第14話 お姫様
簡単なテストが終わって、食席に着くと、五十嵐さんと二人きりになってしまった。会いたくないと思っても、ここでは、四六時中顔を合わせることになってしまうのだ。五十嵐さんは笑顔で
「おかえりなさい」
と言う。上品な物言い。育ちがいいのだろう。私は、口がきけないということにした。
「朝は、大変だったわ。西城さんが手伝ってくれるっていうからお願いしたら、ひっくり返っちゃうなんてねえ。無理なら、無理って言ってくれればいいのにね。」
この人は、私の目を見つめて話してくる。考えて話をしている人ね。
「なに言ってるのよ。あんたが、騒いだからでしょう。汚い床に荷物が置かれただの、段ボールにめちゃくちゃに物を詰められただのと西城さんに言って、手伝わせたんでしょうが。泣きまねまでしてたんだからね、この人は。」
横から、吉井さんがシルバーカーを押して近づいてきた。吉井さんは椅子に座ると、眉間に皺を寄せた。
「まあ、こういう生き方をしてきたんでしょうね。」
「あら、怖いわ。でも、私の周りは優しい人ばかりなのよ。昔からずっとね。」
喋り終わった後に、にっこりと笑う仕草は、お姫様のようだった。
「私ね、幸運の持ち主なのよ。小さい頃はね満州で育ったのよ。大きなお屋敷にお手伝いさんまでいたの。学校までは、お手伝いさんが送り迎えしてくれたの。だけどね、戦争で負けちゃったでしょう。何にも持たないで、青森の母の実家に疎開したのよ。青森はなまりがひどくてねえ、言葉が全然わからなくて最初はいじめられたんだけど、とってもかわいかったから、だんだんみんなにかわいがられて、上級生が冬場は雪がすごいからおんぶして学校に連れて行ってくれたのよ。花ちゃん花ちゃんってみんなからかわいがられたの。戦争がどんどん激しくなって、青森に疎開したのにねえ、爆撃を受けるようになっちゃって。アメリカの飛行機が私と友達の目の前に来たことがあったのよ。アメリカ兵の姿が見えるくらい近かったの。友達は怖くて、しゃがんでたんだけど、私は全然怖くなくて、笑って手を振ったらどこかへ行っちゃたのよ。だから、今もこうして生きてる。吉井さんみたいに怒ってばかりいるより、笑っていた方が幸せになれるのよ。」
五十嵐さんはそう言うと、またにっこり笑った。
この人は強い。私は、何かあれば人にすぐに譲ってしまうけれど、この人は決して離さず自分のものにしていくんだろう。
本当に嫌な人だ。
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