え、異世界転移した代金が返せない? だったら今日から各種族が勤めているキャバクラで金を稼げって……僕、男ですよ。
杏里アル
第1話
――僕の名前は
「これ、ほんとですか?」
この世界の単位は『アニー』と呼ばれていて、お姉さんが言うには1アニーで100円らしい。
それがヨン、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ!!
なんとゼロが4つも並んでいる、つまり400万円……こんな大金を僕が持っている訳もない!!
「大真面目よ、払えないならウチのキャバクラで働いてもらうから」
この眼鏡をクイッとした妙にインテリなお姉さんは僕を異世界転移してくれた人、テレサさん。
なんでも僕の住んでいる日本と、異世界を行き来する旅の魔法使いらしく、出会いのきっかけは大学の昼休憩中、学校外のコーヒー店内でゆったりしていたところ、服にジュースをかけられてしまった。
もちろんその状態で午後の講義を受ける訳にもいかなかったので、一旦担任に事情を話し帰宅しようと駅のホームで脱いだ上着を腕にかけ、家に向かう電車を待っていたのが全ての始まりだった……。
「あ、見つけた! 君、さっきはジュースこぼしちゃってごめんね」
まさか声をかけてきたお姉さんが、異世界から来た人間だったなんて――。
――。
――――。
「まだですか?」
「もうちょっとだから」
そうして旅行という目的で異世界に来てしまった僕、白い空間を歩き続けていたら今度は森と森、見渡す限り密林が続く中――。
「服、着たいんですけど」
「もうちょっと待ちなさい」
なぜか僕は生まれたままの姿だった、ほんと、どういう状況なんだろう。
何度も「僕はなぜ裸なのでしょうか?」と疑問を投げるとお姉さんは「いいからいいから」と言って手を掴み、訳を話してくれない。
まあ、かなり異質なシチュエーションだけど、僕も男なので女性と手を繋ぐのは少しドキドキしてしまう。
しばらくお姉さんと一緒に歩いていると、あまりの風景の変わらなさに「そろそろ帰りたいなあ」と頭の中で思っていた僕は、森を抜けた先にある1軒のお店に目が留まった。
「あの店ってなんですか?」
「君の職場」
「え?」
「あれ言ってなかった? 働くの君は」
ホワイ?
どうしてですかと僕は尋ねた。
「払えないでしょ、これ?」
どれどれ、貴方の異世界転移にかかった費用……400万、うん、学生の僕が払える訳がない。
「こ、こんなの払えないですよ……」
この時ある違和感に気付いた、優しそうだったテレサさんの表情と態度は急に豹変し、僕の後ろの方を指差す。
「だよね、だったらウチで働きなさい」
「ウチってここ……テレサさんのお店なんですか?」
「そうよ、ここはキャバクラ、君はキャバ嬢、いいわね?」
「キャバ……?」
僕の言葉に合わせるようにテレサさんは「クラ」と一言呟いた。
あのな……まず僕、男だぞ。
「あー、出勤のチェックとかするキャバクラボーイってやつですか?」
何言ってんのみたいな顔をしていたテレサさんはタバコに火をつけると。
「君が働くのよ、嬢として」
「じょ、嬢!? そんなの無理ですよ! うわっ!」
タバコの煙をかけられた。
「……ごちゃごちゃうるせえな、だったら今すぐ身体売るか、ああ!?」
さらにグイッと顔を近づけてきて怖いいいい。
「無理ですって! 僕、男なんですけど!?」
「だったら女の格好すればいいだけだろうが!!」
いやまあ理屈ではそうですけど。
「絶対に無理です! 警察に電話しますよ!!」
「異世界に電話や警察が通用する訳ねえだろ!!」
「そっか……じゃなかった」
変に納得してしまってどうするんだ僕。
「とにかく無理です! 帰らせてください!!」
「男が無理無理って訳わかんねえ事を言いやがってよお!! タマはついてんのかタマは!!」
「いたいいたいいたいいたいたい!! 掴まないでください!!」
ぼ、僕の大切なゴールデンボールが今にも潰れそうだ!!
仕方なく僕はやりますの「や」が口から出かけていた時――。
「店長、さっきから何を騒いでいるんです?」
……あっ、天使だ。
薄い青色のショートボブをしていて、さらに片目が隠れた人。
よくわからないが凄い僕好みの人が、店の扉からなんか出てきた。
「おはようアカリ、この新入りがなかなかウチの嬢にならないのよ」
「……よくわからないけど大体わかりました」
凄いな、僕は全然わからない。
でも1つだけわかるのはこの子はここで働いてる。
つまり働けばいずれ彼女とも仲良くなれるはず、本当にそれだけの理由で僕は――。
「新入りの葉月です、男ですが嬢を目指して頑張ってみます」
あっさりと完全な男を捨て、可愛い子達と一緒にキャバクラで働く事になった。
とにかく服を着よう、「なんでこの人、全裸なんですか?」と一つ目族のアカリさんに突っ込まれて本当に、僕の姿って今はかなり異質なんだと再認識をする。
そうそう、テレサさんが言うには一つ目族というのはなんでも右目しか無いんだとか、まあ異世界だから色んな種族がいるんだろう。
あ、大学と両親、そして妹にも何も連絡してないから色々心配だ……。
「今日から勤めさせて頂きます、葉月です!」
まずは店長と個室で2人きり、もちろん変な意味はなく接客の練習だ。
異世界でも研修ってあるんだね。
「違うなあ葉月……もうちょっと崩せ」
露出の多い赤いドレスを着て、キラキラのネックレス。
さらには女性らしく化粧までして、これ以上何を崩せと。
「喋り方だ、顔は綺麗なんだからもうちょっと女に寄せるんだよ」
店長に両頬をペチッと叩かれた後、グイッと顔を寄せられる。
「君は女だ、君は女だ、君は女だ、君は女だ……」
まるで全てを見透かされているかのような目、さらに魅入られるようなその言葉に僕の思考は……あれ?
僕は女なのかもしれない、とふと思った。
そうだ、大体僕ってなんで僕なんだ?
私って言った方が可愛いよね?
こんなにも可愛い服を着てるんだし。
店長に「鏡を見ろ」とグイッと顔を鏡へ向けられる。
「どうだ美しいだろう、今日だけでもいい、君は女だ」
「僕……ボクが、おんな?」
「そうだ君は女だ君は女だ君は女だ……」
私は女なんだ。
なぜそんな当たり前の事に気付かなかったんだ!!
「店長、私、店の為に頑張ります!」
「よーしその意気よ、行きなさい葉月!」
「はいっ!」
今日のお相手は『ワンダ』さんという犬族の方、いつも来てくれる常連さんらしいし、お酒入れてもらえるよう頑張るぞー!
「新入りの葉月です-」
ゆったりとした動作でお客さんの隣に座り、氷を入れたグラスに水を適量入れる。
この辺は飲食店でバイトしてたから楽勝だ、研修通りに笑顔笑顔っと。
「葉月ちゃんって今日から入ったの?」
「そうですよー、まだまだ勉強中です!」
「初々しいねえ、じゃあ記念にちょっと高いの入れてあげようかなー」
やったー!
ボトル入れてもらえるぞ!!
「メニューお持ちしますねー」
「ワンワン……リキュールとか飲める?」
「いけますよー、ワンダさんの飲みたい物で大丈夫ですっ」
「そっか、じゃあこれとこれでこれかな」
……あれ?
それ、軽く400アニー、つまり4万ぐらい軽く行くんですけど。
早くも残り借金396万!?
こりゃどんどん頼まないと!!
――。
――――。
「おろろろろろろろろろろろろろろっ!!」
営業も終わり、飲み過ぎたせいか外に出たら急に吐しゃ物が止まらなくなった。
何ミリリットル飲んでたんだろう、僕。
「お疲れー、葉月ちゃん入ったばっかにしてはセンスあるニャー」
猫族のミライちゃんという方に背中をさすられる。
尻尾をフリフリさせて、身長はとっても小さくてこの子も可愛い。
でも負けないぐらい私も可愛くならないと……。
いやちょっと待て気持ち悪いぞ僕、中身は男なんだ。
女性のフリをするのはお店だけ、そう頭に言い聞かせた。
やばいまた――。
「……うぷっ、ありがおろろろろろろろろろろ」
「吐くか喋るかハッキリするニャ」
「おーろろろろろろろろろろ」
「おおー、捻った蛇口みたいに出るニャー」
ちなみにミライちゃんの指名数はアカリさんと比べて少ないけど、1人1人のお客さんがガッツリお酒を入れてくれるみたい。
だから実質この店のナンバー2という訳で、売り上げは僕と比べて何倍違うんだろう?
「……ふう、スッキリしました」
「店長も喜んでいたニャ、催眠魔術をかけただけでああも変わるとはって」
「催眠魔術……あ、そうだ僕、途中からなんか凄い女の子の気持ちになって!」
「ああ、元は男性ニャんだっけ?」
「元というか今も以前も男です!!」
僕は男、僕は男、僕は男、僕は男、僕は男、僕は男。
……危ない危ない、あの店長に催眠をかけられて心も女になりかけていたのか。
「でも大丈夫ニャ、男でもこんな国から離れた辺境の森に来る客で、基本的に食わず嫌いはしないニャ」
「動物みたいに食われたくないですよ、それに僕は男として、何も失いたくありません」
そんな事を言っていると、「服は既に失っていたようですけどね」と店からアカリさんが出てきた。
「お疲れ様です、すいません僕が吐いてる間にみんな片付けしてて……」
「葉月ちゃん、私にも謝ってほしいニャ」
やれやれという身振りで「ミライは新人のケアって言いながらサボってただけでしょ」とアカリさんがため息を混ぜてツッコミを入れると、店長のテレサさんが手でクイクイと僕たちを呼ぶ。
「おーいお前ら今日の給料渡すから中入れ」
「「はーい」」
中に入って先輩達の横に並んでいたら給料が入った金貨袋を渡された。
いちにいさん……300アニーって事は3万円か、これ飲食店のバイトより全然稼げるな……。
キャバ嬢、頑張ってみるか……?
「明日も頑張りなさい葉月」
「は、はあ」
「それとここは家みたいに扱っていいから、ベッドも昔私が使ってたのあげるわ」
「あ、えっと……ありがとうございます」
「ねえ葉月」
店長に肩をポンと叩かれ、顔を近づけられる。
「君は一流のキャバ嬢になれる君は一流のキャバ嬢になれる君は一流のキャバ嬢になれる……」
……なんだか店長の言葉を聞いたらここで頑張ってみたくなったぞ!!
よーし、全力で一流のキャバ嬢目指して頑張るぞー!!
「はいっ!!」
「いい目だ!」
今思えばこれもまた、催眠をかけられていた気がする。
という訳で、仕事も覚えてきた数ヶ月後まで話は進みます。
「今日もドロップスに来てくれて嬉しいニャー」
今日は猫族のミライちゃんとウサギ耳をしたシロナさんのヘルプだ。
なんでもシロナさんは表情や応対が固く、お客さんを選んでしまうんだとか。
「シロナさんって綺麗な顔してるよね」
「ありがとうございます、お客様の目が汚れないよう、日々努力をしております」
確かにお客さんの反応に対して、ちょっと距離を取ってるような気もするけど――。
「この間、スライムと戦ってたら後輩の魔法使いの詠唱した魔法に巻き込まれちゃってさー」
「それは……大丈夫だったのでしょうか?」
「いや俺は大丈夫だったんだけどさ! 隣にいた仲間がアフロ頭になっちゃって!!」
「今度お仲間さんの頭、ぜひ見てみたいですね。ところで戦闘は基本何人で行っているのでしょうか?」
シロナさん、キリッとした対応が出来る大人って感じでかっこいいと思う。
「わかってると思うけど、お客さんの容姿は触れると地雷の爆発率が高いから基本話題を逸らしていくニャ、それと1問1答だと話題が終わっちゃうから、そこから常に発展させていくニャ」
小声でツンツンと肘打ちするミライちゃん、なるほど、最初に振られた顔の話題、確かに僕だったら「お客様も素敵ですよー」って返してたかも……まだまだ勉強するところがあるなあ。
……って、僕は何を言ってるんだ。
キャバはあくまでも金稼ぎ、金稼ぎだ。
でもまあ……元の世界に帰りたいかと言われると、ちょっとだけ、本当にちょっとだけこういう世界で暮らすのもアリだなと思ってしまっていた。
「お客様、お楽しみ中に申し訳ないのですが失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」
店長の声だ、どうしたんだろう?
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます、ごめん葉月、ちょっといい?」
部屋のカーテンから店長は顔を出し、私だけが廊下へ呼び出される。
「凄くやばそうな奴が来たから、対応頼める?」
「やばそうな奴って?」
「なんか聞こえない声でブツブツ喋ってるけど、一応客は客だからね、身体触られたりしたら遠慮なく私に言いなさい」
「は、はい」
「君も嫁入り前の身体だからね、大事にするのよ」
「ちょっと黙っててもらえます?」
店長って結婚しているんだろうか?
いや、間違いなく僕のタマタマを握ってくる危ない人が結婚なんて出来る訳がない。
「それで、やばそうな人ってどんな人なんですか?」
――。
――――。
「初めましてー、葉月です!」
返事がない、髪もくっしゃくしゃだし、身なりもそんなに良くない。
ミライちゃんの言う通りこれは触れないでおいて、とにかく僕からリードしていこう。
「何飲まれますー?」
「……ぶつ、ぶつ」
「あ、おつまみとか前菜とか、フルーツとかもありますよ!」
「……ぶつ、ぶつ」
と、とにかく笑顔っと。
「えっと……なんてお呼びしたら良いでしょうか?」
「……ぶつ、ぶつ」
「ここ、森に囲まれてて来るのが不便ですよねー。それに昨日は雨だったし、お洋服濡れたりとかしませんでした?」
ぶんぶんっと頭を横に振った。
リアクションが返ってくるなら、まだまだ僕、頑張れるかも?
「私、暇つぶしによく外を探検するんですけど、店長さんと一緒に働いてる皆さんが必ず付きっきりなんです。魔物がいっぱいいるから危険だーって……でも戦闘とか上手くなりたいから、こっそり剣とか振ってるんですよ?」
目が合ってるって事は、一応話は聞いてくれているのかな?
「慣れない事とか、出来ない事とか、覚えるの大変ですけど……そういう時、誰かが周りで支えてくれると意外と頑張れたりしますよね、お客様はここ最近で達成出来た事とかあります?」
……返事はないけど、なんとなく受け止めてくれている気がした。
他人について知るってなかなか難しいけど、これはこれで自分の精一杯出来る事をしてあげたい。
お客様の為に癒やしの存在となればいい、時間を忘れてしまうぐらい、楽しい時間を作り上げろって店長が言ってたけど……その言葉の意味、少しわかってきたかも。
「あ、もうこんな時間、たくさん延長されましたね!」
結局、私だけがずっと喋っちゃってたな、いやいや、私ってなんだ、危ない危ない。
僕僕僕僕、よし、女性のフリしてるとほんと心も女になってきてる……。
「もうすぐ閉店のお時間ですし、外までお見送りしますよ」
席を立ち、私はお客様の前を歩く、お会計したお客様をお待ちして、扉を開けて笑顔で対応っと。
「また来てくださいねー」
「……これ」
「え?」
今日初めて会話が成立した気がする、努力したかいがあったかな?
「ちょっと、来て」
「どうされましたー?」
白い袋の中から取り出された水晶、その水晶は薄く、紫色がとても綺麗で魅入られていく。
「わあとっても綺麗ですねー、ダンジョンとかで採ってきたんです……か?」
あれ、身体の力が……。
抜けて……いく……。
やばい、立って……られ……ない。
◇ ◇ ◇
「あれ、葉月さん?」
外で吐いてるかと思ってたけど……今日はそんなにお客もいなかったし、沢山飲んではないはず、ひとまず店長に聞いてみる事にした私はお店の事務へと向かった。
「店長、葉月さん見ませんでした?」
「葉月? こっちには来てないけど?」
「魔物との戦闘訓練でもしてるのでしょうか? 昨日も雨降ってたのに剣を振ってましたよ」
「あー、ありえるわ、あの子私達の後ろで待機してていいっていつも言ってるのに責任感じてるのか、バレないように店の裏で剣振ってるのよね……それにしてもほんと、アカリの生理眼って便利よね」
「あの、千里眼です、人の生理周期を見てどうするんですか」
店長の冗談は軽く突っ込んで流すのが安定、でも本当にどこへ行ったんでしょうか?
まさか本当に責任を感じて魔物を1人で倒しに行ってしまった?
「た、大変ニャあああああ!!」
慌てた顔でミライが剣を持ってこっちに走ってきた、ミライ曰く猫の本能なのか、4足歩行で走ってる時は本当に慌てているらしい。
「どうしたんですかミライ?」
「片付けがだるくてさっきお店の入り口でサボってたら……葉月ちゃんのネックレスが落ちてたニャ!!」
店長はミライがサボっていた事に壁際まで詰め寄っているけど、そんな事は重要じゃない、問題は今ここに葉月さんがいなくて、私物のネックレスが落ちていた。
「店長、葉月さんが最後に対応してたお客さんって誰なんですか?」
「え? なんかブツブツ喋っててやばそうな人だったけど……あっ」
……これで大体理解しました。
後は練習していた剣を探して、ここに置きっぱなしであれば葉月さんは――。
「間違いなくお客様に誘拐されてます、全員で探しに行きましょう!!」
――。
――――。
夜の森は視界が悪く、私の目を使って明かりを灯さないとまともに進めなかった。
「もっと飛ばしてください!!」
「猫使いが荒いニャ!! これでも精一杯なんだニャ!!」
店長の操る馬は2人しか乗れず、身につけていたネックレスについたニオイを探れるのはミライだけだった。
「ミライさんの探ったニオイが無くなったら、今度は私が千里眼で探ります、ですからもう少し頑張ってください!!」
「アカリっちに言われなくても葉月ちゃんの為に頑張るニャ!! 途中襲ってくる魔物はテレっちに任せるニャ!!」
後ろで馬に乗って追従していた店長とシロナさんは杖と剣を取り出し、私達のカバーをしてもらいながら、無事葉月さんの捕らわれている場所まで進んでいくと――。
「間違いありません、あそこの3階に葉月さんがいます」
崖のかなり下の方に、辺り一面の森を引き裂いた豪邸が1軒、侵入するにもまず高い崖を下りないといけませんね……。
「わたくしが行きましょう」
私達の前に出たシロナさんが足を畳むと、屋敷の天井に目掛けて飛んでいってました。
「リーダー置いてシロニャ突っ走って行っちゃったけど、私達はどうするニャ?」
リーダー、なんだか魔物を率いていた魔王倒す旅をしていたのを思い出しますね。
突然テレサ、貴方がキャバクラをやり出したいなんて言い出した時は全員で笑ったけど、もうあれから数年経ってしまったんですね……。
「リーダーはやめて、当然シロナだけに任せられる訳がないし、行くわよ!!」
「「はい!!」」
かっこよく店長は飛んだけど、上手く崖を滑れず転げ落ちるようにゴロゴロと落ちていった。
「……み、ミライ達はゆっくり下りるニャ」
「そうですね」
◇ ◇ ◇
身体が、重い、目を開けても視界もぼんやりとするし……。
「……あれ?」
あ、先ほどの応対していたお客様、というか身体が動かないんですけど、何かに縛られている。
「ひょっとしてこれ、アフターってやつでしょうか? まだ私にとって初めてですので、店内で指名してほしいと言うか……」
髪がくっしゃくしゃでお腹も出ていたお客様、正直難しい人とは思うけど頑張って対応すれば心が開かれ――。
「お金、いくらでもあげる、から、ずっと、いてほしい」
ひ……開かれないかも、なんか凄いカタコトなんですけど!!
あとそれに手、手にナイフ、鋭利な刃物を持ってますよ!?
「ずっと、いて、大切なモノ、傷つけたくない……」
とても恐怖だ、ジリジリと近づいてきて何されるかわからない。
ジタバタと暴れなんとかこの座らされた椅子から抜け出そうと試みたが――。
「まず顔、お店をやめてほしいから、顔に残る傷を」
「い……いやだっ!!」
やめ……やめてくれえええええーーーー!!!
ドンッ!!
ドドンッ!!
凄い音がした、元いた世界で例えると工事でビルに鉄球を当てたぐらいの鈍い音だ。
刃物が刺さった訳ではなく、目を閉じていた僕はうっすらと片目で開けてみたら、そこへいたのは――。
「ま、シロナさん!!」
「助けに来ました」
「ど、どうしてここが!?」
いやそんな事より、ナイフを持っている男が!!
「邪魔を、するなあああ!!」
グサリ。
叫んでいた男の矛先はシロナさんに向いてしまい、あっさりとナイフはシロナさんの腹に刺さってしまう。
「し……シロナさーーーん!!」
そんな……僕のせいで……って、そんな心配をする必要はなく。
「はっ!!」
シロナさんはあっさりと男の腹に肘打ちイッパツ、その後苦しんでいた男の腕を片方掴むと、柔道漫画のように勢いをつけて窓からぶん投げてしまった。
「シロナさん!!」
「葉月さん、まずかったでしょうか?」
「え、何がですか!?」
「ここ、3階でしたもので、思い切り投げ飛ばして良かったのかと……」
「いやそんな事より血! 凄い刺された場所から溢れてますけど!?」
「本当ですね」
今日でわかったかも、シロナさんって凄くマイペースな人だ、血は凄いボタボタ垂れてるけど、平気な顔をして拘束されたロープを切ってくれた。
「乗ってください」
言われた通り乗ると女性におんぶされる僕、シロナさん、本当にお腹は大丈夫なんだろうか?
……と思っていたらびっくりし過ぎて目をパチパチさせる出来事が起きた。
「うわあああああああ!!!」
飛んだ、窓からシロナさんは僕を抱えて飛んだ。
上空を飛んでいる最中に星空を見える、それはとても綺麗な満月で……どこへ行っても世界なんて変わらないんだな。
「……葉月さん」
「どうしました?」
「ちょっとまずいかもしれません」
「え?」
「着地は、難しい……です」
「う、嘘ですよね!?」
グラリ。
おんぶしていた体勢が崩れ、シロナさんは出血し過ぎたせいか限界だったんだろう、僕たちは空中分解した飛行機のように身動きも出来ず落ちていく。
「ああああああああああーーーー!!!」
僕は叫ぶ事しか出来なかった。
このまま地面に叩きつけられて死――。
――。
――――。
「ぬ訳がないでしょ」
あれ……目を開けて声の方を向く、そこには天使がいた。
いや、正確には心配していた顔で僕を見るアカリさんが低い位置で一緒に歩いていた。
「アカリさん?」
「葉月さん、お帰りなさい」
僕の頬をすっと撫でてくれるアカリさん、思わず照れてしまった。
「あ……ただいまです」
「まったく、崖から下りてきたら2人とも死にかけてるってどんな強いお客さんだったのよ?」
高い位置、何か乗ってると思ったら馬に乗せられていた。
前で手綱を持つ店長、テレサさんはなんでこんな包帯も巻いててケガをしてるんだろう?
「テレサさんはどうしてそんなケガを?」
「まあ、色々よ……」
クスクスと笑うみんな、何かあったのかわからない僕は首をかじける。
「葉月ちゃん、テレっちの回復魔法に感謝するニャー」
「何度も言うけどテレっちはやめて、店長かテレサ」
「店長、ありがとうございます」
「いや、シロニャが返事してもニャあ……?」
シロナさんも無事だ、そっかミライちゃんとテレサさん、そしてアカリみんな僕を助けに来てくれたんだ。
みんなに「ありがとうございます」とお礼を言うと、テレサさんはボソっと褒めてくれた。
「今日は悪かったわね葉月、迷惑な客の対応までしてもらって」
続けてテレサさん、ミライちゃんにシロナさんとアカリさんの順番に声をかけられる。
「葉月ちゃんが来て割と助かってるニャ」
「仕事の覚えも早いですし、これからが楽しみですね」
「今後ともよろしく、葉月さん」
担任の先生、お母さんお父さん、そして妹。
ほんとごめん、今頃行方を探してるとは思うけど……。
「……はい、皆さんこれからもよろしくお願いします」
この異世界で色んな種族が働いてるお店、ドロップスでしばらく頑張ってみる事にします。
「よし、今日はこのまま街に行って遊ぶぞー金は気にするな、私が出す!!」
「「やったー!!」」
テレサさんが片方の腕を掲げてそう言うと、みんな嬉しそうだった。
もちろん、僕も――。
「はいお前ら集合ー、今日からウチで働く子だから」
「あ、お兄ちゃん!! 私にかかればキャバ嬢なんて楽勝よっ!!」
ある日、店長の横で指をピッと僕たちに向けていたのは、なぜか僕の双子である妹だった……。
【え、異世界転移した代金が働いて返せない? だったら今日から各種族が勤めているキャバクラで金を稼げって……僕、男ですよ。】
おわり。
え、異世界転移した代金が返せない? だったら今日から各種族が勤めているキャバクラで金を稼げって……僕、男ですよ。 杏里アル @anriaru
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