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 春日りんと結花は入れ替わるかのように休憩をする。

 12時からは結花が休憩だ。

 結花が来た瞬間春日は怯えるかのように、心臓が早鐘はやがねを打つかのように、顔色が悪くなる。

 バックヤードの休憩室は数人。おばちゃん2人と男性スタッフ2人がどうした大丈夫となだめる。

 結花は男性スタッフの横に座った。しかし彼らは用事を思い出したかのように距離を置いた。おばちゃんグループも唯一から離れるかのように、奥の席に変える。

 結花は周りから距離を取られ、1人で菓子パンをかじっていた。

 なんなのよ。みんな私に対して冷たいじゃない!

 あとで店長に言いつけてやる!

「鈴ちゃん大丈夫?!」

「……ええ、なんとか、皆さんお話聞いて頂きありがとうございました。頑張りますので」

「無理しなくっていいんだよ? 何かあったら店長にいいな!」

「そうだよ。変なこと言わねーか見張ってるから!」

 春日はゆっくり立ち上がって仕事モードに切り替える。呼吸を整えて持ち場に向かう。

「お疲れ様です」

 結花に挨拶したが、ぶんむくれて目すら合わせない。

 少し肩を落として持ち場に行った。

「なんなの? 依田さんったら……」

 おばちゃんの1人が結花に冷たい視線を向ける。

「なんせ、依田結花のお気に入りがブチ切れただからね。しかも鈴ちゃんが親しげに話してるのが気に入らないってな」

 男女グループの1人が声を顰めておばちゃん達に話しかける。ここで結花のことをお嬢様と言う時は、殆ど彼女のことを皮肉の意味を込めている。

「かっちゃんだろ? 彼、女性苦手なんだよな。お嬢様みたいなタイプが一番の天敵って言ってた。鈴ちゃんとおばちゃん達は平気みたいだけど」

「お嬢様がかっちゃんと店長いない時に、にんじんぶん投げたんでしょ? かっちゃんと一緒に仕事できないからって」

「だいたい、自分が原因じゃん。かっちゃんが嫌がるのも無理ないよ。自己紹介やばかったじゃん。自分のことゆいちゃんって呼んでねって。あの人いくつなんだ?」

「……さぁ、20代? 後半じゃないか?」

 西洋人形みたいで可愛いと思った。最初は彼女の見た目で盛り上がったが、今は一部除いて厳しい目が向けられている。こんな時期なのに露出激しいショートパンツやミニスカにトップレスでブーツだ。髪もふわふわさせて、明らかにここで仕事するのに向いていない格好だ。一応着替てるが、嫌そうなのがダダ漏れだ。

「30いってるか?」

「40前らしいよ。中学生の娘いるって。ぶっちゃけ痛いよな」

「それな。しかもボディータッチしてくるし、馴れ馴れしいし、無理すぎる。かっちゃんよく言ってくれたと思う。だって逆だったらセクハラ扱いじゃん?」

「確かに可愛いと思うけど……中身が幼いのよね」

「働いたことないって自慢してたぐらいだしねー。社長の奥さんだかなんだか知らないけど、わざわざ働かなくていいじゃない? 邪魔しに来てるとしか思えない」

 ヒソヒソ話の内容が結花に対する評価だった。

 相川が防犯カメラで確認しにバックヤードに戻ってきた時、いまいる男性スタッフの一人が一緒に見た。


 ――今日のタイムセールで出すにんじんが散乱してたし、春日さんと太刀川のおばちゃんが土下座してた。

 スタスタと防犯カメラの映像を確認して見ると、結花が仕事をろくにせずに、春日と太刀川に嫌がらせをしている動画が残っていた。


 ――食べ物を粗末にするなって言われたことがなかったのか? どうせお嬢様のことだから嫌いなものがあれば平気で捨ててそうだな。


 ――なーにが『世界一可愛いゆいちゃん』だよ! 『あたおかなオバさん』の間違いだろ? とっととクビにしてくれって直談判してやる! あのオバハンのせいで、スタッフが辞めたいって続出してるんだ。福島の姉さんも、塩浦のおばちゃんも。春日さんは俺と組む機会が多いから、ターゲットにされてるんだよ。この1ヶ月、俺がいない日に春日さんがあのオバハンと組んだ日なんていつも更衣室やトイレでこっそりで泣いてるって塩浦のおばちゃんが言ってた。今までそんなことなかったのに。無理してるの知ってる。


 ――店長もあのオバハンの対応で笑顔なくなって、俺たちにも言い方きつくなってきてる。ほんとキャラ変わったみたいだよな。

 

 モニターの前で結花に対する恨みが相川の口からバンバン出てくる。だんだん興奮気味で早口になっていく。男性スタッフは何も言えなかった。

 勤務態度がとてもじゃないけどいいとはいえず、相川はじめ若い男性スタッフ達が彼女の餌食になっている。

 女性スタッフは嫌がらせのターゲットに。

 先輩から教えてもらう立場なのに、社長の妻であることを喧伝して、スタッフ達と喧嘩している姿を度々見ている。


 ――なんであんな人がここに来るんだよ。俺たちは女中でもメイドでもないのにな。


 相川の目は強い怒りがにじみ出すぎていた。

 まるで懲らしめたいと言わんばかりに。

 男性スタッフは「やり過ぎるなよ」「無理するな」「なんかあったら相談して」と肩を叩いた。

「この調子だと彼女の好き勝手で、農産スタッフが減りそうだよなー。ヘルプで駆り出されるのかー?」

 スタッフ達はせそれは勘弁して欲しいと合唱。

 スタッフ達の会話に嫌でも耳に入ってしまう。

 なんでよ! 私悪くないし。

 正々堂々言えば? 私に。

 みんな私の悪口ばっか言って、卑怯者! 私は絶対悪くない。むしろ被害者よ。

 慣れてない力仕事なんてやらせるから、懲らしめただけ。にんじんはたまたま近くにあったから投げつけただけ。どうせ安物だし。たかが商品がダメになったからっていちいち騒ぎすぎなのよ。馬鹿馬鹿しい。

 これだから下民は食材で騒ぐから嫌なのよね。

 SNSを開いて「まじ働くのダルい。ゆいちゃんが大好きな相川くんと馴れ馴れしく話してるあの女タヒね」と投稿した。そこから怒涛の職場に対する愚痴が続く。

 店長がうざいとか、おばちゃんとあの女に注意かれて嫌だとか、相川くんにいじめられたと悲劇のヒロインモード。

 職場のみんなにいじめられてると続けた。

 結花は休憩しているスタッフ達に睨みつける。

 職場と夫の悪口を書くのが楽しみだ。息抜きであり、支えとなっている。

 結花の盲信的なファンがかわいそうにとか、辛いねと同情してくれる反面、一部では、結花の態度を指摘したり、職場のメンバー寄りの意見も来ている。

 返信は自分の味方のみだ。指摘する文面は全て無視している。

「あ、いや、その……ゆいちゃん可愛い、よね?」

 スタッフのおばちゃんが結花にご機嫌伺いするかのように話しかける。

「そう? 当然よ。私は世界一可愛いんだから。私より可愛い人間なんて認めないから」

 強気な口調に男性スタッフの1人が「そんな自信あるなら、ここじゃなくて、読モに応募したらいいんじゃないですか? ゆいちゃんならいけるでしょ」と煽った。

「いいね。考えとくわ」

 結花の機嫌は午後の勤務に入る頃には戻っていた。

 午後から結花のファンである長見と東浦がやってくる。

 いつも結花のこと可愛い可愛いと言っては、仕事やりたくないとゴネ出したら、代わりにやるのがこの2人。

 長見と東浦は大学生とはいえ、結花に気に入られるためにお茶菓子はもちろんご飯奢ったり、足扱いをしている。

 結花が出勤したくないとごねても居続けるのは、お気に入りの相川と会うこと、結花の取り巻きがいるからだ。


 ――それでも結花へのの足音が近づいていく。

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