小説
道を歩いていたら目の前の老婦人が転び、咄嗟に手を差し伸べて助けたら感謝された。礼をしたいと言われて俺が固辞すると、謙虚な姿勢を褒められてなぜか自宅に案内された。
絵に描いたような立派な金持ちの家で、門をくぐれば美貌の少女が出迎えてくれる。この世のものとは思えない麗しさに思わず見惚れた。恐らく頬も染まっているだろう。
しかしそれは彼女も同じで、要するにお互い一目惚れだ。甘酸っぱい雰囲気を老婦人も感じたらしく、とんとん拍子で話は進み、いつのまにか少女と結婚していた。
仕事でも昇進を重ね、俺は多くの部下を束ねるようになった。敏腕を慕われて信頼も厚く、取引先との関係も良好。なにもかもが順調すぎて、なんだか小説の中の世界を生きているみたいだった。
妻が出かけて不在の日、俺はノートを見つけた。恐らく妻のものだろう。彼女は作家になるのが夢で、よくノートになにかしら綴っていた。
しかし中を見たことは無い。恥ずかしいから見ないでと厳命されたからだ。
好奇心が疼き、少しだけならと表紙をめくる。
俺は文字の密度に目を丸くした。白いはずのページが真っ黒なのだ。しかもよく読めば、彼女が記したであろう物語と、俺が辿ってきた人生があまりに一致し過ぎている。
もしや俺は本当に小説の中を生きているのでは。
馬鹿げた発想だが、間違っている気もしない。
物語は俺が死ぬ瞬間も描いている。どうやら俺は、妻が雇った殺し屋の手にかかって死ぬらしい。
なにもかも彼女の思い通りにさせてたまるか。俺は殺し屋の標的を、こっそり妻に書き換えた。
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