35話 夕日の見える観覧車で

 遊園地内のレストランで昼食を取った俺たちは、再び様々なアトラクションを回った。

 コーヒーカップにゴーカート、迷路、果てはバイキングなんかにも乗り、俺たちはまるであの日のように無邪気な心で楽しんだ。


「留衣、ジェットコースターは乗れないけどバイキングには乗れるんだな」

「ブランコは小さい頃から好きだったからな。動きもジェットコースターよりは穏やかだし」

「なら回転ブランコは? あれもブランコだぞ」

「あれは……遠慮しておく」


 そんな会話を咲かせながら、結局回転ブランコに乗せられたりもした。

 ぼーっとしていると時間はすぐ経ってしまうが、逆に何かに熱中していても時間というのはあっという間に過ぎてしまうらしい。

 気がつけば、太陽が顔を隠しそうになっていた。


「――もう夕日の見える時間なんだな」


 隣でこころが口元に笑みを浮かべながらそう呟く。


 ここ最近の無表情なこころは欠片も見当たらない。

 今の彼女の表情は、俺にたくさんの笑顔を見せてくれた昔のこころに戻っていた。


「……なら最後に観覧車に乗ろうぜ。頂上から綺麗な夕日が見えそうだし」

「それもそうだな」


 だが、同じことを考えている人もたくさんいるだろう。

 俺たちは乗れないことを覚悟して観覧車へ向かったが、意外にも人は少なくスムーズに乗ることが出来た。



         ◆



 観覧車が動き出し、ゆっくりと地上から遠のいていく。


「あの日乗ったときもこれくらいの時間だったよな」

「私は……あんまり覚えてない。直後にあんなことがあったものだから」


 隣で苦笑を浮かべるこころを見て俺は思い出す。

 今日の目標は、この遊園地で体育祭の疲れを癒すことだけじゃないことを。


「そっか。……あの日もこれくらいの時間だったよ。すごく綺麗だったのをよく覚えてる」

「なら、今日も綺麗に見えるかな」


 そう言って、こころは俯かせていた顔を上げて正面を向いた。


「……怖いんだ、受け入れることが。お父さんとお母さんを素直な目で見たいのに、受け入れたら何か言われそうで、見られない。だから、受け入れることも怖い」

「あの人たちは、もう何も言えないよ」

「それは分かってる」

「あぁ。それにたとえ何か言えたとしても、きっと何も言わない」

「…………」


 俺はずっと見てきた。

 こころに限りなく愛情を注ぎ続けていた両親の姿を。

 そしてそれは、こころの方が分かっているはずだ。

 ただ今はそれが自分の罪に霞んで見えなくなってしまっているだけ。


「何かを言うとしたら、きっと心配してることを口にすると思うな。こころがちゃんと元気に生きていられてるか。自分を大切に出来ているか」

「留衣……」


 震えた声が俺の名前を呼ぶ。


 あの人たちは、自分の身をていしてこの世にこころを残していってくれた。

 だから、こころは幸せにならなくちゃいけないんだ。

 あの人たちの分まで。


「……綺麗に、見えるかな」


 不安に満ちたこころの呟きに、俺は……。


「きっと見えるよ」


 そう答えた。






















 夕日の光が、窓から差し込んでくる。

 それは全てを消し去るほどのまばゆい光ではなく、影に落ちた遊園地を包み込むような優しい光だった。


「綺麗……」


 隣でこころが頬を煌めかせながら呟いたのを見て、俺はゆっくりと口を開く。


「なぁ、こころ」

「何?」


「好きだ。俺と、付き合ってくれないか?」


 時期尚早かもしれない。

 もしかしたら、まだこころは俺に振り向いていないかもしれない。

 でも、俺は今すぐこころの傍に行きたかった。


 勇気を振り絞って言ったその告白に、こころは黙ったまま夕陽に向けていた視線をゆっくりと俺の方へ向ける。

 そうしてしばらくの間呆けた表情で俺を見つめたあと、唇が微かに震えた。


「どう、して……」


 彼女の目尻からどんどん涙が溢れ出てくる。


「な、何が……?」

「もう無理だって、諦めようって、思ってたのに……」

「こ、こころ?」


 こころの言っている意味がよく分からず、俺は思わず彼女の名前を呼ぶ。

 すると突然こころは俺を抱き締めた。


「こ、こころ!?」

「私も……好き」

「へっ?」

「留衣が好き。……大好き」


 俺が……好き?


「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前には好きな人がいたんじゃなかったのか?」

「バカ。なんで今になっても気づかないの?」

「って、ことは……そういうことなのか?」


 こころの好きな人は、俺だったってことか?

 ということは、こころは俺がこころを好きになるよりも前から俺が好きだったってことか……?


「ずっと、ずっと好きだった。でも伝えられなかったから、いろんな方法で留衣に気づいてもらおうとした。でも……伝わらなかった」

「それは……ごめん」

「バカ。遅すぎだよ」

「……ごめん」


 謝ることしか出来なかった。

 他に何を言っても全て言い訳になるような気がしたから。


「でも……留衣が好きって言ってくれて、嬉しい」

「遅れた分、ちゃんと幸せにするよ。だから……ずっと俺の傍にいてくれ」

「言われなくても、私はずっと留衣の傍にいるよ」

「あぁ」


 そうして俺たちは、夕陽の見える観覧車でずっと抱き締めあっていた。


 ――気がつけば、観覧車も終わりに近づいていた。


「結局、夕日は少ししか見られなかったね」

「そ、それは……ごめん」

「いいの。綺麗だったのはしっかりと覚えてるし、留衣に好きって言ってもらえたから」

「っ――」

「わっ!?」


 可愛らしくはにかむこころの姿が本当に可愛くて、今度は俺からこころを抱き締めてしまうのだった。

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