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「はい、依田です。どうされました? お義兄さん?」

『いきなり連絡してごめん。うちの馬鹿妹が離婚されて追い出されたんだ。多分そっちにメッセージとか来てるんじゃないか?』

 良輔の声はどこか弾んでいる。

「……はい。そうです……」


 今気づきましたよと大きなため息をついて返す。

 内容を見てげんなりしたと同時に、相変わらずだなと安心した。むしろもうあの自己中で、世界一自分可愛い、大好き、周りに大切にされるべきというメンタルは変わらないだろう。もう40代だし。

 

 ――雀百まで踊り忘れず。


 悠真の頭に結花にぴったりなことわざが頭に出てきた。


『やっぱそうか。昨日うちにあいつの再婚相手の家族から連絡があった』 


 ――以前は瀬ノ上さんとこでお世話になってたみたいで、家のことは色々やってたみたいだけど……いざ蓋を開けてみたら、生活も家族への態度は悪いわ、言葉遣いも幼すぎて、話しててイライラする。


 ――色々注意したものの、とにかく自分が被害者でいないと嫌で。その注意も彼女にとっては暴言なんだって。


 ――瀬ノ上さんとこでも、真面目にやってるフリを演じ続けただけだった。裕福な家にまた玉の輿するために。


 ――極めつけは、うちの家族、孫達含む貯金を少額ずつ取って、遊んでいたの。それでパパ活でお小遣い稼ぎ。もううちでは見れないから、息子と離婚して追い出した。


 良輔の口からでる再婚生活は、以前と変わっていなかった。

 結花の再婚相手の家族と良輔は仕事上の付き合いで関わりがある。

 結花の再婚時に良輔は、田先家に「もし彼女の生活態度や言動に対して容赦なく言ってやってください、何かあればご相談に乗ります」と言った。

 田先家から送られる結花の愚痴はしょっちゅうだった。

 良輔はやっぱり性格や生活態度で変わらない以上、追い出されるのは時間の問題だと薄々思っていた。

 結花が追い出されても大丈夫なように、仕事をするように何度も忠告していたが、彼女は無視するどころか”きちんとした”お金の稼ぎ方をしていなかった。

 案の定田先家から「もう無理です」と言われたので、結花は実家の呉松家にいる。


『あのばか妹、また家族のお金くすねてた。しかも、全員。あの家は高校生の娘さんと、中学生の息子さんがいるんだけど、その子達の分もなパクって、ブランド品買いあさってた』


 子供達のお金30万、義理両親のお金50万、家族のお金150万、全部で210万の借金を背負って帰ってきた。

「う、嘘だろ?!」


 思わず頭を抱えたくなる。

 マジかよ。あの時も陽鞠の通帳ぱくって、贅沢三昧してたな。


『それにな、転売疑惑もあるから、警察にしょっ引くか考えている』


 追い打ちをかけるかのように、元義兄から告げられる話に、悠真は言葉を失う。一度深呼吸した。

 頭がすっきりして、話を再開する。


「て、転売、ですか? 今度はなんですか?」

 あぁと短く返事をする良輔の声は疲れ切っていた。

 売られてたのが人気声優のライブチケット及びグッズや、義理の両親、そして子供達が大事にしているアニメグッズだと聞いて、ますます顔色が青白くなる。

 声優の名前を聞いて、愕然としながら「マジっすか」と繰り返す。

 アニメに少し疎い悠真でも知っている人だった。

 老若男女人気のアニメに主役で出てて、朝の情報番組やバラエティ番組に出てたなーと思い出す。 

「その人のライブ、陽鞠が行ってました。前々からチケット取るのがだんだん難しくなってるって話です。今年になってから、倍率がさらに高くなったと聞きました」


『え、そうなんだ? ひーちゃんも? 運よかったんだね。その倍率を上げた"元凶"が……』

「そうですね……それは、通報とかされてるんですか? そもそもどこで?」

『フリマアプリ。既に通報とアカウント凍結されている。証拠のスクショを向こうの家から貰った。前、悠真くんのクイズの問題集とか解答ボタン売られてたじゃん? 同じアカウントでやってた』

「同じアカウント? そんなの、無理じゃないですか? だってアカウント停止されてるはずなんじゃ……だいたい、クイズの解答ボタンは百均でお手軽で買えますけど、私が使ってるのは専門サイトで5万ぐらいです。クイズ大会の過去問もそうです」  


 中には解答ボタンを作る猛者もさもいるけど、それを買った後に、フリマアプリで売るなんてもってのほかと暗黙の了解がある。

 以前私のものが売られていた時、通報されているはずなんじゃ。

 家にあった問題集数冊と本が売られていた。しかもその中には、人気のタレント・俳優である吉村敏史よしむらさとしが昔出した本のサインが入っている。

 吉村は私の高校と大学の同級生で、一緒にクイズで切磋琢磨してきた仲だった。

 部活内で、1年の最初から先輩達をあっさり勝つ実力で、中学から少し触れただけの自分には、到底敵わない相手だった。

 大学在学中に、テレビタレントになるって聞いた時、面食らった。一緒に話を聞いていた戸塚とつかの顔が、大きな目と口を開けて芸人みたいなリアクションでおかしかった。

 本人曰く昔からタレントや俳優の興味あったから、密かにオーディション受けて、合格したとかなんとか。

 芽吹くのは時間かかったが、一般人が出演するクイズ番組で、吉村が優勝したときに注目されて、それから、出演が増えたという。

 毎年10月に放送される刑事ドラマのシリーズで、元日のスペシャルに、吉村がゲスト枠で出ると聞いて、また面食らった。

 あの本は吉村に読んでくれと言われ、サインつきでもらって大切にしていた。

 それを元妻は知っていてなのか、知らないでなのかは分からないが、転売された形跡を見つけた時、本当に意気消沈した。

 吉村に事情を話して、もう一度送って貰った。

 そのときに、私の家の状況を知って「お前の奥さんやべーな。金品とか気をつけろ。もしかしたら、勝手に引き出されてるかもしれんぞ」と、テレビの飄々としたノリではなく、ガチめで言われた。

 もう売られないように、本や問題集は電子書籍で買うようにした。

 どこまでお金にめざといんだか。

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