色をいただく
@sakura-pompom
第1話 退院した日
車からぼんやり景色をながめる。世の中はこんなに広かったんだ。黄色で染まったイチョウの並木道、下校途中の小学生がはしゃいでランドセルの青、茶、ピンクが踊っている。あー、色が綺麗だ。私は、長らく病院にいた。無機質な白の世界で、病室は四角い箱だ。私は閉じ込められて、栄養を送られるだけの人形のようだった。
病院を退院したけれど、家に帰れるわけじゃない。
私は、次の施設に行く。老健だ。老健は、リハビリをして自宅に帰れるようにするところだと、病院の職員は言っていた。でも、わかっている。もう、家には帰れないってこと。
また、私はちがう箱の中に行く。もう、この景色は一生みられないかもしれない。77歳。良く生きたわ。
娘の八重子は、カーナビに夢中で無言で車を運転する。私は、介護老人保健施設 延寿庭のパンフレットを見た。この施設は娘が決めた。いくつか、パンフレットを渡されて選べと言われたけれど、用紙二枚程度の薄いパンフレットで何がわかるって言うのよ。いいことしか書かれていないしね。どこに行ったって一緒。
私は、もうすぐ死ぬのよ。もう、十分生きたのよ。
この景色を見たら、明日、目が覚めなくてもいいわ。でも、1年も2年も生きて自分の身体がおかしくなっていくのをじっと待つのは嫌なのよ。頭までおかしくなって、自分が自分で無くなるのが怖いのよ。
雑木林が続く。もう、バスも通っていない田舎に来たわね。八重子は、
「ここで合ってるよね・・・。」
と独り言をつぶやく。
雑木林を抜けると、介護老人保健施設 延寿庭の看板が見えた。
ほっと、胸をなでおろす八重子。その横で、私は溜息を吐く。
ここから、始まるのね。
終わりの時を一日ずつ待つ日々が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます