第27話 紅白探り合い合戦

 大扉をゆっくりと押し開けると、凍て付くほどの冷気が吹き込んできてオトは寒さに身を震わせた。


「さすがにドレス一枚じゃ寒かったわね……」


 今日は一段と肌寒く、小粒の雪が舞っている。

 久しく外に出ておらず冬の気温を体感することも無かったため、完全に油断した。


 腕をさすりながらどうにか身体を温めていると、通りの向こうから車列(というよりは水上バイクと船の列)がやって来た。海伐かいばつ騎士軍王都警衛隊を中心とした要人警護班。

 その列の真ん中、目立つ黒い(水上)バスにカイビトス公国の使節が乗っているはずだ。


 やがてバスがオトの目の前に停まる。

 寒さを我慢し、女王らしく丁重に迎えるべく背筋を伸ばす。


 自動扉が開き、まずはアーシムが降りてくる。続いてフォーカ。

 そして、次に姿を見せたのは。


「よいしょっと。ふわぁ、これがこの国のお城なんだぁ〜。すっごくおっきいねっ!」


 頭の弱そうなピンク髪のツインテールの女の子。


 このアホピンクがカイビトス公国の代表なの? と、危うく口に出すところだった。

 気を取り直し、改めて姿勢を正して使節の少女に歩み寄る。


「いらっしゃい。遠くからよく来てくれたわね。初めまして、私はオト=ハイム。リューグ王国の女王よ」


 手を差し出すと、彼女は太陽のような明るい笑顔を浮かべて私の手を握った。


「初めましてっ! 私はアカリ。カイビトス衛士団、親衛隊十三番の魔法少女だよ! これからよろしくねっ☆」


 ばっちりとウインクを決め、アイドルのように振る舞うアカリ。


「ええ、よろしく。……ここだと寒いでしょう、中に入りなさいな」


 挨拶が済んだところで、早速王城の中へと招き入れる。

 だがこれは客人への気遣いではない。私自身が寒くて限界だった。

 早く暖炉の前に行かないと死んでしまうわ。


 オトに続いて大広間に足を踏み入れたアカリは、口をぽかんと開けたまましばらく吹き抜けの天井を見上げていた。


「ほわぁ〜っ……」


 多分巨大なシャンデリアに見惚れているのだろう。

 まだしばらくは動かなそうなので、その間にオトは広間の壁際にある暖炉で冷え切った身体を暖める。このままでは手が悴んでいてどうしようもない。


 暖まったことで血の巡りも良くなったのか、処理速度が著しく低下していた脳も再び働き始める。


「あんな感じではあるけれど、親衛隊に入れたってことはそれだけの実力はあるのでしょうね。会談の前にアカリのステータスを確かめておこうかしら」


 アカリがまだ大広間の真ん中でぼけっとしているのを横目で確かめてから、彼女の死角になる位置に水霊すいれいの窓を開く。迷いなく指を滑らせ、ほんの数秒で目的の画面を表示させる。


「あら、おかしいわね?」


 私は確かにアカリのステータスを開いたはず。なのに何故……?

 空中に浮かぶ画面に記された名前欄の文字に、オトは首を捻った。そこに書かれていたのは、『アカリ』という名前ではなく。


 と、その時。いきなり背後に嫌な気配を感じた。暖炉で暖まった身体を一瞬で凍り付かせる、雪風に勝るほどの冷たい殺気。

 慌てて水霊の窓を閉じ、後ろを振り返る。すると、キスしてしまいそうなくらいすぐ目の前にいた、ニコニコ笑顔のアカリと目が合った。


 この私が、こんな至近距離まで間合いを詰められたことに気付かなかったなんて。流石はカイビトス親衛隊の十三番、只者じゃない。


「あれれ〜っ? オトさん、こんな隅っこで何してたんですか〜?」


 すっとぼけた様子で訊いてくるアカリに、微笑み返しつつ答える。


「少し身体を暖めていたのよ。ここまで寒いとは知らずに薄着で外に出てしまったから」

「ああ、そっかぁ! 確かにドレス一枚だけじゃ今日は寒いよね〜。でもさ? 今してたことって、それだけじゃないよね?」


 魔法少女の表情から、ふっと笑顔が消える。瞳の赤色がみるみるうちに濁り、燻んだ燕脂に変わっていく。


「……私のこと、何か疑っているのかしら? それとも恨みでもあるの?」


 オトは月の白の瞳で、彼女の目を見返した。

 こちらの対応次第では一戦を交えることになるかもしれない。慎重に言葉を選ばないと。


 けれどこの時にはもう、アカリは元の調子に戻っていた。

 キラキラした眼差しをこちらに向けながら言う。


「そんな、とんでもないよっ。アカリがオトさんのこと恨む理由なんてどこにあるの? 何か勘違いさせちゃったみたいでごめんね! 怒らないでっ」

「いえ、別に怒ってはいないわ。こちらこそ怖がらせてしまったみたいで悪かったわね」


 先ほど彼女から感じた殺気は、私の思い違いだった?

 とりあえず謝ったものの、どこか違和感が残る。


「ねぇオトさん、早く行こっ。アカリ長旅で疲れちゃった〜っ」

「そうね。まずは食事にしましょう。夕食会の会場に案内するわ」


 もうお腹ペコペコだよ〜と可愛い声と仕草でアピールするアカリを、疑念を抱きつつもオトは夕食を用意してある部屋まで先導した。



 使用人のデルフィーノが綺麗に並べてくれた豪華な料理を前にして、アカリはキラキラの瞳を一層輝かせた。


「ふわぁ〜っ! これ全部、私のために作ってくれたんですかぁ!?」

「左様でございます」

「ありがとうデルフィーノさんっ! アカリとっても嬉しいなっ」


 こくりと頷く使用人に、魔法少女は満面の笑みで感謝の言葉を口にする。


「残しても勿体無いから、遠慮なく食べてちょうだい」

「いっただっきま〜すっ!」


 オトが食べるよう促すと、アカリは早速ローストビーフを口いっぱいに頬張った。


「う〜んっ、おいひぃ〜っ!」


 ほっぺたに左手を添えて、もぐもぐしながら単純な感想を述べる。

 食べることがよほど好きなのだろうか、とても幸せそうな顔で次々と料理を口に運んでいくアカリ。見ているだけでこちらまで幸せな気分になってくる。


 でも、どうしても引っかかってしまう。

 彼女が一瞬だけ見せた、あの感情の無い瞳。あれは気のせいなんかじゃなかった。

 この子は今何を考えているの? ここへ来た本当の目的は何?

 親衛隊の十三番で、カイビトス公国の使節なのは事実だろう。しかし、何かしらの裏がある。そう考えずにはいられない。

 と、じっと見つめたところで心理読解魔法も無しに相手の心が読めるはずもなく。


「? オトさん、どうしたんですかぁ? もしかして、私の顔に何か付いてますかっ?」

「いえ、大丈夫よ。考え事をしていたら、いつの間にかあなたを見つめてしまっていたみたいね」

「あははっ。オトさんって面白いねっ!」


 アカリに変人扱いされてしまった。

 魔法少女を名乗るあなたよりはまともな人間のつもりなのだけれど。


「あっ、デルフィーノさんっ。ジュースおかわり下さいっ!」

「かしこまりました。すぐにお持ち致します」


 それからしばらくはデルフィーノお手製のご馳走を黙々と堪能する時間が続き、ほとんどの料理をアカリが一人で平らげた。


「あ〜、お腹いっぱいっ! ごちそうさまでしたっ!」

「ご馳走様。アカリはよく食べるわね」

「えへへっ。美味しくてつい〜」


 その細い体のどこに栄養が行っているのかしら……って、一目瞭然だったわね。


 オトは魔法少女のフリフリワンピースの胸元にちらりと視線を向ける。彼女は童顔でありながら、かなり胸が大きい。このギャップは男性にとっては魅力的に映ることだろう。その上実力も折り紙付きで身分も高いとなれば、絶対にモテているに違いない。


「ちょっとオトさん、アカリのことそういう目で見ないでくださいねっ。私男の子が好きなのでっ!」


 こちらの視線の先に気付いてか、急に胸を隠して恥ずかしがるアカリ。

 別にあなたのことをそういう目では見ていないわよ。


「あら残念。それじゃあそろそろ、正式な会談を始めましょうか」


 彼女の戯れ言は適当に流して本題に移る。


 きっとカイビトス公国からの伝言やら要求やらが色々とあるはず。そして、再び交流が再開するにあたって話し合わなければならないことも取り決めるべきことも山ほどある。

 到底今晩中に終わるものではない、恐らくは数日に及ぶ長期戦。

 その最初の議題を、アカリが切り出す。


「あのねっ、リューグ王国を吸収合併させてほしいんだっ!」

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