比喩

 あの日からのことを、どう説明したらいいのだろう。僕が僕でなくなったかもしれない日、か。

 僕は冴えない高校生だった。他人の視線から逃れるように、視線は常に下に向けていた。身長も周囲に比べれば低く、肉付きだって良い方では無かったから、存在感が薄いとひそひそ言われたこともある。

 ある日、教室の前の廊下を歩いていると、目の前から女の子が歩いてきた。上履きの色から察するに二つ上の先輩で、僕は通行の邪魔にならないよう、端に避けた――はずだった。

 彼女はなぜか僕の前に立ちふさがり、まつ毛の長い大きな目キラキラ輝かせ、誰かの名を叫んだ。

 どうやら僕は、彼女が理想とする誰かに似ていたらしい。漫画のキャラなのか、現実の誰かなのか、分からないけれど。

 しかも一人ではない。少なくとも十人くらい名を挙げられた。目の色はまるで誰々みたい、鼻の形は別の誰か、耳の形はまた別人。身長や髪質、手の大きさや爪の形まで、僕はありとあらゆる誰かに例えられた。

 恋人として付き合ってほしいと言われた。断る理由なんてない。冴えないばかりだった人生が、一瞬で輝き始めた気がした。

 ただ一つ、問題があって。

 身長が少しでも伸びたり、声が変わったりすれば、彼女の理想から外れてしまう。体をつなげた時も「もっとナントカくんみたいに動いて」と叱られた。

 このまま彼女が思う誰かになれなければ、きっと捨てられる。その恐怖から逃れるように、僕は今日も、僕ではない誰かみたいに生きるのだ。

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