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 11月下旬なのに、北風がピープー吹いている。

 依田悠真よだゆうまはスマホの通知音で目が覚めた。

 昼間ということもあり電気をつけていなかったが、暗くなりすぎてテレビだけがついている。通販番組で最新の家電の紹介がされていた。

 さっきまで医療ドラマの再放送がやっていたが、悠真は物語の中盤ぐらいで寝てしまった。

「あ、やば、めっちゃ寝てた」


 こたつの上で寝るとなんでこんな罪悪感が出てくるのだろう。

 テレビでは秋が深まった云々と言っていたが、すっ飛ばしてここのところ寒い。

 寒いのは昔から苦手だ。

 前職がスーパーということもあり、朝早くから出勤しないといけない。

 出勤の時間帯に近所のバスが走ってないので、冷たい刃に当たりながらバイクで職場まで通っていた。

 防寒着は重いわ、手はかじかむわ、顔は冷たいので、職場に着いたらすぐに暖房が着いている事務所で暖を取っていた。

 今は早く行く必要もないし、在宅を中心にした勤務が多い。こたつから出なくて済む。

 

「俺もだらしくなったなぁ……」

 体型がではなく、メリハリのある生活がたまに出来なくなる。

 以前の悠真は休み時だろうが平日だろうが、家族のためにということで奔走していた。

 休み時にこたつで寝ようものなら、元妻の結花に働けだ出かけようだせっつかれていた。

 そのため、医者から療養するように何度も言われていたが、結局無理がたたって、5年前に勤務中に倒れてしまった。

 それ以来仕事をセーブするように心がけている。

 娘の陽鞠ひまりは今年から大学生になり、遠方の有名大学に通い始めた。

 実家に帰るのもお盆の時期3日だけで、すぐに大学の寮に戻った。


 悠真の両親である弘之ひろゆき澄江すみえは、陽鞠が独立したのを機に、西南中央せいなんちゅうおうの近くにある有料老人ホームで悠々自適に過ごしている。

 ホームまで月1で面会に行ったり、陽鞠と一緒にビデオ電話でやりとりをしている。

 弘之と澄江は職員と利用者の人気者である。

 お茶目なことからだ。

 特にローカルスーパーよだの話は弘之と澄江の鉄板ネタのようなものだ。

 施設に配達される新聞の折り込みチラシに入っているので、他の利用者達と何が安いだ、おいしいだと話題になる。

 利用者達の中には本人または家族が使っているので話が盛り上がる。

 弘之と澄江は利用者達とのコミュニケーションで、よく見ていることから、異変を職員達にすぐ話して、事故やトラブルが最小限で抑えられたことが何回もあった。

 職員達にも気さくで、ねぎらいのために悠真から貰ったお菓子を配って分けてることもあり評判のいい利用者となっている。

 

 ――しかし、施設スタッフ及び他の利用者達の間では、悠真の嫁の話はするべからずと暗黙の了解となっている。


 実質悠真は広い依田家に1人暮らし状態である。

 澄江がいたときは生活がだらしなかったら厳しく言われていたものだが、今はそういうのもないので、若干だらだらしているのは否定できない。

 スマホ通知で名前を見た瞬間げんなりした。

 長文のようなので、数行しか表示されない。

 普段なら無視しているが、ちょっと気になった内容があったので、つい見てしまった。  


 

 ゆいちゃん 11月26日 17:05:23

 ねぇ、放送みた? ゆいちゃん、テレビに出たの!

 今の生活きついから、やり直してー! 

 再婚相手から叩かれたり、暴言吐かれたりされるし、義理家族からいびられるし……ゆうちゃんと一緒にいる時が楽しかった。幸せだったの。

 毎日夢枕に出てくるの。

 みんなでテーマパーク行ってる夢や、ゆいちゃんの料理に2人がおいしいと言って食べてるとことか、ひーちゃんがママになって、孫を見せてくれるのとか。

 ゆうちゃんとひーちゃんの料理が恋しいの。

 ゆいちゃんいっつも作ってもむなしいだけ。

 お金も全然なくって、生きていけないの!

 今の旦那は給料安いし、子供達は聞かないし、心開いてくれないから、ゆいちゃん、毎日寂しいの。

 てか、追い出されちゃった!

 ね、もう1回家族でやり直ししよっ!

 一生のお願い! 世界一可愛いゆいちゃんの言うこと聞いて!

 

「まじかよ……」

 再婚したのは元義兄から聞いていた。元とついているが、高校時代の先輩後輩の関係で、仕事でもつながりがあるので、彼女の現状を送ってくる。

 義兄も大変だなと愚痴聞き役になっている。

 曰く、再婚相手は外面いいけど、真面目系クズでパワハラの前科ありの役員。子供達は反抗期真っ只中で、結花を蛇蝎のごとく嫌っている。

 クズ同士の再婚にはぴったりな相手と笑っていた。

 追い出されたって一体何しでかしたんだよと、ため息をつきたくなる。


 そういえばテレビでやっていたことを思い出す。

 お金がないとか、旦那の給料が安いとか、全国ネットで再婚相手家族の愚痴を言っていた。

 また家族も、結花のことをあまりいい感情をもっていないのがありありと伝わった。

 終始結花のことを名前で呼ばなかったからだ。

 娘も大学の寮のテレビで見たらしく、炎上しているよと、ネットの反応をスクショしたのを送ってきた。

 炎上に便乗するかのように、ネットでは、かつての同級生や知人が、結花の過去のことをネットに投稿された。そこから、人様の過去を調べ上げる輩が拡散した。

 

 夫の給料安いって、ここでも言ってるのか。

 一番言ってはならないセリフを全国ネットで言ったら、そりゃ炎上するに決まってる。


 私の時も散々言われたけど、元妻と娘が不自由しないレベルの生活をやってきた。

 お金がかかるのは、元妻と元義母のショッピングだ。なぜか自分が払うようになっていた。それも十数年。

 バカバカしくてやってられなかった。でも逆らったら、実家のことを馬鹿にされるし、手がでるから、諦めていた。


 あの時倒れて正解だったかもしれない。

 そうじゃなきゃ、元妻の見栄と虚飾の権化ごんげであることや、過去の悪行を知ることが出来なかったから。

 そのまま隠し通していたかもしれない。

 このまま、元妻の”恐怖政治”に支配された生活を送っていたかもしれない。

 もし過去の悪行を知っていれば、私と娘は理不尽な嫌がらせを受けなかっただろう。

 なんとしてでも早いうちに元妻から離れることが出来たかもしれない。

 全てたらればの話に過ぎず、今は離れて住んでいるからよしとしよう。


 2人ともSNSをやってないとはいえ、悠真と娘の陽鞠の名前も出されている。

 悠真はそこまででもないが、陽鞠は同情されているものの、野次馬根性で聞いてくる同期が嫌だと愚痴っていた。

「それで、このざまか……」


 結花からメッセージアプリから連絡が来た。2年ぶりだ。

 再婚前は1日何回も寂しいだ、悪かっただ、もう1回やり直そうよとか送ってきて、悠真はうんざりしていた。

 陽鞠も懲りないやつと吐き捨てるようにうんざりしていた。

  

 義兄も悪趣味だなと少し思う。

 因果応報や自業自得の大義名分で、彼女が転落していくのを楽しんでいるようだ。

 確かに彼は呉松家の本家の跡継ぎだし、絶縁すると言ったとはいえ、動向が気になるのだろう。

 義兄も義姉も実家にいたときから、元妻のわがままや素行の悪さに振り回されてきたと聞いている。

 元妻がやらかしても義母が咎めないどころか、折れるようにさせてきた。お金で解決してきた。

 義父が言った上で、義母と元妻は婿養子であることを引き合いにして口封じさせていた。

 1番偉いのは義母と元妻。他は格下。

 長年蔑ろにされる義父を見たのもあり、義兄と義姉は余計元妻に対していい感情を持っていない。

 だから元妻がいないときに、呉松家の跡継ぎを義兄に指名した。

 義母が同席したのは、元妻がいないときだと多少大人しくなるからだと義兄が言っていた。


 義兄は跡継ぎになってから、元妻に容赦ない対応をしてきた。甘やかすのは許さないと言わんばかりに。もちろん義母にもだ。

 今までされた仕打ちをやり返すかのように。

 かといって、元妻が警察沙汰になったら、それはそれで面倒になる。

 名前が汚れてしまうのを気にしているのだろう。

 地元のシルバーの方達やおっちゃん、おばちゃん達の間だったら、呉松家の名前出したら「あぁ、あの家ね」とピンと来る。

 この数年、はるだいや西南中央をはじめ、町の再開発が進んでいる。

 駅周辺のショッピングモールの雰囲気も変わり、西南中央駅の近くにある図書館も去年建て替えたり、市民ホールなるものも出来た。

 少し前まで町では高齢者をよく見ていたが、最近はファミリー層と高齢者や子供と幅広い年代の人を見かける。

 そのため最近きたファミリー層や若い人達に呉松家の名前を出してもピンと来ない。何ですかとリアクションされるのが関の山だ。

 もう元妻は家の名前出して威張り腐ることが出来ない。通用しない。


 結花のメッセージに呆れていたら、スマホに着信が来た。

 名前を見てなんとなく緊張した。

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