第7話 婚約相手との顔合わせ
いつものように、いきなり父親が部屋に入ってきた。そして、こんな事を言った。
「これから、お前の婚約相手と顔合わせを行う。すぐに支度しろ」
「はい」
ティネが返事をするが、不安そうな表情を浮かべていた。その反応が当然だろうと思う。この人は、いつも突然すぎるのよ。ティネの都合など、お構いなし。
そんな父親は、さっさと部屋から出ていく。メイドに着替えを手伝ってもらって、ティネは準備を済ませた。
私は、ティネのそばから離れずに見守っていた。当然、一緒に行くつもりだった。可愛いティネを一人にしない。何かあったら、彼女を守る。そのために、いつも近くで見守り続けていた。
屋敷から外に出る。そこに馬車が止まっていた。それに乗って移動するらしい。
「さっさと乗れ」
「はい」
先に乗っていた父親が、高圧的な態度で命令する。こんなに小さな子に、手を差し伸べようともしない。見ているだけで酷い扱いだった。だから私が手伝って、彼女と一緒に馬車に乗り込んだ。
「ありがとう、ママ」
「どういたしまして」
ティネが微笑みながら、私に感謝の言葉を小声で伝える。とても可愛らしい。他の人には見せない表情。
「……なんだ?」
「いいえ」
気配を消しているので、私の姿が見えない父親。ティネの様子に気がついて、声をかけてきた。だが、ティネが無表情で答えると、すぐに興味を失って視線を別の方へ向けた。娘なのに、目も合わせたくないらしい。
そして、静かになった馬車が目的地に向かって走り出す。しばらく、沈黙の時間が続いた。何の会話もなく、流れていく景色を眺めるだけ。
そして、馬車が止まった。
「降りろ」
「はい」
再び、高圧的な態度の父親に指示されて、馬車から降りる。足を踏み外すと危ないから、私が手伝ってティネと一緒に降りた。
「お待ちしておりました、ダーミッシュ様。こちらへどうぞ」
「案内を頼む」
執事服を着ている老年の男性が出迎えてくれた。彼が案内してくれるようだ。
そして、屋敷の中に入っていく。どんどん先に歩いて言ってしまう父親を、慌てて後をついていくティネと私。あの男の気が知れない。勝手すぎる。執事の男も、少し心配そうにティネの様子を見ていた。
執事に案内されて、部屋に到着した。
「こちらで、陛下がお待ちです」
「わかった。案内、御苦労だった」
父親の言葉で、一礼してから離れていく執事。彼は、そのまま部屋の外で待機するようだった。つまり、部屋の中には父親とティネの二人で入るのか。私も一緒に入るけれど、他の人達には見えていない。
扉が開いて、部屋の中に入っていく父親。その後を追う、ティネと私。
中に入ると、そこに一人の男性がいた。椅子に座っている。背筋をピンと伸ばして堂々としていた。とても貫禄があるように見える。
その横に、若い男の子が座っているのが見えた。ティネよりも、少し年上ぐらいの男の子だ。もしかして彼が、そうなのかしら。
「よく来てくれた、ヨルク」
「お目にかかることができて大変光栄です、陛下」
父親は立ったまま、頭を下げた。ティネは、父親の横で大人しく立っている。まだ子供なのに、本当に偉いわね。でも、大丈夫かしら? とても心配だった。
陛下、ということは眼の前に座っている男性は王様ということなのかしら。
「堅苦しい挨拶は抜きにして、早速本題に入ろうか」
「はい。失礼します」
王様らしき人物に促されて、席に座る父親。その行動と同じように、ティネも席に座る。私は、ティネの後ろに立って控えていた。
「この子が、彼女の婚約相手となる我が息子。ディートリッヒだ」
「よろしくお願いします」
王様に紹介されて、ティネの婚約相手が判明した。紹介された男の子は丁寧に頭を下げて、挨拶した。
その男の子の顔を見ると、なんだか気になった。
どこかで見たことがあるような気がする。どこで会ったのか。それとも、誰に似ているのかしら……。記憶の片隅に、引っかかる何かがあった。
思い出せそうで、思い出せない。何だっけ。必死に思い出そうとする。
ディートリッヒ。婚約相手の王子……。
「あっ!」
「……?」
思わず声が漏れて、ティネが振り返って私の顔を見た。ヤバい! バレないように急いで気配を消した。どうやらティネ以外にはバレていないようなので、とりあえず安心。そんなことよりも。
落ち着いて、思い出したことを振り返る。そうだった。ディートリッヒの婚約者であるクリスティーネ。彼女の中に封印されていた邪神の存在。
もしかすると、ここは乙女ゲームの世界なんじゃないかしら……。
私は、遠い昔にプレイした、とあるゲームについて思い出していた。そのゲームに登場するキャラクター。そこに、ディートリッヒとクリスティーネという登場人物が居たことを覚えている。
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