤くーん? 相席していい?」
先に座っていた野澤は顔を見上げて「お疲れ様です」と返した。
結花は席に座るなり、野澤の弁当をチェックする。
卵焼きやきんぴらゴボウにからあげにしらすごはんと詰め込まれている。
「へー、すごいねぇ。自分で作ってるの?」
「ちょ、ちょっと、何見てるんですか?!」
結花の弁当に対するコメントに、思わず声をあげた。
食べている途中だが蓋を閉めた。
「いーじゃん。誰が作ってるの? 自分じゃないの? もしかしてお母さん? うわぁーまざこーん!」
結花はからかうが野澤は「誰でもいいじゃないですか!」と真顔で答える。
「あなたみたいな人に教える義理なんてありません」
「けちぃ。じゃぁ、みんなに『野澤くんはマザコン』って言っとくよ。黙ってたら認めることになるよ? いやー、マザコンは結婚相手に無理」
「はいはい。マザコンでも何でも結構。この弁当は妻が作ってるから。これでいい? 悪いけど、用事あるので」
野澤は立ち上がってそそくさと食堂を後にした。
「野澤くん奥さんいたの? 嘘でしょー?」
結花の声が無駄に大きいので、近くに座っている4人組の女性グループが一瞥した。
「野澤くんって、3ヶ月前に結婚したんだよね? ほら、うちのグループ会社っていうの? 放課後デイの職員さん」
「あー、"みちしるべ"さんね。野澤さんがここに来たのも、奥さんの紹介って話みたいよ」
「社内報みたけどめっちゃ可愛い系よね?」
野澤の妻の
放課後デイは障害のある子供たちが集まるので、体力勝負要素が強い。
彼女は自分の妹が障害持ちで、子どもの頃から福祉系に縁があったことから、この仕事についた。
野澤とは、大学時代のボランティアがきっかけで知り合った。
同じ障害者の妹がいることから、意気投合し、婚約になっていたが、就職してからお互い忙しくなったこと、野澤の妹が自殺で亡くなったことから、挙式のタイミングを逃していた。
野澤は精神的に追い詰められ、前職での仕事がままならないことから退職になった。
1年前、夏鈴が野澤連れて、紹介兼ねて浅沼と一緒に食事したのがきっかけで、今の仕事に転職した。
世間話がてら「うちで働かないか」と。
浅沼から婚約した状態で、他の部署に公表するのを避けるように提案した。
結花の「他の人のものを欲しがる性格」で、野澤が狙われる可能性があることからだった。
入社時に2人の関係を知っているのは、それぞれの部署の人間と、浅沼だけだ。
浅沼工場では、本人または身内の冠婚葬祭や子供の誕生を社内で掲示板にてお知らせする。
今の時代、プライベートや個人情報に神経質な人が少なくないので、強制せず、希望制となっている。
結婚したのは3ヶ月前だが、公表したのは1週間前だった。
ちょうど結花が寮で療養しているときだった。
「うん。ほんと姫様とは大違い。あれじゃない? 結婚とか目論んでるんじゃない? 実家裕福らしいし」
「無理っしょ? あの性格じゃ。ほら、桃花ちゃんとか、玲音くん達いじめてたって話」
「有里波ちゃんが掃除押しつけられてさ、姫はあれこれ言うだけで何にもしてなかったの見たよ。廊下の壁にもたれかかってさ」
「多分言い返せないの分かっててやってるね」
「みんなそれぞれパニックになる所を知っててやってるんでしょ?」
「うわぁ、こっわっ!」
「ほら、姫様って自分のこと名前で言うし、反抗的だから、服部さんやめさせるぐらいだから」
「服部さんって、奥さんの方だっけ? やめたの?」
「姫様の態度の悪さとか、悪びれないとこがもう無理って。服部さんも服部さんで、姫様のこと『人権剥奪しろ』なんて言って丸岡さんに怒られてたみたいよ」
「うわぁ、どっちもどっちじゃん。さすがにそれはアウト。まぁ、服部つかさにはいい薬になったけど。で、旦那はどうだっけ?」
「来てるよ。吉原さんと一緒に障害者の子達の指導役やってるみたい」
「まぁ、服部夫妻は罰あたったんだ。今まで奥さんのパワハラ見逃してたんだから」
女子グループが結花をチラチラ見ながら、声を潜めて会話していた。
――障害者いじめしていたスタッフ。
――あの服部つかさを退職に追い込んだ人。
過去に服部に嫌がらせを受けていた人達から、密かに英雄視されているものの、本音は関わりたくないと距離を置かれている。
「今じゃぁ、姫様はどこにいるの?」
「社長と丸岡さんとつきっきりで、姫様は社長秘書扱い」
「嘘でしょ? あの性格は無理っしょ?」
「2人にみっちり厳しくされてるみたいだからさ」
「業務でうちに来てほしくないなぁ」
「まじそれな」
他の部署では結花のことを陰で「姫様」や「結花姫」「リアル悪役令嬢」と呼ばれている。もちろん、皮肉の意味を込めてだ。
姫様のように偉そうに威張り腐ることから。
所々聞こえてくる女子グループの会話に、結花は彼女達をにらみ付けて「ゆいちゃんの悪口聞こえてますけど?」と声をかけた。
女子グループ1人が「ここで言ってくるって、自覚あるんですね。別に呉松さんのこと言ってるわけじゃないのに」と、皮肉交じりに笑った。
「な、なによ? うるさいのよ!」
結花はスタスタと席に戻り、かき込むように生姜焼き定食を食べて、持ち場へ戻った。
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