ナイスドラム缶の巨大合体ロボット大作戦

キハンバシミナミ

ナイスドラム缶の巨大合体ロボット大作戦

「おーい、これ運んでくれ」

 工場の遠くから僕を呼ぶ大きな声が聞こえる。工場長のおやっさんの声だ。


 この工場はドラム缶を手作りしているからか、広さだけは凄い。所狭しとドラム缶が並んでいる。

 おやっさんが言うには千坪あるらしい。ドラム缶の僕には分からないが、すごく広い。


 そして工場長は一番偉い。いや地下にある秘密の格納庫でもやっぱり偉い。あの人に勝てるのは工場長の奥さんだけではなかろうか。


 工場長の奧さんは事務仕事をやっていて、たまに工場長を叱り飛ばしている。納期に間に合わないとか、経費が掛かりすぎとか。


 でも工場長の奧さんは地下の秘密は知らないみたい。ただの町工場だと思っている。


「聞こえてるのか、早く運んでくれ」


「はい。今行きます」

 大声で返事をしてドタドタと走った。


 僕は鋼製だ。おやっさん含めて一部は人間だが、従業員の大半はドラム缶だ。だから僕もドラム缶なのだ。青い塗装に白いラインの体は僕の自慢だ。僕のドラム缶のカラーリングは、ドラム缶界で三番人気だ。


「今できたこのドラム缶をあそこに除けといてくれ」

 工場長が敷地の隅の方を指さした。


 言われた意味の分かった僕はドラム缶を慎重に傾けて転がしだした。このドラム缶は大事だからことさら慎重に。


 このドラム缶のカラーリングは一番人気だ。今も大活躍しているあのドラム缶と同じだ。ちょっと羨ましい。


 ところでドラム缶がドラム缶を作っているなんておかしいと思うだろ。僕もそう思っている。


 でもドラム缶のことは人任せにできない。いや、人と言ってもおやっさんは特別だ。


 作っているドラム缶のいくつかは製造エラーという理由で違う場所に置かれる。この運んでいるドラム缶もそうだ。エラーというのは建前で、人格を持てるドラム缶を除けているんだけど。


 そのドラム缶は夜中に秘密の格納庫に運び込まれて、おやっさんの手で僕のようなドラム缶に生まれる。意思があって、動けて、踊れる。おまけに絵も描けて、それから……いや、それは後で説明しよう。


 とにかくおやっさんは凄い。言っている意味が分からないかい。そんな人は一度見学にくるといい。僕達を見れば納得するはずだ。


「よし、今日はこれで上がるか」


 おやっさんの声にみんな帰り支度を始める。人間達は、だけど。


 僕達はこれからまたひと仕事だ。


——


 工場の裏側、秘密の階段を降りると地上の工場と同じ広さの空間が広がる。ここは夜だけ動き出す秘密の格納庫だ。


 今日は何をするのかな。僕はワクワクしながら階段を降りた。


「おいヤマダ、俺は訓練があるからこれ運んどけ」


 階段を降りてすぐ尖っていて斬りつけられそうな声で言われた。僕が声のした方を見ると、ドラム缶がこっちを見ていた。赤い塗装に黒いライン。あいつは同僚ドラム缶のナカヤマだ。


 二番人気のカラーリングだが、なぜか殆どがあんな横柄な性格だ。


 その同僚ドラム缶にいきなり指図されたのは一トンはある鉄塊、僕でも簡単に運べない。


 僕が顔を上げてその同僚、ナカヤマを睨むとそいつは言った。


「地上の手伝いなんざさせられてるような格下に見られたよ。おぉこわこわ。早く終わらせねぇとな。俺には訓練が待ってるからな」


 ドラム缶には種類がある。素材や色の違いのことじゃない。確かにそれも違いなんだけど。それにしてもなんて言い方だ。人の上には人はいないらしいけど、ドラム缶には上下があるから……。


「ヤマダ聞いてるのか。俺は行くからな、おやっさんがくる前に運んどけよ」


 ナカヤマは俺を睨み付けると、フンッと鼻を鳴らして行ってしまった。


 同じ日のドラム缶のはずなのに……。あいつはランクAドラム缶で、僕はランクCドラム缶。ため息を飲み込んで鉄塊を掴んだ。


「ふんぬぅっ!」


駄目だ持ち上がらない。おかしいなぁ。このくらいなら何とか動かせるはずなのに。


「ヤマダくん、どうしたの?」

 美味しいチョコを口の中で転がしたような声がした。ワクワクしながら僕は振り返った。


「フランソワさん。この鉄塊を運びたいんだけど、動かないんだ。僕らくらいの力なら運べないはずないのに」


 フランソワさんはオレンジの塗装に洒落た赤いラインが素敵なドラム缶だ。はっきり言おう。僕は大好きだ。口に出せないけど。ちなみに彼女のカラーリングは女性型のドラム缶で一番人気だ。


「一緒に運びましょ」


 フランソワさんが一緒なら僕は三倍でも四倍でも力が出そうな気がする。気合を入れて掴むと鉄塊はバリバリって音を立てて動いた。


「あそこの隅までだ、フランソワさん頑張って」


 僕達はなんとか鉄塊を運んだ。


「なんか最初変な音しなかった?」


 フランソワさんが首を傾げている。いや首はないから体全体が傾いているんだけど。それが可愛い。


「フランソワさん。お待たせ。そんな低ランク放っておいて俺と一緒に訓練しようぜ。今日こそ俺がおやっさんに認められる日だ」


 口の中に金属くずの臭いがするほど不満だった。


「おいヤマダ、あそこの燃料タンク運んでおけ。俺が使うやつだから慎重にやれ、余計なこと考えるなよ」


 ナカヤマがあろうことにフランソワさんの肩に手を回して行ってしまった。いや肩はないけど。そんな感じだった。悔しぃ。


 そして、一時間後におやっさんがやってきた。


——


「よーし、みんな集まれ」


 おやっさんの声に皆が注目する。フランソワさんは……いた。ナカヤマの横で緊張した顔だ。ナカヤマは自信のある顔をしている。


 おやっさんがもったいつけて咳払いをした。三百はあるドラム缶が固唾を飲んで見守っている。


「まずは胴体ドラム缶だ。スズキ、サトウ、ヤマダ。そして手と足だが……」


 おやっさんの声が静かな格納庫内に響く。呼ばれたドラム缶の反応は様々だ。喜ぶドラム缶、嘆くドラム缶、慌てるドラム缶……。


 僕は地上での仕事もある。だから呼ばれなくても気にしない。


「右肩はフランソワ」


 おやっさんの声が響いた。僕の周りから音が消えた。


「……」おやっさんが何か言っているけど僕には何も聞こえなかった。そんな、あんまりだ。


 さっきからおやっさんが言っているのは巨大合体ロボットの役割分担だ。各ドラム缶はこれからおやっさんの手で改造され、ロボットのパーツになる。


 そして巨大合体ロボットは悪の秘密結社が送り込んでくる巨大怪人と戦うのだ。


「肝心の頭だが、ナカヤマにする」


 会場がどよめいた。やっぱりという声が多い。……僕は哀しかった。何でだろう。ナカヤマがフランソワさんの近くで何か囁いている。僕はドラム缶の内側にある何かが軋むのを感じていた。


 おやっさんが何かしゃべっている。僕の事を皆が見ている。哀れみの視線を感じる。笑うドラム缶が見える。僕はここから動けない。逃げ出せない。


——


「よし、始めるぞ。皆順番に並べ」


 呼ばれたドラム缶が順番に並んでいる。格納庫のさらに仕切られたおやっさん専用工房にナカヤマもフランソワさんも入っていった。


「おっ、新たな巨大合体ロボットの誕生だな」


 ハンサムな声に振り返るとハンサムで男前な兄貴がいた。


「フクヤマさん」


「久しぶりだなヤマダくん」


 フクヤマさんはエメラルドグリーンの塗装に黄色のラインが雷のように入っている。


 フクヤマさんがいることに気づいたドラム缶達で周りはざわめいていた。僕は平気だ。僕が作られたとき、まだ名も無いドラム缶の僕を運んでくれたのはフクヤマさんだから。


「みんな久しぶりだな。今日は戦いがないはずだから、ちょっと息抜きにね」


 フクヤマさんは一年くらい前に、巨大合体ロボットの頭としてこの格納庫を旅立っていった。噂に聞くだけだが、激しい戦いを大した被弾も無く生き残り、戦い続けている。


 そんな巨大合体ロボットは他にいないらしい。さすがフクヤマさんだ。僕はフクヤマさんの活躍が自分の事のように嬉しくて、無事なのがとても嬉しい。


 さっきのフランソワさんとナカヤマの事も仕方ないと受け入れられるほどだ。


「君の番みたいだぞ」


 フクヤマさんが言う。何の事だろう。僕が首をかしげる、いや僕には首がないから体が傾いているのだけど。


「ほら、おやっさんが呼んでる。さっき背中のパーツに指名されていたろ。ヤマダくん」


 えっ、うそ。しかしフクヤマさんの言うことに間違いはない。おやっさんが呼んでいるのはフクヤマさんでなく僕なのか。


 それを証明するように周りからも声がかかった。


「ヤマダくん早く」「がんばれ」


 僕は周りの声に押されるようにおやっさんの工房に入った。


「来たかヤマダくん」


——


 そこで僕は巨大合体ロボットの背中になった。


「ヤマダ、足を引っ張るなよ。いや足じゃねぇな背中か。おい、背中なんて不遇だな。ねぇフランソワ」


 頭のナカヤマがフランソワさんに話しかけている。でも僕には何も見えない。動けない、背中だから。


「おいみんな、俺が頭になったからにはフクヤマさん、いやフクヤマなんてすぐに巨大合体ロボットのトップランカーから引きずり下ろすぜ。おら、行くぞ」


 外の世界に出た。背中からは遠ざかっていく地上が見えた。一瞬だけ地上の工場が見えたがすぐにそれも分からなくなった。


 僕には何か起こっているか分からない。ただ背中越しに戦っていることが分かるだけだ。


「いたぞ、俺達の敵だ」


 背中で感じるのはナカヤマが強引に戦い、表側にいるドラム缶達が傷つく様子だけ。皆がナカヤマを止めようとしているけど、誰の声を聞くこともない。あのフクヤマさんの制止も聞かず。ただ突撃を繰り返している。


「あれがボスかも知れねぇ」


「ナカヤマさん、やめてぇ、みんなが持たないよぉ」

 ついにフランソワさんも声を上げるが、ナカヤマは聞く耳を持たない。


「あと少しなんだ、俺の足を引っ張るな」


「きゃぁぁ」


 フランソワさんっ。僕は声を上げたいが背中パーツは声が出せない。


 そしてついに。


『ジュッ』静かな音が聞こえた。


「おい、やばいぞ」


 その声は誰だろう。体のドラム缶の一つだろうか。遥か遠くに感じる。巨大合体ロボットは落下を始めた。


「あああぁあ」


 フランソワさんさんの声が聞こえる。なんだ、これで終わりなのか。何とかしたい。何とかしたい。何とかしたい。


「危なかった」

 落下が止まった。


 地面に激突したわけでも無さそうだ。誰かが引っ張り上げてくれている。誰かが……。


「ヤマダくんか。無事のようだね」


 このハンサムな声は、フクヤマさん!


 でも僕が無事でも頭を失った巨大合体ロボットはもう動けない。


(手を離してください。このままではフクヤマさんまでやられます)


 僕は声の出ない背中からフクヤマさんの顔を見上げていた。


「もう大丈夫だ。これで良し」

 フクヤマさんの声が聞こえた。


「それよりフクヤマさん、速く逃げないと壊されます!」

 叫んだ。叫べた。あれっ。


「ヤマダくんがロボットの頭だ。今ならヤマダくんの意のままに動かせるはずだ」


 フクヤマさんが誇らしげに言った。


「ヤマダくん、状況が見えるか?」


「はい。あの大きいのから巨大なエネルギーを感じます」


「よし。運がいいというべきか。ヤマダくん達が囮のようになって相手の戦列が乱れている。主力を叩くチャンスだ」


 ナカヤマの無茶苦茶な突撃で敵のボス格が深追いしてきたようだ。フクヤマさんがチャンスだと見ている。僕は何をすればいい。


「大きい攻撃をするぞ。ヤマダくん、背中を任せた。守ってくれ」


「はい」


 僕はフクヤマさんの期待に応えようと体を広げた。


 肩パーツのフランソワさんが震えているのが分かる。僕は安心させるように頷くと、精一杯の防御盾を展開した。


 直後にエネルギーの奔流を感じた。僕はフクヤマさんの背中を守りきった。


——


「ボスは倒した。これでしばらくは安心だろう。それにしてもヤマダくん」


 フクヤマさんが僕の方を見て僕の名前を呼んだ。何だろう、足手まといになっていなければいいけど。


「君は凄いな」


 あのフクヤマさんが僕を褒めている。なぜ。


「な、なんでですか。僕は助けて貰ってばかりで」


「いや、あの攻撃の時に反撃されていたら無事に済まなかっただろう。あれを倒せたのもヤマダくんのおかげだ」


 フクヤマさんは素敵すぎた。完敗だ。いや、違う。


「ありがとうございます。でも僕は限界を感じることができました。僕は地上の工場に戻ります。そしてたくさんのドラム缶を運びます。それが僕の使命です」


「そうか、それもいいかもしれない。地上はヤマダくんに任せたぞ」


「はいっ」


 そして僕は今日もドラム缶を運ぶ。


「おーいヤマダくん、ここにあるの全部持ってけ」

「はい、工場長」

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