【完結】速水さんは大丈夫じゃない

月那

第一章

第1話 買うの?買わないの?


俺は緋村蒼介ひむらそうすけ

高校一年生の15歳


夏休みも終わり二学期が始まったけど、親しく話せるクラスメイトはいない。せいぜい挨拶を交わす程度。


幸い、虐められている自覚はない。

たぶん、メガネをしてて前髪も少し長くて、顔もみんなにはよく見えてないだろう。

そんな大人しくて暗く見える俺は、クラスに一人や二人は必ずいる存在だと思う。

当たり前のように帰宅部だし、そう、ただ普通に友達がいないだけ。



両親は基本いつも出張でいない。一ヶ月とか当たり前。もはや両親共に俺を置いて単身赴任と言っていい


もちろん、俺のために働いてくれているわけだから、感謝はしている。

でも、学校でも、そして家に帰ってきても誰とも会話をすることがない。


この春までは兄さんと一緒に住んでたけど、その兄さんはこの春から大学生になって家を出てしまったので、今は俺一人。


そんな俺はたまに夕飯を買いに行ったコンビニで、顔見知りの店員さんがいると挨拶するくらい。

あ、これは会話に入らないか


そういえば、この春先いつものコンビニに行った時、なんか女の子が声かけられて、多分ナンパなのかな?メガネしてなかったからあんまりよく見えなかったけど、ちょうど顔馴染みの店員さんがいたから「あの子、困ってますよ」と声をかけておいた。

その時「コンビニでナンパとかするんだ」とちょっと感動した



でも、そんな俺が唯一ちゃんと会話をする場所がある。

そこはバイト先のファーストフード店


「お疲れ様でしたー」

「おお、緋村、お疲れさん」


会話といっても挨拶と少し雑談。それくらいのものだった


「お前フライヤーでポテト揚げてる時、いつもメガネ曇ってないか?見えてんのか?」

「はい。あまりにもだとたまに外してます」

「そうそう。外してる時の目つきがな」

「え、なんですか、それ」

「いや、別に」


店長がチラっとカウンターの方を見る


ん?何かあるのか?

オーダー聞いてるバイトの速水はやみさんくらいしかいないけど


「お前、コンタクトにしたらどう?」

「え、なんですか、いきなり」

「その方が喜ぶかなぁ、ってさ」

「は?誰がですか?」

「いや、まあいいや。じゃ、明後日な」

「はい…。お先に失礼します」



ゲームのやり過ぎなのか漫画の読みすぎなのか、視力が少し悪い俺。

メガネを掛けていなくても日常生活に支障はない。でも、細かい所がぼやけるので普段から掛けている。


まあ、無理にコンタクトにしなくても、今は特に困ってないしな


そんな事を考えながら更衣室に入ろうとすると、後ろから「お先に失礼しまーす」と女性の声がする。


さっきまでカウンターにいた速水さんだ


彼女はこの春から大学生になって、この街にやって来たらしい。そしてこの店で俺と同じくらいのタイミングでバイトを始めた。

言ってみれば同期だ


「あ、緋村くん、お疲れ様」

「速水さんもお疲れ様でした」


挨拶だけして更衣室に入ろうとすると


「あのさ…さっきの話…」

「え?なんですか?」

「あの…店長と話してた…でしょ?」

「…ああ、コンタクトの話ですか?」

「そう!それ!」


いや、なんかグイグイ来るけどどうしたの?


「別に買おうとは思ってないですよ。少しは興味ありますけどね」

と無難な受け答えをしたつもりだった


「興味あるの?」

「え?」

「買うの?」

「いや、そんな…。今メガネで困ってないですし、まだいいかな、って」

「買わないの?」


え…本当にどうしたんだろう……


「えっと…買わないと思います…」


彼女は「そんなぁ…」とシュンとしてしまう


年上なのに可愛いなと思ってしまった…


実際、速水さんは可愛いのだ


少し明るくした肩くらいまでの髪をつまんで寂しそうにくるくるといじっている様子も反則級に可愛いくて困る


本当に、どうしたんだろう


「あの、速水さん…。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない」


即答された


「じゃ、じゃあ、どうしましょうか…」

「とりあえず、明日買いに行こうか」

「は?」

「一緒に行ってあげるから」

「え?」

「いいからいいから」

「いや、何がいいんですか」

「お姉さんに任せておきなさい?」


可愛くウィンクされた俺はこれ以上抗うことが出来るわけもなく、彼女に言われるがまま連絡先の交換をした。


速水さんは交換した後、自分のスマホを見ながら「うふふ…」と微笑んでいたけど、本当に任せていいのかなぁ…






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