第14話 スランプ
(せめて、色にこだわったとか言えたら良いんだけどなぁ。「ここはどうしてオレンジなんですか?」なんて言われたらどう答えよう。)
JSOTまであと一週間に迫った夜、香魚子はいつものように家でタブレットに向かっていた。
ペンを走らせながら、頭の中は仕事への不満が離れない。
(……なんて。きっと説明も鷲見チーフが考えた内容をベースにして、私の意見なんていらないんだろうけど。)
「できたっ!」(送信)
30分後
【デザイン見たよ。ありがとう。】
【でも正直な意見を言わせてもらうと、今回のはイマイチかな。少し雑な気がする。】
(え…)
明石はいつも忌憚のない意見をくれるが、いつもは必ずどこかを褒めてくれていた。
香魚子はしばらく画面を眺めてから、メッセージを打った。
【修正して送り直します】
謝るキャラクターのスタンプも送った。
【再送しなくて大丈夫だよ。】
【JSOTの準備もあって疲れてるだろうと思うし、ゆっくり休んで】
お茶を出すシロクマのスタンプが送られてきた。
【すみません】
【謝ることじゃないよ。おやすみ】
【おやすみなさい】
いつもならスタンプを送るが、この日はそんな気持ちになれなかった。
落ち着いて送ったデザインを見ると、たしかに普段より雑なのが自分でもわかる。
しかし、修正すると言ってみたもののどう直せば良いのかわからない。
明石に送るデザインを考えるのは楽しかったはずなのに、ここ最近は楽しいと思えていただろうか…と、ふいに疑問が湧いた。
香魚子は会社で明石と顔を合わせるのが憂鬱だと思っていたが、JSOT前までは出張続きのようで会社で明石を見かけることはなかった。
すっかり“明石にとっての自分の価値はデザインしかない”という考えになってしまっている香魚子は、あの夜もなかなか寝付けずに結局デザインを続けてしまった。
仕事のデザインのストレスは、プライベートのデザインで発散することができる…そう思っていたし、今でもそう思っているが、ストレスが香魚子のキャパシティをオーバーしていた。
(JSOTが終われば、忙しさも解消されるはず。)
(鷲見チーフのデザインからも少しは離れられるはず。)
(…こんなこと考えて、今の会社にいる意味あるのかな。)
『この会社の将来』
明石が口にした言葉を思い出す。
明石が想像するピーコック社の将来に
(てゆーか、私自身はそこにいたいのかなぁ…。)
JSOTの設営日、プライベートショーと同じく企画デザイン部は総出で設営にあたっていた。
香魚子は部署のメンバーの顔と、飾られていくブースを見渡した。
つぎつぎにブースに陳列されていくのは鷲見自身や香魚子たちがデザインした鷲見のイラストの商品ばかりだ。
レターセットのコンペの時も鷲見の発表時は営業から称賛の声が上がっていた。
(やっぱり私はテイストが合ってないんだよね。)
「いらないダンボール片付けたいね。台車持ってこようか。」
先輩デザイナーが言った。陳列が進み、空箱が増えてきていた。
「私持ってきます。」
香魚子が片付け用の台車を取りにいくことになった。広い会場の端の方まで歩いていかなければいけない。
「あれ?福士さん?」
歩いていると、ふいに声をかけられた。
「え?」
声の方に顔を向けると、柏木が立っていた。
「あ!柏木さん!」
「設営?って、それしかないか。」
「はい。星野も出展するんですね。きっと新商品も並ぶんですよね。」
「うん。今回お披露目の商品、結構おもしろいから福士さんも時間あったら見においでよ。」
「はい、ぜひ。」
香魚子はにこっと笑った。
「ピーコックも新商品並べるんでしょ?」
「はい、まぁ…」
「あれ?新商品イマイチな感じ?あ!サンプル間に合ってないとか?」
「あ、いえ、サンプルは間に合ってるし、その…
香魚子は笑顔で答えたが、目は伏せてしまっていた。
「なんか元気ないね。」
「え」
「デザインやってる?明石が福士さんがデザイン見せてくれるって楽しそうにしてたけど。」
「………」
今明石の名前を出されるのは辛い。
「私、今ちょっと…いろいろダメで…」
思わず弱音が溢れてしまう。
「もしかして、
「何も?なんのことですか?」
香魚子には柏木の言葉の意味がわからない。
何もピンときていない香魚子の表情を見て、柏木は腕を組んで逡巡した。
「いやー…でもなぁ、明石には明石の考えがあるだろうし…」
柏木がぶつぶつと呟いている間も、香魚子はキョトンとしたままだった。
「ま、いいや。詳しくはそのうち明石から話があると思うけど、福士さんは全然ダメじゃないよ。明石も俺も君のファンだから。」
「……はぃ…。」
(はぁ…柏木さんに慰めさせてしまった…)
香魚子は台車置き場までとぼとぼと歩いて行った。
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