20話 特待生

 母さんが仕事から帰ってくると、こころは家事を手伝いに行くと言って部屋を出ていった。

 色々と貰う立場だから、きっと居ても立っても居られないのだろう。

 特に一人ですることもなく、課題に取り組むのはなんとなく億劫なのでベッドに寝転がっていればふと自分のスマホが震えていることに気づく。


 そういえば、夕陽と連絡先を交換したんだっけな。

 俺はこころと一緒にいる以外は万年ぼっちなため、スマホが震えたり音を発したりするのはかなり稀だ。

 スマホを見てみれば、案の定そこには夕陽の名前とともに一通のメッセージが来ていた。


『突然すみません、早速送ってみました。今大丈夫ですか?』


 相変わらず律儀な人だ。

 こんなメッセージを始めに送ってくる高校生など、この世で一体何人いるのだろうか。


 感心に近い気持ちを抱きながら、俺は液晶画面に指を滑らせていく。


『ちょうど暇だったから全然大丈夫だ』


 送信すると、すぐに既読がつく。

 そうして一分もせずに返信が来た。


『返信ありがとうございます。学校で話した相談の件でメッセージを送らせて頂きました。本当は同じ三年生に相談できたらよかったんですけど、そういうわけにもいかなくて』

『なんかあったのか?』


 確かに俺もその点に関しては薄々疑問に感じていた。

 わざわざ一年生の俺にこうしてまで相談を取り付けず、身近にいる三年生に相談すればいいはずなのに何故それをしないのかと。


『実は、同級生との関係があまりよくないんです。下級生には気づかれないように接しているつもりですが、個人間で接するときにはどうしても雰囲気が悪くなってしまって』

『それはどうしてなのか、聞いても大丈夫か?』


 ここからは少しデリケートな話題だ。

 自分的には話した方が少しでも気が楽になるだろうから話してほしいのだが、もしかしたら夕陽自身は言いたくないかもしれない。

 だから探りを入れてみたが、どうやらそれまでもなかったようだ。


『今日はそれを相談というか、話を聞いてもらいたくて連絡したんです。話しても大丈夫ですか?』

『大丈夫だ。解決できるかどうかは分からないけどな』

『話を聞いてもらうだけでも十分ですよ』


 そこで一旦会話が途切れる。

 それと同時に俺の気が緩んだ。


 やっぱりメッセージは気を張ってしまう。

 相手の声や顔が見えない分、相手が今どういう気持ちでいるのかを文だけから察しなければいけない。

 それがどうにも大変だ。


 だが、電話は一階にこころがいるからどうしても出来ない。

 それに夕陽が俺を頼りにしてくれているのだ。

 彼女を支えるためにも、頑張らなくては。


 一度緩んだ気をもう一度締め直すと、俺はスマホに視線を移す。

 そこには既に夕陽からメッセージが送られていた。


『私、もともと特待生という立場であの高校に入学したんです。そのせいか、一年の頃からあまり周りに好かれるようなことはなくて』

『嫉妬か』

『でしょうね。周りからも特待生という立場を妬むような声が聞こえてきて、一時は不登校にもなるほど辛かったです』


 特待生は何かの能力に突出しているだけでなく先生からの当たりも優しくなることから、嫉妬の対象になるのも何ら不思議ではない。


 きっと夕陽は誰にも頼ることが出来なかったのだろう。

 真面目で、正義感が強くて、思いやりのある彼女だから。


『今は大丈夫なのか?』

『今はなんとか。でも、辛いことには変わりありません。親にはこれ以上迷惑かけたくないし、留衣君に頼らざるを得なくて』

『頼ってくれていい。それで夕陽が壊れるより全然マシだ』

『ありがとうございます』


 一度不登校になったのにも関わらず再び復帰できたのは彼女の心の強さゆえだろう。

 だが三年間も辛い環境に身を置いていれば、その強さもいつまで持つか分からない。

 せっかく仲良くなった人が辛い思いに押し潰されるのは俺としても嫌だ。

 だから俺に頼って少しでも元気でいてくれるならそれでよかった。


『話して、少し気が楽になりました。本当にありがとうございます』

『これ以上自分一人で抱え込むんじゃないぞ。何かあったら頼ってくれて構わないから』

『頼もしいです。ありがとうございます』


 夕陽の返信を見て、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。

「頼もしい」という言葉なんて、今まで言われたことがなかったから。

 これで少しでも俺が俺でいる意味が見出せただろうか。


 スマホを見つめていると、部屋のドアが開いてこころがひょっこりと顔を出した。


「留衣、晩ご飯だぞ。……って、何ニヤニヤしてるんだ?」

「いいことがあったんだよ。すぐ行くから、先に下で待っててくれ」

「……分かった」


 訝しむように俺を細目で見たこころは首を縦に振ってドアの向こうに消えていった。


『ごめん。晩ご飯らしいからそろそろ落ちるわ』

『すみません。って、どういう意味ですか?』

『しばらくメッセージが返せなくなるってことだ』

『あっ、そういうことですか。分かりました』


 本当はちょっと違うのだが、この説明でも別に大丈夫だろう。

 本当の意味を教えればきっと俺が伝えたいこととこんがらがるだろうしな。


『今日は本当にありがとうございました』

『あぁ。またグループ活動の時にな』

『はい!』


 夕陽との会話が終わってスマホの明かりを消した俺は、報われた気分で一階に向かうのだった。

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