50話 償い
――午後四時半頃。
そんな中、私は生徒たちの目を掻い潜って裏口から学校へ侵入していた。
人の少なくなった学校でも、私の存在はすぐに噂となって学校中を駆け巡る。
だけど、もはやそれを気にしている余裕もなかった。
留衣と出くわす前に、私はある人物と会って話さなければならない。
話して……消えなければならない。
心臓が強く鼓動する中、私は西階段を登り、三年生のクラス教室がある二階へ上がる。
そうして私は、机に向かってペンを走らせているその人物を見つけた。
「――夕陽」
私が声を上げると、クラス教室に残っている生徒のほとんどがこちらに振り向く。
無論、その中には古川夕陽の姿もあった。
「こころ、さん……?」
夕陽は唖然としている。
当たり前の反応だ。
だって、私はさっきまで学校にいなかったのだから。
ツカツカと歩み寄って、私は彼女の耳元で囁く。
「話がある。屋上に来てくれ」
夕陽の反応も待たずに私は教室を出て、屋上へ向かった。
早く……早くしないと、留衣に見つかる。
そんな焦りを胸に秘めながら。
◆
夕陽が屋上へ来るのに、さほど時間はかからなかった。
屋上に現れた彼女は、神妙な面持ちで口を開く。
「こころさん、今日は学校に来ていたんですか?」
「違う。今きた」
「えっ、今?」
「そんな御託はどうでもいい。私はお前に、『伝えなきゃいけないこと』があるんだ」
「伝えなきゃ、いけないこと?」
聞き返してくる夕陽の声を無視して、私は小さく深呼吸をする。
彼女に託すのは
彼女は、きっと留衣のことを今でも好きでいる。
もしそうなら、私の頼みを彼女は受け入れてくれるはず。
そう信じて、私は夕陽にその『伝えなきゃいけないこと』を打ち明けた。
「――留衣を、頼む」
「えっ?」
目を見開く夕陽。
これも当たり前の反応だろう。
いきなりこんなことを言われれば、私が彼女の立場でも同じ反応する。
「どういう、ことですか?」
「お前に話すようなことじゃない。とにかくお前は、それをただ受け入れてくれればいい」
「そんな、納得できないですよ! なんでいきなりそんなことを言うんですか! 留衣君のことを好きなんじゃなかったんですか!」
「『好きだからこそ』だ」
「それは、一体どういう……」
やっぱり話さないといけない、か。
素直に受け入れてくれればいいものを、どうしてこいつは……。
……落ち着け、いちいち腹を立てている場合ではない。
こうなってしまえば、全てを説明するほうが早いだろう。
そう考え直した私は、目の前に立ち尽くす夕陽に話し始めた。
「……お前、留衣が交通事故にあったことは知ってるな?」
「はい。三日前、お見舞いに行きました」
「留衣が交通事故にあったのは……私のせいなんだ」
「えっ?」
再び目を見開く夕陽。
いちいち驚愕の余韻に浸る彼女を待てるほど、時間があるわけではない。
私は間を空けずに再び彼女に問いかけた。
「お前、私の過去を留衣から聞いたりしたか?」
「こころさんの過去って、こころさんをこころさんの両親が車から庇ったっていう……」
「知ってるな」
「……すみません」
「いい。そっちの方が話は早い」
留衣にとって彼女はそれだけ大きな存在だったのだろう。
気に入らないが、それならなお留衣を頼めるのは彼女しかいない。
「私は自分の両親を殺した。お父さんとお母さんの幸せを奪ったんだ。だからお父さんとお母さんは、そんな私の幸せを奪いにくる」
「そんなのって……」
「馬鹿げた話だろ? 科学的に証明なんか出来やしない、むしろ宗教まがいな話だ。でも……私は本気でそう思ってる。一ヶ月前の事故が理由だ」
でなければ、あの事故には説明がつかない。
私が最高潮の幸せを感じている瞬間に、その幸せを失う出来事が起きたなんて、いくらなんでも話が出来すぎている。
「お父さんとお母さんは、きっとまた私の幸せを奪いに来る。なのに留衣が傍にいたら、留衣の幸せまで奪ってしまう。……それは駄目なんだ。留衣には幸せになってほしい、そのためには私が留衣の傍から離れるしかないんだ」
「……それを、留衣君は望んでいないですよ」
「望む望まないの問題じゃないんだよ! 私が留衣の傍にいたら、最悪、留衣が死ぬんだ!」
「――っ!?」
思わず声を荒らげてしまう。
最早、なりふり構ってなどいられなかった。
「……私は留衣の前から消える。夕陽には、私の代わりとして留衣の傍にいてやってほしい」
夕陽の隣を通り過ぎ、私は屋上のドアに手をかける。
「こころさんっ!」
「お前しかいないんだ。だから……頼む」
最後にそう告げて、屋上を後にする。
一ヶ月間、悩んで悩んで、ようやく決心したんだ。
この私の決意を、誰にも止めさせはしない。
きっと夕陽のことだから、すぐ留衣に今あったことを伝えるのだろう。
そうなれば、留衣は私を追いかけに来る。
そうなる前に、早く……
早く、死なないと。
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