誰にも興味がない幼馴染は何故か俺にだけ興味があるようだ
れーずん
1話 夜這い
「――ねぇ、しよ?」
薄暗い部屋の中、俺に覆い被さった彼女は艷やかな声で言う。
彼女の手が艶めかしく首元を這い、俺は鳥肌を立たせるだけで何をしようにも出来なかった。
「な、何を……」
狼狽えて言葉をつけば彼女は妖艶な笑みを零して、俺の問いに端的に答える。
「いいこと」
「いいことって……」
「だからほら、早く……」
彼女の顔が近づいてくる。
それを避けようと頭を動かそうとしたが、瞬間ガシッと彼女に顔を掴まれて固定されてしまった。
「だーめ、逃げちゃ」
「ちょ、お前……」
再び侵攻を開始する彼女の顔。
顔を強張らせながら、俺は彼女の唇を受け入れるしかなかった…………とはならない。
真顔で勢いよく彼女の体を押し退けベッドから下りると、部屋の明かりをつけた。
「ちょっと、今いいところだったんだが」
誘惑モードが切れたのか、いつもの男勝りな口調と無表情に戻った彼女の名は
俺の幼馴染で、ちょっと変わった少女だ。
「いいところじゃないだろ! どうしていきなり誘惑なんかしてきたんだ! 口調もいつもと違ったし!」
「だって、男はみな好きなんだろう? こういうの」
「お前はサキュバスか!」
「なんだサキュバスって」
「っ……なんでもない」
なんであの誘惑をしておいてサキュバスが分からないんだよ。
というか、どうしてそもそも俺を誘惑するなんて思考に至ったんだ?
「テストが近いから、今日は俺の部屋で勉強するんだろ? それが始めようとした途端に俺をいきなり押し倒して……」
「私は元々勉強するために来たわけではないぞ」
「はっ?」
予想打にしていなかった言葉が彼女の口から告げられ、俺は目を見開きながら素っ頓狂な声を上げるしかなくなってしまう。
俺の部屋で勉強をしようと提案してきたのはこころだ。
なのに勉強をするために俺の部屋に来たわけじゃないって、矛盾が生じてないか?
「いやいや、今日は勉強をするんだろ?」
「しないぞ。それはここに来るための口実に過ぎない」
「いや、なんでだよ。テストが近いんだぞ?」
「私は勉強しなくてもそれなりに点数は取れるからな。勉強しなきゃいけないのはお前じゃないのか?
「なんでフルネーム……いやまぁ、否定はしないけどさ」
彼女は自分でそれなりに点数が取れると言っているが、実際それなりどころではない。
全教科の平均は九十点以上が当たり前。
それをそれなりと豪語しているのだから、彼女に言わせてみれば平均三十点程度の俺は一体どうなってしまうのだろうか。
「というか、じゃあなんでお前は俺の部屋に来たんだよ」
「……よばい?」
「なんでお前もよく分かってないんだよ」
「ああいうの、よばいって言うんだろう?」
「いやまぁそうなのかもしれないけど……って、ちょっと待て。夜這い?」
聞き捨てならない言葉が彼女の口から聞こえたような気がする。
「お前、夜這いをするために来たのか?」
「あぁ。まず留衣を押し倒して、甘い言葉をかける。そのままキスをして、そのあとは……よく分からん」
「はぁ?」
「あっ、服を脱がせる、だったか?」
「いやいやちょっと待てちょっと待て」
自由に言葉を並べ続ける彼女に制止をかける。
色々気になる点があったのを綺麗に全て見過ごしていたので、俺の制止を受けて疑問符を浮かべている彼女と一緒に整理することにした。
疑問符を浮かべたいのはこっちなんだけどな。
「そもそも夜這いは夜に行うから夜這いであって、今は昼だから夜這いとは言わない」
「そうなのか?」
「そうなのかってお前、夜這いの漢字を見たらなんとなく想像つくだろ」
「言葉しか知らないから、その詳しい意味や実際にどうやって書くのかは知らん。漢字で書くのは予想できていたが、留衣が言うに夜という漢字を使って夜ばいなんだな」
「……まぁ、今はそれでいい。次だ」
なんでテストで全教科九十点以上取れる奴が夜這いの漢字を知らないんだよと内心でぼやきつつ、とりあえず俺は事の整理を続けることにする。
「夜這いの内容の中にキスが入っていたような気がするんだが、お前は俺とキスするつもりだったのか?」
「あぁそうだぞ」
「少しは抵抗したりしないのか…?」
思わず眉をひそめてしまう俺。
いくら幼馴染とはいえ、俺たちはもう高校一年生。
ふざけてキスをするような歳でもないし、年頃の女子ならなお相手を選ぶはずだ。
なのにこころは……。
「抵抗? なんで抵抗する必要があるんだ?」
お得意の無表情で何気なく言ったその言葉に、思わず肩を落としてしまう。
「少しは抵抗しろよ……まぁ、いろいろと納得はいかないがとりあえず分かったことにしておこう。次、これで最後だ」
納得がいかずともそれを妥協したのは、次の質問で納得するかもしれないからだ。
それだけじゃない。
次の質問で、事の発端が判明する。
そう思うと少しだけ緊張するが、質問しないと何も解決しないため俺は覚悟を決めてそれを口にした。
「……もし本当にお前が夜這いを目的に俺の部屋に来たのだとしたら、どうして夜這いなんかしに来たんだ?」
俺の質問を聞いた彼女の表情は、相変わらず変わらない。
しかしその頬が少しだけ染まるのを俺は見逃さなかった。
少しだけ俺から視線を逸して、彼女は小さく口を開く。
「……高校に上がってからお前、私と関わるのを避けてただろう。嫌われたのかと思ったから、その真意を確かめに来ただけだ」
確かに俺は彼女を避けていた。
それは彼女が学校で名を馳せていたからだ。
――ミス・アンドロイド。
彼女が学校で呼ばれている異名のようなものだ。
綺麗に下ろされた銀髪のロングヘアに、見るもの全てを魅了させるほどの美しい顔立ち。
口調からボーイッシュな姿が想像できるが、それとは真逆にとても淑やかな雰囲気を醸していた。
それはまるで人工的に作られた「アンドロイド」のよう。
その例えに相応しいほど彼女は他人に全く興味がなく、それは受けた告白を全て無視するほどだ。
話しかけても言葉の届かない無関心さはよく思われていないようだが、人工的に作られたかのような美しい顔立ちが特に男子を中心に絶大な人気を集めていて、彼女はいつしかそう呼ばれるようになった。
そしてそれが、俺が彼女を避けていた理由だった。
「俺はお前のことを嫌いになんかなってない」
「だったら、どうして避けてたんだ?」
「だって俺がお前と関わり続けたら、変な噂が立つかもしれないだろ? 俺だってそれは嫌だし、お前だってきっと望んでない。だから、俺はお前と関わるのを避けてたんだ」
「別にそんな噂、気にする必要ないだろう。それに……」
「それに?」
言葉を置いた彼女だが、それ以上何かが出てくる気配はない。
というか、はくはくと口を動かして何かを発しようしているのだがなかなか出てこない言った方が正しいだろう。
彼女のポリシーなのか表情はついに変わらなかったが、少々の気恥ずかしさが彼女から感じられるのは気のせいだろうか。
やがてぷいっと顔を背けると、彼女は「なんでもない」とようやく言葉を発した。
「とりあえず、お前が私のことを嫌っていないのは分かった。だからもう帰る」
「帰る!?」
「あぁ、それじゃあまたな」
演出用であろう参考書やノートをまとめて手提げバッグに入れると、彼女はそれを手につかつかと俺の部屋を去っていった。
「……いや、なんでだよ」
一人、部屋に残された俺はつぶやく。
最後まで彼女が何をしたかったのか分からなかった。
彼女は俺に嫌われていないか確かめるためだと言っていたが、果たして本当にそうなのだろうか。
もしそうだとして、なぜ彼女は俺に嫌われていないか気になっていたのだろうか。
そりゃあ幼馴染だから関係を悪くしたくないというのもあるのだろうが……。
「……疲れたな」
散々彼女に振り回されていたため、疲労が溜まっていた。
いくら幼馴染とはいえ、いつになってもこれには慣れない。
考えることを放棄した俺は、勉強もすっぽかしてベッドに倒れ込むのだった。
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