第2話 赤ん坊

「ああ、もう! 面倒ね」


 部屋に入ってきた女性が、泣いている赤ん坊を乱暴に抱っこする。


 その女性の表情は険しく、イライラしているのが見て分かるぐらいだ。それだけでなく、ブツブツ文句を言っていた。


 その女性の年齢は、私と同じ30代ぐらいかしら。メイドのような白と黒の服を着ている。黒髪のショートヘアーで、キリッとした顔つきの女性だった。


 髪色が赤ん坊とは違うようだけど、母親じゃないのかしら。それだけでは判断できないわよね。


「おんぎゃあ! あんばぁ!」

「はぁ。さっさと、泣き止みなさいよ」


 メイド服の彼女は、面倒だと言いながら赤ん坊の世話をしていた。泣き止ませようと抱っこして、部屋の中をせわしなく歩く。


 だが、その抱え方が雑だった。明らかに首がすわっていないのに、ぐるんぐるんと振り回すように動いてしまっている。子供を育てた経験がない私でも分かるくらい、危なっかしい。ちゃんと、頭を支えてあげないと!


 そう思うけれど、私は彼女の前に出ていくことが出来ない。今の私の姿で、見つかるワケにはいかない。そもそも、勝手に部屋の中に入っている。不法侵入として訴えられたら、私は罪に問われるだろう。だから隠れたまま、様子を見守る。


「ぁぅ……。ぅぅ……」

「ふぅ。やっと眠ったわね。もう、私の仕事の邪魔をしないでよね。次は、泣いても無視するから」


 しばらく経って、赤ん坊が眠り始めた。やっと眠れたようだ。


 女性は小声で文句を言いながら、眠らせた赤ん坊をベッドへ戻した。その動きも、非常に荒い。やっぱり、扱いが雑だった。そして、さっさと部屋から出ていく。


 部屋の中に、眠って静かになった赤ん坊を一人だけ残して。


 私は、メイド服の女性に見つかることなく隠れ続けることが出来た。部屋の中に、私と赤ん坊だけになったので動き始める。


 歩いて見て回る。改めて、部屋の中を確認した。やっぱり、日本じゃないわよね。どこか、別の国とか。もしかして、別の世界? そんな、馬鹿な。


 しかし、この部屋は一体何なんだろう? まだ首がすわっていない生まれたばかりの赤ん坊がいるということは、育児室なのかしら。


 先程の女性は、助産師とか? でも、白衣じゃなかった。赤ん坊の扱いも、かなり酷かった。メイド服のように見えたけど、もしかすると本当に彼女はメイドだったのかしら。


 それよりも、なんで私はここに居るの。この姿は、なに? 私は、赤ん坊の中から出てきたような気がする。現実的じゃない。


 やっぱりこれは夢なのかしら。いくら待ってみても、目が覚めそうにないけれど。


 起こった出来事は非現実的だった。だけど私は、この世界が現実だと感じていた。夢なんかじゃない。本当の世界なんだと実感していた。それを証明する情報が、まだ何もないけれど。


 分からないこと、知りたいことが山ほどあった。それを調べるためには、これから私はどうするべきなのかしら。途方に暮れて、私は眠っている赤ん坊を見た。なんてカワイイのかしら。ずっと見ていられる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る