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一同が振り向くと店長の野崎と相川がいた。
「えー? 何でもないですよーぉ。皆さんと仲良く”おしゃべり"していただけでーす。ね、春日さん、太刀川さん?」
結花は2人に目でにらみ付ける。いじめていることがばれたら大変だから。
「ち、違うんです! よ、依田さんが……」
春日と太刀川が一部始終を説明している最中に「だから何にもないから!」と話を遮る。
「あなたには今聞いてません! 黙ってください!」
野崎がぴしゃりと結花の話を切る。
「なんなのー! ゆいちゃんの話きいてよー」
地団駄踏む結花を無視して相川はにんじんが入った段ボールに気づく。
「――依田さん、これなんですか? こんなあちこちの床とか太刀川さんと春日さんの周りに落ちてますけど」
低い声で尋ねる相川に対して「さ、さぁ、知らないわよ? それより早く一緒に袋詰めしよ」と彼の腕を掴む。
結花の目は泳いでおり狼狽えていた。早くしよということで、話題から逸らせようと考えている。
「てんちょー、にんじんが1箱だめになりそうですねー」
相川は結花の手を振り払って、見てくださいと指差す。
「うん。今聞いたよ」
野崎が結花に詰め寄って「――依田さん、どういうつもりだ?」と鋭利な目で低い声で制する。
「い、いや……ほんとに、なにもないんです。ちょっと失敗して……」
視線をそらしてまごつく結花はおとがめなしにしてもらおうと、野崎に上目使いをする。
私がこの2人をいじめてるなんて相川くんにばれたらどうしよう! 嫌われるかな?
そもそも私に冷たいのよね。相川くん。でもそれがいいんだけど。
早く野崎の追求終わらねーかなー。
「――依田さん、あなた商品を投げつけるってどういう神経してるんです?! これ、今日の夕方のタイムセールで出す分なんです! 太刀川さんと春日さんに投げつけたみたいですね」
努めて穏やかな口調で詰問するが、その声は怒気をはらんでいた。
「え、マジですか?! にんじん投げつけるとかなに?」
相川は結花に軽蔑の目を向ける。
「なんなの! かっちゃんまで! その視線は!! 私が何かやったという証拠でもあるの?!」
「防犯カメラ見ればいくらでも」
「か、カメラなんてプライバシーの侵害よ! と・う・さ・つじゃん! 私の写真撮影は1枚3万するのよ! 肖像権の侵害よ!」
「何が肖像権とかプライバシーとかなんですか。最初に店長から説明されているはずですけどね。初っ端からメモ取らず、ろくに店長の話も聞いてなかったってここで分かりました。防犯カメラの映像見てきます」
相川は席を外してバックヤードにある店内の防犯カメラの画像のモニターを探しに行った。
店内には50台ぐらいの防犯カメラが設置されている。
万引き対策はもちろんスタッフの勤務態度や業務の証拠を記録するために設置されている。
農産スタッフには7台設置されている。
作業台のところ2台、四方に1台ずつ、入り口に1台だ。
しばらくすると相川が戻ってきた。手には印刷した紙が2枚。
「――店長、証拠ありました。依田さんが春日さんと太刀川さんににんじん投げつけてるとこ」
7:40:08秒のパート部分。
入り口側から撮影された箇所だろうか、結花が投げている様子がバッチリ映っている。
「あと、ここは作業台のとこですね」
7:45:25秒の部分で、太刀川に投げつけるところや土下座をさせているシーン。
他にも結花がにんじんを段ボールから取り出して、投げようとしている姿や春日に手を出している姿などが残されていた。
「あとで動画できっちり見る。これはどういうつもりかな? 思いっきり投げつけてるけど」
「だから、ゆいちゃんはやってないの!」
あー腹立つな、このおっさん。どこまで細かいんだか。あいつの姑思い出すから嫌なんだよねぇ。とっとと消えてくれないかな。こっちは相川くんとやりたいの!
「大事な話の時に自分の名前で言うとかおかしくないですか? めちゃくちゃいらつくんですけど」
相川が追い打ちかけるように結花をたしなめる。
「えー、かっちゃんひどーい。ゆいちゃんは悪くないもん!!
口先をとがらせて悪くないアピールする結花。
だって生意気言ってくるから立場を教えただけよ。
ゆいちゃんは悪くない。そう悪くないの。
悪いのはあの2人。
だって世界一可愛いゆいちゃんは何したってゆるされるんだから。なかったことに出来るんだから。
「だから俺のことを勝手にあだ名で呼ぶな! 馴れ馴れしいんだよ! このおばさん!」
強い口調で否定された結花は「なんでよ?! みんなそう呼んでるじゃん。差別だ! おばさんじゃなくてゆいちゃんでしょ!」と騒ぐ。
「だからそのゆいちゃんもやめてくれませんか?! 自分のこと名前で言うやつなんか地雷女っていうけど、ほんとそうだな。この人が見事に表している。そのぶりっこ口調も、声も耳障りなんだよ! まして年下から指示されるのが嫌だからって、うちの商品投げつけるとかさ、あたおかすぎて草生えるわ」
泣き笑いをする相川に結花は「ひ、ひどいよ」と泣き真似をする。
「あんた40前のおばさんでしょ? しかも娘がいるんでしょ。いやー、娘さんも気の毒でしょうねえ。こんな痛々しいおばさんを地で行く人が母親とか。学校でいじめられてるんじゃないですかぁ? こんな人実親だったら嫌ですもん。しかも自分が不利になれば泣き出すしさぁー。自分がマジで可愛いと思ってんの? そんなことないよ。ぶっちゃけ不細工だと思うし、俺は大嫌いなタイプです。死んでもこんなおばさんとは彼女になりたくないね!」
相川はここぞとばかりに結花に対して容赦なく追い詰める。
野崎が「ちょっと言い過ぎだからもうよせ」と必死に止める。
「てんちょー、こんな人とっととやめさせましょーよ! 離職率上がるだけですよー。この人がいると、てんちょーいないときにやりたい放題でうんざりだし、俺にしつこく絡んでくるんですよー。こいつ抹殺してやりたいぐらい嫌いなんですよー」
「わ、分かったから、落ち着け!」
そうよと春日と太刀川も相川をなだめる。
「なによ。私に誰もなだめてくれないの?! 相川くんにひどいこと言われたのに! 呉松家のお嬢様に失礼極まりないわ。地元では知らない人はいないのよ!」
ぷんすこしながら、結花は訴えるが相川は「地元で有名って、俺知らないや。それ#問題児で有名__・__#の間違いでしょ? こういうのアピールする人ってまともな人いませんからねー」とさらに煽る。
「依田さんって顔と家名しかないんですね。薄っぺらい女ですね! 顔だけなんて年いったらなーんにも役に立たなくなるってばっちゃが言ってた」
相川は結花にとどめを刺すかだった。満面の笑みだった。それは軽蔑と哀れみの。
結花は相川に散々言われたのか、ショックで座りこんでいる。
「泣きたいのはこっちよ! ねぇ、私と鈴ちゃんに謝ってよ! さっきのこと!」
太刀川が謝罪を促すが、結花は自分の世界に入り込んでるのか、無視をする。
だめだと春日も肩を落としながらも内心呆れていた。
「依田さん! 2人に謝ってください! そして商品をだめにしたことも!」
私は悪くないの、だから黙ってる。謝ったら負けだから。
野崎が大声で謝罪を促してやっと「ごめんなさい」と顔を見ずにぼそっと呟くだけだった。
「じゃぁ、太刀川さんと相川さんは退勤の準備しよう。春日さんは悪いけどそのまま残ってやってくれるかい? 依田さんは面談だ。以上」
余談だが、結花は生まれてこのかた他人に頭を下げたことがない、謝ったことがないのが自慢である。
拗ねるように結花は野崎の後ろを追った。
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