第59話 許嫁
「彼女はうちの子の許嫁です、ってね」
母さんはドヤ顔でそう言ってるけど、許嫁って…え?そうなの?あ、やばい、顔、赤くなってるのが分かる…
「だって、もう全部済ませて指輪まで買ってるんだから、問題ないでしょ」
え?そういう話?
こんな所で、学校で、さも当然とばかりに親にそんなことを言われると、流石に恥ずい…
「おい。全部済ませてるって、なにが?」
「馬鹿!それは…そういうことだろ…」
「え!?マジかよ!」
「指輪って…え?もう?早くない?」
「まだ高一なのに?」
「緋村くん…大人しそうなのに、やることはやってるんだ…」
「ちょっと!本人に聞こえるよ」
「あ、ごめんごめん」
全部聞こえてるから…
母さん…もう!…母さん!
ふと父さんの方を見ると、悟りの境地を開いたような目で俺を見ている。そして、フッと微笑んでサムズアップしてみせた
なんとなく、父さんと母さんの関係が垣間見れた気がしたのと同時に、そこに俺と静琉を当てはめて想像してしまい、なぜかしっくりするのが少しだけ嫌だった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「来てくれたんだ…」
「うん。元々私が行きたいって言ったんだし、それに、お母様が…」
聞いてみると、昨日のうちに母さんが静琉に連絡して、俺に言ったのと同じように「私がなんとかするから!」と連れて来てくれたらしい。
でも、母さんはなんでそんなに静琉の事、気に入ってくれたんだろう。
もちろん、自分の彼女を親が嫌ってるよりかは全然いいんだけど、ちょっと疑問だな
「蒼くん…」
「え?」
キュッと俺の手を握り、彼女は嬉しそうに
「私達…許嫁だって…」
と、耳元で囁くように言う
こそばゆくなるのはそうなんだけど、嬉しくないのかと言われれば、うん…嬉しい…
でも、昨日の事もあるし、静琉はもう大丈夫なんだろうか。
聞いてみたいけど、せっかく今機嫌が良くなってる彼女に、水を差すようなことはしたくないし……ん~…
「蒼くん。私ね、お母様から聞いたの」
「え?何を?」
「お兄さんのこと…」
か、母さん…一体なにを話したんだ…
「お兄さん…緋村くんは、昔から弱いものイジメとか嫌いで、正義感の強い子だったんだって」
「そうだね。俺もよく兄さんに庇ってもらってたと思うよ」
「それだけじゃなくてね…教えてくれたの。緋村くん…私のことが好きだったんだって」
え…なにその情報…
え?なに?これはどういう展開?
「それで…?」
無理…これ以上、なんも言葉が出てこない。
けど、母さん…どういうつもりで…
「うん。それだけだよ」
「え?」
「え?」
「それだけ、って、そうなの?」
「うん、そう。それだけ」
手を繋いだまま、変わらぬ笑顔を俺に向けながら静琉はそう言う。
言うんだけど、え?どういうこと?
俺の顔を見ながら、たぶん俺の動揺を見抜いたのか、繋ぐ手にキュッと力を込めて、彼女は言の葉を重ねる
「確かにね、昨日、急にお父様に話を出された時はびっくりしたし、あの時の事を思い出したりもしたし、蒼くんにも迷惑かけたと思うの。ごめんね」
「いや、それは…」
「うん、分かってるから」
「うん…」
「それでね、お母様が言ってくれたの。「いい思い出があってよかったわね」って」
「え…?」
えっと…どういう意味だろう…
尚も微笑みながら彼女は続ける
「あれは、蒼くん達にとっても、私にとっても、辛い出来事だったと思う。でもね、それだけじゃなくて、ああいう事があったから、私はお兄さんの事を好きになったんだと思うし、たぶん、私の事を好きだったから緋村くんは私を助けてくれてたんだと思うの」
「…そうかもしれないね」
「でもね、それはもう思い出なの」
「思い出?」
「そう。お母様が言ったように、もういい思い出なの。誰かに言葉にされて、しかもそれが蒼くんと緋村くんのお母様で。私ね、なんか初めてちゃんと吹っ切れた気がしたの。しかも、そのおかげで、こんな素敵な男の子と出会えて、両想いになれて、私、今、幸せだよ?」
少しはにかんでそう言う静琉は、よく分からないけど、周りがキラキラして見えた
「それに…」
「え…それに…?」
「ご両親公認で、しかも許嫁だなんて…」
「いや、それは今学校に入るための口実というか、とりあえず、って意味で母さんが…」
「あら、蒼?静琉さんを捨てるの?」
「は!?なんでそうなるんだよ!」
「酷い息子ね。弄ぶだなんて…」
「いや!人聞きが悪過ぎるから!」
途中から入ってきた母さんが茶々を入れてきたおかげで、あたふたしちゃったけど、スンとした顔で母さんは言う
「だから蒼。今度はちゃんとあなたも、静琉さんのご両親にご挨拶しなさい?そして、きちんと認めて貰いなさい。そうすれば、晴れて正式に許嫁、婚約者よ」
「え?」
「ね?蒼くん!今度、うちの実家に一緒に来てね!ね?いいよね?」
ちょっと待って
みんな冷静になろうよ
俺まだ高一だよ?
それに、俺達、付き合ってまだそんなに経ってないよ?
いや、親御さんと会うのが嫌だとか、そんな事が言いたいんじゃなくて、早過ぎない?
っていうだけの話なんだよ…
そう思ったけど、言葉にはならなかった。
そして、たぶん俺の思考を汲み取った父さんだけは、「分かってる」といった感じで、ただ黙って頷いていた
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