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田先家での使い込みは全部で210万。プラス慰謝料として300万。
母の周子が代わりに支払うとなっていたが、結局急死したのでなくなった。
それどころか、周子は結花の今までの悪行のツケを残していた。それが500万。
全部で1010万のお金を請求されている。
少しでも減らせるためにと、呉松家の本家を200万で売った。
それでも結花は罰金以外に計810万の借金が残っている。
本気で働かないといけない状況になった。
月の給料は15万ほど。そのほとんどが返済なので、自由に使えるお金はわずか。
今のペースで返すとしたら数十年かかるだろう。
この浅沼工場は事務や管理職が集まるが、チャレンジ枠と呼ばれる部署がある。
普通のパートの人もいるが、中にはパワハラ、セクハラした人、不祥事起こした人、病気がちな人、障害のある人、前科がある人など訳ありな人が飼い殺しの形として存在している。
いわゆる左遷先の部署だ。
陰で"
やらかした人同士で潰し合って自滅させればいいということから。
主な仕事は掃除や草刈り書類整理など簡単な仕事ばかり。ここに入ると一生出世できない。
そして彼らだけ会社内にある寮で集団生活をする。
何かやらかさないか監視するためだ。
「なにいってんの! さっさと仕事する! あんた自分の立場分かってるの?!」
結花の文句に怯むことなく、丸岡は早く立ちなさいと促す。
しぶしぶ立ち上がって、結花はモップをけだるげに動かした。
「お、呉松さん、仕事はどう?」
男性の声が廊下に響く。
結花のもとに近づき「掃除係も悪くないでしょ?」と口角を上げて笑みを浮かべた。
黒のスーツに青のネクタイ。胸元には浅沼とシルバーの社章がついている。
まあるい顔に凜々しい目元と少し白髪がかったスポーツ刈りの細身の男性。
背は170あるだろうか。杖をついていた。
「あんた誰よ? こんな仕事やりたくないんだけど?」
結花はけんか腰で男性に詰める。
あんた呼ばわりする結花に対して、丸岡は血相を変えて「すみません、うちのスタッフが失礼なことをして」と結花の頭を下げさせようとする。
「あんたって、この方、ここの社長よ? 浅沼さん」
小声で注意するが結花は無視する。
「いいよ、頭あげて」
浅沼の穏やかな声で2人は頭をあげた。
「あんた社長? ふっ、全然似合わないし。しかも杖ついて、仕事できんの?」
結花は浅沼の姿を見て笑いながら「こんな人が社長とかマジうけるー」と失礼な態度を変えない。
杖ついてるってことは足悪いんだよね?
仕事できなさそう。よく社長になれたね。
どうせ親のコネでしょ?
「あー、覚えてないかー、呉松さん。ほら、同じ中学校だったじゃん。あの時はいっしょによく遊んでたよ。浅沼
名前を聞いた瞬間、結花は誰だっけってとぼけた。
「娘さんは元気? 陽鞠ちゃん。娘と同級生だった子」
「なんで、うちの娘のことしってんの?」
「そりゃー、僕が娘に呉松さんのことを話したからね。それで陽鞠ちゃん嫌がらせされたんでしょ? 因果応報だね」
「ふざけないでよ! なんでうちの娘があんたの娘にいじめられないといけなかったの?! てかゆいちゃんの過去に娘は関係ない」
キャンキャンいぬのように吠える結花に対して、浅沼は「やっぱり反省してないんだね」と笑った。
「中学時代散々僕をいじめてくれたね。覚えてないんだ。大事な杖をぶっ壊したり、盗んだの誰だっけ? 呉松さんでしょ?」
「杖? そんなの覚えてないない。そんなのいつまでも根にもってるなんて、器せまっ!」
中学時代のことなんてとっくに忘れたわよ。
こんな杖ごときでいちいち騒ぐとかばっかみたい。
どうせ家族に嫌われてるんだろうね。こんな根に持つ人なんて、辛気くさいから嫌い。
「まぁいいや。やらかした人は基本覚えてないもんえ。チャレンジ枠の人間もそうだ。加害者はたかがそれぐらいでと思うけど、被害者はそれぐらいで泣き寝入りしている人が多い。なーんにも社会的に処分されないからね。やらかした人も生きるために働かないといけない。だから、ここで飼い殺しをさせてるんだ。世の中誰かが犠牲にならないといけないからね」
「ごちゃごちゃうるさわいわね。天下の呉松家のお嬢様にあれこれ言うなんて、同級生なら分かってるでしょ? 逆らったらどうなるかって」
家の名前だせば、あっさり引き下がってくれる。
そうよ。世界一可愛いゆいちゃんなんだから。
結花の変わらずぶりに浅沼は「ホント昔っから変わってないなー」と声をあげて笑う。
「家の名前出して、みんな簡単に頭下げてくれると思ってるの? もうそんなの通用しない。昔と立場が違うんだ。僕が上の立場で、呉松さんはただのスタッフ」
業務命令指示系統は、浅沼が丸岡に指示して、そこから結花達に仕事振られる形になっている。
浅沼は結花にさらに近づいて
「ねえ、かつていじめてた人から、あれこれ言われるってどんな感じ? 呉松さんのプライドずたずただよねぇ? 今まであれこれ言う方だったもんねぇ。わがまま聞いてもらってたもんねぇ。周りからチヤホヤされてたもんねぇ」
ねっとりした口調で耳元に囁いた。
結花は下に俯いて口を閉ざす。
何なの! この人うざっ!
労役場でもあーだこーだ言われて、サボったら怒られたし、息つく暇もなかった。
それ以上に、今の方が嫌だ。
周りはチヤホヤしてくれないし、冷たいし、口うるさいか厳しい人ばっかだ。
その上、かつてバカにしてた同級生から、命令されるなんて屈辱しかない。
「君の名前みた瞬間、僕はラッキーだとおもったよ!」
浅沼の声が弾む。それは結花の体全身に寒気が走った。
履歴書の応募に彼女の名前があった。
この年で数ヶ月パートをやってすぐクビになっただけ。
昔からSNSで働いてない自慢してた。
中学時代にみんなの前で将来の夢は専業主婦で働かない宣言をしてただけあったが、わがまま過ぎて夫と娘に逃げられた話を風の噂で聞いた。
彼女の娘は私の娘と中学の同級生。
娘に彼女にいじめられてた話をしたら、私の娘が彼女の娘に嫌がらせしていた。
私の仇討ちしてくれてるような気がした。
彼女の娘は結局それが原因で転校になった時は、正直嬉しかった。
親の因果は子に報いるから。
彼女が警察のお世話になって、ホームレスになったらしく、それ系の支援の人にうちを紹介されたと。
復讐のチャンスだと思った。
だからあえて採用させて、私の下で働かせようと思った。
私が責任者であることをアピールして、昔と立場が違うことを分からせる。
プライドの高い彼女には大ダメージだ。
しかも雑用と言うところがポイントだ。
ここの部署だともう出世なんて出来ないし、彼女のキャリアや年齢的にも難しいだろう。
同級生達が出世している中、このような扱いをされる元お嬢様は滑稽だ。
さて、身の程弁えてもらおうじゃないか。
「呉松さん、悪いけど中学時代の仕返しするから。君は雇われの身で、家族から見捨てられたんだろ? 他の行き場もないだろうし、ホームレスになるよりは、ここで大人しく言うこと聞いた方が賢いと思うんだ」
そうそうと言わんばかりに丸岡も頷く。
歯を食いしばって結花は「分かりました」と不承不承で目を合わせることなく返事した。
くっそ、世界一可愛いゆいちゃんが同級生に頭下げるとかほんと無理。
こんなやつに使われるとか嫌なんだけど。
「ほら、呉松さん、掃除終わったら、次は封筒入れの作業よ。掃除道具片付けましょ」
丸岡とともに掃除道具を片付けたら、今度は奥のチャレンジ枠の部署の部屋で、封筒に書類を入れる作業を開始した。
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