いい加減に邪魔な情報をネットに流さないでください!

ちびまるフォイ

たしかに信じられるもの

「ファクトネットへの入社おめでとう!

 君たちは我がファクトネット株式会社の一員となって、

 "正しいことだけのネット"を作っていきましょう!」


ファクトネットの入社式では人生で一番気持ちが高ぶっていた。


かつて、近所の悪ガキだった自分が親友の死をきっかけに立ち直り、

やがては社会の基盤となっている"ファクトネット"を作るチームに入れるなんて。


「さあ、さっそく仕事だ! どんどんファクトしていこう!」


上司が手をたたくと一斉に仕事がはじまった。


ファクトネットの提供するネットワークには真実の情報しか掲載しない。

まぎらわしい情報や、無駄な広告、意味のないリンクは削除される。


クリーンで、嘘偽りのないネットワーク。

それがファクトネット。


とはいえ俺はまだしたっぱ。


やることといえば、ファクトネットに流すべきかをチェックする部門へ書類を渡し。

審査が通れば、その上位チェック部門へ書類を渡し。

それが通れば次のチェックへ……という伝書鳩のような役回り。


1日が終わるともうくたくたで、頭になんの情報も入れたくなくなる。


「はぁ~~……今日も疲れたぁ……」


「新人くん、お疲れさま」


「あ先輩……。先輩はよくこんなにも大変なことこなしてましたね」


「僕のころはもっとひどかったよ。まだできたてだったからね」


「うげ」


「ファクトネットの情報は、既存のネットよりもまだ量が少ないからね。

 どんどん正しい情報を精査して情報を充実させる必要があるんだよ」


「それはわかりますけど……」


「それにほら。ファクトの一員になると自分の情報もファクトネットに投稿されるんだよ。それだけで誇らしい気持ちになるだろう?」


「……まだ載ってないですけど」


「そりゃまだ入社したてで、記事の審査が終わってないんだよ。

 ファクトネットに出れば親御さんもきっと喜ぶよ」


「うちの親なんていまだにネットをつなげたら騙されると思っているくらいの人ですよ。見てくれません」


「そんなことないさ。それじゃお先」


「先輩おつかれさまでしたーー」


オフィスにひとりきりになった。

静かになると、頭のなかでさっきの先輩の声がよみがえってくる。


「俺の記事……かぁ。どんな感じになってるんだろう」


同僚の机の上で山積みになっている書類に目を通していく。

ファクトネットに入った社員の紹介ページの原稿だ。


ちょうど真ん中あたりに自分のページは残っていた。


そこに書かれている内容を読むと、まるで卒業アルバムを見返すように懐かしい気持ちになる。


「うわっ。俺が高校生でフラれたことまで書いてるのかよ……!

 まあ事実だけど……。さすがファクトネット……」


ファクトネットの調査能力に舌を巻きつつ読み進める。

そのうち、小学生の頃の項目で目が止まった。



「小学1年生の頃、ピンポンダッシュで近所の人を困らせた……!?」



そう書かれているが、自分の記憶と食い違っている。


たしかにピンポンダッシュをしたことはあるが実行犯ではない。

いまは亡き親友が実行犯。俺はむしろ巻き込まれただけだ。


「まずい。ファクトネットに嘘が投稿されてしまう! これはなんとかしないと!!」


使命感に燃えて翌日を迎えた。

さっそく会社の中にある記事修正部門へとなぐりこみをかけた。


「……なるほど。ようは、このピンポンダッシュの記事は間違ってると?」


「はい! 俺は実行犯ではありません!!」


「その証拠は?」


「しょ、証拠……!?」


「そうとも。我々は社のエリートによる緻密な調査と裏取りにより、

 この記事を作っている。それこそ1文のミスなく、だ。

 それなのに君ときたら証拠もなく、この記事を嘘だと言っているんだ。その意味がわかるかね」


「そ、その調査が間違ってるという可能性もあるでしょう!?」


「それなら間違っているという証拠を出しなさい」


そんな調子でとりあってはくれなかった。

その後も上司にかけあったり、先輩にそうだんしてみたがダメだった。


「自分の黒歴史が公開されるのは抵抗あるかもしれないけど。

 社員だからといって、事実をねじまげていいわけじゃないんだよ」


「そうじゃなくて! 記事が間違ってるっていうんです!」


誰も相手にしてくれない。


もはや自分がピンポンダッシュしたかどうかなんてどうでもよい。

ファクトネットに嘘の情報が混入してしまうことが一番の問題だ。


こうなったら社長にいうしかない。


ファクトネットのすべての情報はすべて社長がGOサインを出している。

社長にわかってもらえれば水際で食い止めることができる。


「社長! お話があります!」


「な……なんだね君は!」


「これから審議される私の記事に嘘があるんです!

 私はピンポンダッシュしてません! 実行犯は別です!」


「ふむ……これかね。で、証拠は?」


「証拠はないんですが……私自身のことは、自分が一番わかってます!」


「このファクトネットの記事掲載にどれだけの工程があるか知っているか?」


「え? いや……まだすべては……」


「1つの情報をファクトネットに出す前に、100のチェック工程を挟んでいるんだよ。

 すべて裏取りと証拠をあらゆる角度で精査してね」


「でもそれが間違っている可能性も……」


「仮にそうだとして、君の根も葉もない意見を真に受けて

 その100工程をもう一度やり直したときに、どれだけコストがかかると思う?」


「それは……っ」


「社長である私のところに来た時点で100%決まったことなんだよ。

 君のように記事にいちゃもんつける人はいくらでもいるが、とりあったことは一度もない」


結局、社長への直談判すらダメだった。


それどころかこの一件でしばらく謹慎処分というおまけまでついてきた。

ファクトネットの中にいればまだできたことも、もう何もできない。


謹慎処分ともなれば自分は力のない一般人でしかない。


「ああ……どうすればいいんだ……」


絶望するとこれまでの人生が走馬灯のようにかけめぐる。

昔の悪ガキだった時代の記憶も。



「あ」



その走馬灯の中に、ピンポンダッシュの記憶があった。


「思い出した……! あのとき、ピンポンダッシュの場にいたのは2人じゃない。もう1人いたはず!」


悪ガキ時代に自分はいつもトリオで遊んでいた。

そのうちの親友が死んでしまってからは疎遠になり自然消滅したが。


あのピンポンダッシュをしたときだって3人だった。

押した実行犯が俺じゃないことを証明できる唯一の人間。


俺はなんとか昔のツテを頼って頼って、ついにかつての友人に会うことができた。


「ずいぶん久しぶりじゃないか。急にどうしたんだ」


「お前に証言してもらいたいことがあるんだよ!

 ほら、俺たち昔にピンポンダッシュしてただろう!?」


「ええ……? そんな昔のこと……?」


「頼む! なんとか思い出してくれ!!」


「どうだったかなぁ……?」


「頼む! 近所の高い家へ順番に回っていただろう!?」


「……あ、ああ! ああ! 思い出した! 思い出したよ!」


その言葉を聞いて、一気に肩の荷がおりた。

これで記事の修正へとこぎつける。


「あのとき、俺はピンポンダッシュをしてなかったよな。

 俺とおまえは二人で見ているだけだったよな!?」


「んーー。たしかに。そうだった気がする」


「だよな! な! な!!」


「なんでそんなに必死なんだよ……?」


「いや真実が知りたかったんだ。真実がわかって本当によかった!!」


「真実? それなら……」


友達はなにやら手元の端末を操作しはじめた。

画面に出された情報をたしかめると、その画面をこちらに向けた。




「ごめん。ファクトネットにはお前が実行犯って書いてあるから、記憶違いだったわ。

 やっぱお前が実行犯だよ。ファクトネットには真実しか載ってないんだから間違いないよ」

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