9
3人は休憩スペースに移動して、結花と赤澤が並んで野崎と向き合うように座った。
「2人が呼ぶってことは何かあったんだね」
「品出しの最中に……」
野崎に話を促され、結花は赤澤とのやりとりを説明した。
野崎の顔がみるみる険しくなる。
「えっと、つまり……依田さんの娘の担任が、たまたま依田さんを見かけて、声かけた。で、尾澤さんにいかに依田さんがだめ人間か話して、クビにするように迫ったってことかな?」
「そんな感じです。あんまりにも酷いので、これ以上やるなら、営業妨害として警察呼ぶことを警告しました」
「その方がいいね。てか学校の先生がそんなことしていいのか……依田さんも、ここでの仕事の愚痴書いてるでしょ?」
結花の顔がなんで知ってるのと愕然とする。
「人事部長がチェックしてるからね。依田さんのSNS」
仕事が辛いだ、なんで働かないといけないんだと、ぽつぽつ書いていた。息抜きなのに。
「あのね、依田さんは厳しい立場なんだ。社長がここで働かせてくれる意味分かってるかい? 変な所で働かれるよりはマシだからだ。最後の情け。愚痴なんて言ってられる立場じゃない。依田さんのSNS見て、保護者とか同級生とか見て広まったんだろう」
野崎は大きなため息をついて「他の仕事あるから戻っていい?」と立ち上がる。
「店長! ほっとけって言うんですか?! また来る可能性あるんですよ?」
尾澤がまなじりを釣り上げて迫る。
「だって警告したんでしょ? ならいいじゃん。それ以上何をしろと? こんな人がいるのは事実だし。言われても仕方ないのでは? 依田さんは因果応報でしょ」
野崎は立ち上がってもう他の仕事あるからと、出て行ってしまった。
結花と尾澤が店長と追いかけても、野崎は作業員スペースに腰を下ろして、無視を決める。
「店長、それは言い過ぎです! やめてください」
「そうですよ。依田さんは受け入れて頑張ってるんですから」
それでも野崎は他人のフリをして作業を続ける。
尾澤が来てから野崎は結花と関わっていない。
最低限の挨拶や業務情報は話すが、他のスタッフに比べて冷たい。まるで突き放すような、関わりたくないと言わんばかりに心を閉じる。
野崎としては、こんな癖のある社長の身内を尾澤に押し付けて、自分の仕事に向き合いたかった。
結花の最初の態度でないわーと思っていた。
社長である悠真に恨みというか、負の感情を持つようになった。
陽貴とは長年苦楽を共にしてきた仲だ。しかし、最近はこんな癖のある身内を押し付けやがってと、悠真に対する同じ感情を持つようになった。
陽貴と悠真に結花の勤務態度の悪さをひたすら送り続けている。些細なことでもだ。たとえ、尾澤が頑張ってると言っても、あれこれできてないと愚痴る。
最初は尾澤の厳しさで結花が自滅しますようにと思っていたが、意外と上手くやっていた。
トラブルメーカーがこの数週間であんなに上手くいくわけないし、根っこは変わらないと思っている。今もどこかで結花が、何かしでかしてくれないかなと願っている。そうだと、あいつはここで働くの無理と捨てられるのに。
「あのねー。君は色々やらかした人なんだから! 強く言われるのは仕方ないでしょ? 被害者でいようなんて
野崎は結花に冷たく切り捨てる。
結花は顔色を失って言葉がでない。
いらないと言われた。ここに?
他人からここまで突き放されたことなんてある?
これも私に対する因果応報なの?
因果応報なら私は何言われても、されても仕方ないということ?
――お前が今までやってきたことが返ってきてるんだよ。
耳の奥まで届く誰だか分からない囁き。
「よ、依田さんは以前より少しずつ頑張ってますし、もう少し様子見させてください。それに彼女の担任がやったことは営業妨害ですよ? 勤め先の学校に連絡した方がいいのでは」
学校の先生が生徒の親の勤め先にわざわざ来て、親は過去にこんなことやらかしてました、絶対なにかやらかしますよと大きい声で言ってくるのは、どれだけ暇なんだろうと。やめさせるかどうかなんて、こっちが決めることで、余計なお世話というものだ。
「悪いけど、いくら依田さんが頑張ろうとも信用できない。過去に浮気や同級生いじめてた人が、やり直そうとしているのを褒めたり、反省してますなんて信用できない。真面目な人は評価されないんだから。被害者としてはムカつく」
「いいか? 最初の印象が悪かった人が良い方向に変わることなんてまずない。調子に乗るな」
野崎はあごを引いてあざ笑う。
この目の前にいる店長も私の不幸を願っている。
それは最初の態度が悪かったからだ。
確かにここで働くのも、おばちゃん達と混じってやるのが屈辱だった。
男性スタッフ達に私のぶりっこが通用しないこともよく分かった。
尾澤さんが来てから、同性のスタッフから褒められる機会が増えた。休憩時に話しかけてもらえる人が増えた。
手つきが早くなった、品だしに出していいと言われた。言葉が丁寧になった。
お客さんを引き込むのが上手。ポップが可愛いとか。
見た目以外褒められたことがなかった。
――ゆいちゃんは可愛いから何もやらなくていいのよ。男の人に養ってもらって生きていくのが一番よ。
子供の頃から母に言われてきた言葉。
文字通りに受け取って生きていた。可愛いからなんでも思い通りにやってきたのは、周りが気を遣ってた結果によるもの。
それに気づかず開き直ってきた。ただ、もう見た目が通用しない年で、シビアになってきたことに最近気づいた。
店長や尾澤さんの言うとおり中身のない見た目だけ人間だった。
尾澤さんはそうならないように、私に根気よく向かい合ってくれた。
言葉遣い、スタッフ達とのつきあい方、店長のトリセツ、店舗や会社の現状、お店の商品がどの時間帯で、季節の狙い目など。あとは、家事のやり方。
これは尾澤さん以外にパートのおばちゃん達にも教えて貰った。
出来たらきちんと褒めてくれる。それだけでも嬉しい。
店長はいつも怒ってばっかで冷たい。
いつ話しかけても。他のスタッフと話してても、私になった瞬間、まるで虫が来たかのようにあしらう。
勤務時間や出来ることを増やしたいと申し出た時もそうだ。人がいないと尾澤さんが言っていたから。
――依田さんは大変だからいいよー。
しかし裏でほかのスタッフと話してるのを聞いた。
『ちょっと褒められたからって、なんか勘違いしてんじゃね? 仕事増やすにしても、あんなおばさんにかき回されたら最悪だよ。最近尾澤に褒められてるのと、うちのSNSでバズったから調子に乗ってる。へし折ってやる』
『依田兄弟やめてくんないかなー。あのおばさん追い出せるし』
陰で店長が私をやめさせたいことを言っていた。
だからきついんだと確信した。最初の態度が悪いのは建前。
「おっ、お得意の泣きモードか? ここではお前のお気持ちなんか通用しないぞー」
ニヤニヤしながら煽る野崎に対して「そこまで追い詰める必要ないですよね。もう結構です。依田さん面談スペース行きましょ」と尾澤がピシャリと言い放って、向かった。
一部始終を見てた人達は、2人を見るなり持ち場へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます