戰國平定錄【戰國篇】
天ッ風 月読丸
其之零 不安京【戰國篇・序段】
山城国、京——。ここは実に華やいだ街であった。三方を山に囲まれてはいるが、田舎という訳ではない。この広く狭い山城の盆地に都が移って六百七十三年になる。この神の御国の都は実に多くの出来事を見守ってきた。帝の弱体化、飢饉、公家の醜い勢力争い、陰謀に暗殺、武士の台頭、戦……。はっきりと言おう。よく無いことばかりがここ、平安京では起きた。「平安京」。実に輝かしい響きである。だが実のところ、平安とは名ばかりで、平安さなど微塵も無い。それに先程作者は「華やいだ街であった」と書いたが、それは京全体の話ではない。京を東西に真二つに分断している朱雀大路から東の左京は民の息遣いや、公家の蹴鞠を蹴る音、和歌を詠む声などが聞こえ、とても華やいだ「都」と呼ぶに相応しい所だ。しかし一度朱雀大路を渡れば、いや、渡る最中でもここが日ノ本の国都であるとは思い難くなるだろう。かつて幅三十八間もあった広い道は今や迷い者や野盗や狐狸の溜まり場となり、他の大通りと大して変わらない広さとなっている。道の両側に荒屋が所狭しと立ち並び、その前では常に野盗が刀を引っ提げて束に右手をかけて金が通らないか待っている。人がくればその元は誰の物とも知れぬ脇差をすらりと引き抜き、やい金目のものを出せ、出ないとこれだぞよ、と人の喉首に手入れを怠らざるを得なかった刃こぼれだらけの鈍刀の切っ先を向ける。こうして得た金目の物を売って奴らはなんとか生きながらえているのだ。その勇気のない迷い者は、たまに投げ捨てられる屍体から装身具や髪を奪い取りそれを売って飢えを凌いでいる。が、どちらも飢えを凌ぎ切れては居ないのである。そんな有様の朱雀大路を越えると見えてくるのは先程よりはマシな荒屋である。しかし荒れ方が先程の野盗や迷い者の家とは違う。先程のものは材料が粗末だったり、手入れや修繕が出来なかったりといったことが重なった荒れ方であったが、この右京の家々の荒れ方はまるで昔にうち捨てられたので荒れ放題であるといった荒れ方なのだ。この右京はもう長い事人は住んでいない地域が殆どである。右京は湿地になっており、家が建てられない程に地盤が軟弱である。その為人が住めないのだ。だから数少ない使える土地の殆どは家としては使えず田畑にやむなく使うといった具合である。延暦二十四年の頃、新都の造営を始めたもの、たったの十一年で財政難と度重なる工事の失敗、洪水などなどにより気が滅入ってしまい、帝は平安京の特に工事の難行した右京を造営途中で投げ捨ててしまったのである。それでもなんとか半分までは進んだのだ。しかしその先は桂川という大河を始め、御室川、有栖川などの川が多く流れ、広沢池、大沢池などの池、大きく起伏した土地、例の湿地に、さらには山々があり、とてもでは無いが切り拓いて都とするには無理があった。その為、財政難も相まって右京の工事は投げ捨てざるを得なかった。こうして寂れた右京はできた。しかしさらに右京は荒れることとなる。畿内を長雨が襲い、右京の桂川、左京の鴨川が増水、氾濫を起こした。京は川から溢れた水で水没しかけた。左京では水が引いたが、京ではそれをきっかけに疫病が流行った。右京はもとより水の溜まりやすい土地だった為、水が抜けなかった。そこの水没した便所から疫病が流行ったようである。そんなこんなあったが、左京は何とか復興を遂げた。しかし、水害に弱い右京は民から見捨てられ、手入れがされなくなった。右京からどんどんと人が出ていき、今はこの様である。その後の京は安泰であるかのように思われたが、まさに一難去ってまた一難。その時に生計を立て直せなかった者達が朱雀大路や鴨の河原に溢れ、野盗を始めた。それを抑圧すべく今日には公家を守る武士が蔓延り、その武士もまたたまに野盗に成り下がる者もいた。それにより人々の心は荒んでいった。更には平清盛が一度復興しかけた京を捨てて福原に都を移すなどとぼざいたため、京は破却されかけたこともあり、平安京も少しずつ廃れた。時代が下ると更に荒み方は酷いものとなり、戦、夜討ち、強盗、偽令旨、辻斬りなどの狼藉、実態の無い武士沙汰の騒ぎなどが京に流行るようになり、それを風刺する立て看板を二条河原に勝手に立てる者まで現れた。こうして神の御国の都は「平安京」から「不安京」へと成り下がったのである。
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