第43話 それでも歴史は紡がれる
夜が明けて日が昇ると、そこには見るも無残な光景が広がっていた。
火元となったオトの部屋の辺りは完全に焼け崩れ、その周辺の壁の煉瓦は真っ黒に焦げている。
幸い、アカリの高圧放水魔法のおかげで延焼は食い止められたため、大広間や会議室などへの被害は無かった。
そして、今は入院中のナギサが滞在していた客室も無事だ。
記憶を失くしてしまっている彼女の数少ない持ち物や、ここに来てからの思い出の品が燃えて無くならなくて良かったと、客室を確認したアーシムは心からホッとする。
「おいアーシム、そろそろ時間だぞ」
「うん、今行くよ」
ロンボに呼ばれて、僕はナギサの部屋を出る。
「緊急会議って言っても、僕たちだけじゃどうすることも出来ないよね」
力無く呟いたアーシムに、俯きがちに歩くロンボは枯れた声で答える。
「そうだな……。この国は女王様がいるから成り立ってたようなものだ。女王様がいなくなったら、リューグはもうお終いと言ってもいい……」
誰よりもオトに忠誠を誓っていた彼は、いつになく悲観的な言葉を口にする。
きっとオトを守れなかった責任を感じているのだろう。
いや、そういう責任とか以前に、突然オトを失った衝撃や悲しみによるものの方が大きいのかもしれない。
もちろんそれはアーシムだって同じだ。
彼ほどではないが、僕もかなり責任を感じているし、ぽっかり心に穴が空いたような感じがしている。
それでもロンボよりも幾らか落ち着いていられるのは、アーシムはリューグ王国の出身ではないから、この国への愛着が少ないことが理由だろう。
ロンボは人一倍、愛国心も強い人間だ。リューグの歴史や未来に多大な影響を及ぼす事件を防げなかったのは、彼にとっては後悔してもしきれないはず。
泣き腫らした顔で下を向いたまま階段を下りるロンボ。
励ましてあげたところで彼の悲しみが癒えることはないと分かっているから、僕は何か声を掛けることも、彼の肩にそっと手を乗せることすらも出来なかった。
王城の一室に集まったのは、
そもそも、緊急会議と称して僕たちをこの場に召集したのはデルフィーノだ。
どうしてオトに仕えていただけの使用人がこんな重要な話し合いを取り仕切っているのか? と、誰もが不思議そうに目を向けた先。
デルフィーノはいつも通りの冷静さで口を開いた。
「おはようございます。皆様に朝早くからお集まり頂いたこと、深く感謝致します。まずは改めてご挨拶を。わたくしはこの城にて陛下の使用人をしておりました、デルフィーノと申します。あのようなことがあった直後で、わたくし自身もまだ心の整理がついていない部分もございますが、陛下が遺された
「よろしく〜っ」
「お願いします」
アカリの砕けた返事と、サクラの礼儀正しい挨拶が重なる。
同時に、他の参加者は無言のまま軽く会釈をした。
「では最初に、陛下から生前に預かったお言葉を皆様にお伝えします」
そう言ってデルフィーノは、指を立てながらオトの遺言を順に列挙していく。
・私の後任はカメアリ=ナギサで既に決定している。本人が拒否した場合以外に、変更することは認めない。
・ナギサが女王に就任するまでは、あなた達で話し合いながらこの国を運営していくこと。もちろんアカリとサクラにも積極的に議論に参加してほしい。但し、私の進めた政策を大幅に変更する時は慎重に。
・そしてその話し合いには必ずデルフィーノを同席させること。全ての最終的な決定権はデルフィーノにある。
「以上の三点が、陛下が生前に仰っていた内容です。これは陛下の死後も効力を有する命令であるため、遵守するようお願い致します」
自分が死んだ後もここまで抜かりがないなんて。いかにも怜悧なオトらしい。
あの何もかもがお見通しだと言わんばかりの自信たっぷりの月白の瞳を思い出して、アーシムは微妙な笑みを浮かべてしまう。
ただ一つ、気になるのは。
「はいは〜い。あのさあのさ、一個訊いていい? なんかデルちゃんの役割デカくない? 今だってデルちゃんが司会進行してるし」
デルフィーノのことをデルちゃんとあだ名で呼んだのは、セーラー服姿が印象的なパラキャントゥラス=ヒパタス中佐。周りからはパラと呼ばれている。というより本人がそう呼ばせている。
パラが口にした疑問は、集められた時からこの場の全員がずっと思っていることだった。
なぜデルフィーノがこの重要な会議を主導しているのか。
そして、オトが『全ての最終的な決定権はデルフィーノにある』と遺したことで、その疑念は更に深まった。
「……そうですね。そろそろ真実をお伝えすべき時かもしれませんね」
デルフィーノは僅かに逡巡した後、真っ直ぐにこちらを見据えた。
皆が感じていた疑問の答え。それは誰もが予想していない、予想出来るはずもないものだった。
「わたくしは陛下と同じく、黒の英雄の血を継いでいるのです。分かりやすく言い換えると、わたくしにも王位継承権があり、陛下の崩御に伴って自動的にわたくしがリューグ王国女王に即位したということです」
「はっ、えっ、ちょっと待って……????」
驚愕の事実を知らされて、サクラが口をもごもごさせる。どうやら頭の処理が追いついていない様子。
でもそれは全員が同じだ。
「えっ何、じゃあ今はアンタがリューグの暫定女王な訳?」
「リューグ王家の家系図にはやはり記載がありません。サクラ様、これは一体どういうことなのでしょうか?」
「ふ〜ん、なかなか面白いことになったわね。どうするの、サクラ?」
アカリはまるで別人のような低い声でデルフィーノに問い質し、マリンピア外務省職員の女性二人は上司であるサクラに意見を求める。
オトを失った悲しみに暮れ、ずっと顔を俯けていたロンボも、これにはぴくりと反応した。
黒の英雄の子孫が、オト以外にも存在していた? そんなことが本当にあるのだろうか。デルフィーノが嘘を吐いているようにも見えないが、どうにも信じられない。
アーシムは立ち上がり、デルフィーノに質問を投げかける。
「僕の記憶では、黒の英雄の家系に赤色人種はいなかったと思うのですが……」
デルフィーノの瞳の色は夕焼けのような美しい赤。
これは赤色人種、ロッサの特徴だ。
黒の英雄と月光の細剣使いの血を継いでいるのならば、オトのように黒い髪と白い瞳が遺伝されていなければおかしい。
夜闇のような美しい黒髪はまず間違いなく黒の英雄からの遺伝だとして、では赤色人種の血はどこで混じったのか。
「はい。アーシム様の仰る通り、リューグ王家の家系にはロッサと結婚した者などおりません。ですので当然、ロッサとの混血が産まれるはずもありません」
「じゃあその赤い奴はどっから出てきたのさ?」
遠回りせずに早く結論を言ってくれと苛立っているアカリに、デルフィーノは頷いてから言葉を継いだ。
「わたくしのルーツは王家誕生とほぼ同時にまで遡ります。わたくしの祖先、一人は黒の英雄ハイムラ=クロト様ですが、もう一人は月光の細剣使いサクィア=ハイム様ではありません。黒の英雄の旅の仲間であった、メイジーという女性です」
「「「えっ!?」」」
まさか過ぎる真実に、アーシムとロンボ、サクラは声を揃えて驚いてしまう。
黒の英雄に、隠し子がいた……?
一方でマリンピア外務省の女性一人とアカリは、面白がっているのかどこか楽しげだ。
他人事だと思って。
そんなアーシムの目を気にも留めずに、にやついた表情のアカリが口を開く。
「えっとぉ、それってつまり、その黒の英雄さんは不倫相手とヤって、子供作っちゃったって話で合ってる?」
待って待って、躊躇なく地雷を踏みに行かないで……!
慌てるアーシムをよそに、マリンピア外務省職員の女性が続く。
「不倫というよりも、正室と側室って表現の方が適切なんじゃないかしら? 黒の英雄は初代リューグ国王なんでしょう? なら多くの女性を侍らせていても不思議じゃないわ」
この二人、ちょっと黙っててくれないかな。
発言が自由すぎて、流石に怒りが湧いてくる。
だが当のデルフィーノは顔色ひとつ変えず、冷静さを保ったまま話を再開する。
「不倫相手、側室。お二方の表現も間違いではないでしょう。わたくしもそのような考えでおりました。ただ陛下が以前に個人的な見解として、サクィア様は正ヒロイン、メイジーは負けヒロインだと仰ったことがあります。クロト様はサクィア様とメイジーの三人で旅をしていた際、サクィア様とより親しくされていたそうです。しかしある日の夜、ちょっとした事故からメイジーと一夜の過ちを犯してしまわれました。当然サクィア様はクロト様に対して酷く怒りました。でもその後、お二人は無事に仲直りをされてそのまま結婚。これがリューグ王家が誕生した瞬間です」
知られざる、リューグ王家誕生前夜の物語。
オトと幼馴染であった僕やロンボですら聞いたことがない、今となってはデルフィーノしか知らないだろう千年前の出来事が語られていく。
「そしてメイジーは、クロト様とサクィア様の誘いで使用人として働くことになりました。その時にはすでにクロト様との子を授かっていたのですが、メイジーはサクィア様のことを思って、相手については伏せて伝えました。しかし、産まれた赤子の黒髪を見てクロト様もサクィア様も確信されます。この子はクロト様の子供であると。それからクロト様とサクィア様はメイジーと共に話し合いを行われ、王家の存続が危ぶまれる時まではクロト様の血を継ぐ家系がもう一つあることは公表しないと決めたのです。当家はその約束を守り続けて、
聞き終えてアーシムは、しばらく何も言えなかった。
千年前の真実をどう受け止めればよいのか、判断に迷ったからだ。
デルフィーノは今まで、どんな気持ちでオトに仕えていたのだろう。
「とりあえず、わたくしの役目が大きいことについてはご理解頂けましたでしょうか?」
首を傾げながら確認を求めたデルフィーノに、この話の流れになるきっかけを作ったパラはこくりと頷く。
「びっくりはしたけど、うん。だいじょぶ」
「ではこれから皆様には、ナギサ様が国王に就任されるまでの間のリューグ王国の運営について話し合って頂きます」
オトの死亡とデルフィーノの真実という二重の衝撃で心の整理がつかないままに始まった緊急会議は数時間に及んだ。
会議も大詰めを迎えた頃、サクラが不意に右耳に右手を添えた。
どうやら何らかの通信機器を使って誰かと連絡を取っているらしい。
サクラの耳には何も装着されていないように見えるが、耳の穴にでも嵌めているのだろうか。
やはりマリンピアの科学技術は進んでいるなと、アーシムは改めて感じる。
それから十秒ほどして。誰かとのやり取りが終わったと思しき瞬間、右手を下ろしたサクラが慌てた様子で立ち上がった。
「みんな大変! マリンピア国防軍の艦艇が超巨大
「っ! 超巨大海異……!?」
「それってどのくらいの大きさなんです?」
即座に反応したロンボとアーシムに、サクラが答える。
「国防省からの情報によると、長さは五百メートル、幅は百メートル、高さは六十メートルと推計。形状はウミウシ型、体表面の一部が発光しているとの報告あり。遭遇海域はリューグ王国王都南方沖、二十五キロ地点。本件について、国防省はリューグ王国海伐騎士軍への応援を要請。……アーシム君、ロンボ君。この要請、受けてくれる?」
真剣な表情でお願いをするマリンピアの大使に、僕はもちろん首を縦に振った。
「はい。直ちに準備して、現場の海域に向かいます」
続けてロンボも頷く。
「ああ。友好国の騎士が助けを求めてるのに、見捨てるなんて出来ないからな」
そして最後に、なぜかアカリも立ち上がって言った。
「その海異退治、アカリも参加させてっ! そんなにデカいのを相手にするなら、人手は多い方がいいでしょっ?」
「アーシム君、ロンボ君、アカリ。本当にありがとう……!」
こうして僕は、心の中に喪失感を抱えたままに、想像を絶する異次元の死闘へと身を投じることになる。
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