第7話 顔合わせ

【フラムって店。18:30から明石で予約してあるから。】


明石から店の地図付きのメッセージが届いた。

(返信…スタンプを使っていいのかダメなのか…)

【了解しました。予約ありがとうございます!】

散々迷った挙げ句、無難なメッセージを返した。

———ピコンッ

明石から【よろしく】と描かれたシロクマのスタンプが届いた。

(……かわいい…。)

香魚子もスタンプで【よろしくお願いします】と返した。

———ピコンッ

【鮎のスタンプとかあるんだ。ウケる。】

(笑われてしまった…。)



指定された店に到着すると、奥の半個室の席に通された。

明石と、もう一人明石と同じ年頃と思われる男が先に席についていた。

「あ、お待たせしました。」

「おつかれ。こっちも今来たとこだから大丈夫、座って。酒飲める?」

明石が言った。

「えっと…明日は受付係で早いので一杯だけ。」

「料理もなんでも好きなもの頼んでね。」

「俺肉食いたい。」

連れの男が言った。

「お前は相変わらずだな。」

(誰なんだろう?そもそもなんの会?)

香魚子が疑問に思っている間に飲み物が届いた。

「じゃあ、ひとまず乾杯しようか。おつかれさま。」

『おつかれさまです』

「えっと……」

香魚子は相手が何者なのかわからず、どう会話を始めれば良いのか戸惑っていた。

「お前なんも言ってないんだ?」

男が明石に言った。

「うん、今日はそういう話がしたいわけじゃないからさ。とりあえず顔合わせ的な?」

「なんだよそれ。」

「福士さん、こいつは柏木かしわぎ 健太郎けんたろう。星野ステーショナリーで営業やってる人。」

「よろしくー。」

柏木はにっこり笑った。

「福士 香魚子です。よろしくお願いします。星野の商品よく買います。」

香魚子も笑って挨拶した。

星野ステーショナリーといえば、ピーコック社よりも老舗の会社だ。

(星野の営業さんと私を会わせたい?何故…?)

よくわからないまま、食事の席は進んでいった。

「初めて会ったとき健太郎はまだ印刷会社だったよな。」

「そうだったな。懐かしいなー。」

どうやら明石と柏木は10年来の友人らしい。

「福士さん柏木はね、星野の前は印刷会社にいたんだ。だから印刷とか加工のことにも詳しいよ。なんでも質問してみたら良いよ。」

「そうなんですか。」

「うん、ノートとかに強い会社だったから、ノートとか手帳にはわりと詳しいかな。他もわかる範囲でなら答えられるよ。」

「今度こういうノート発売するんだよ。明日お披露目だから一応まだオフレコな。」

明石がスマホを取り出して写真を見せた。そこには香魚子のノートが写っていた。

「あ、そのノート…」

「ふーん、かわいいね。御社っつーか。」

「さすが健太郎。うちよな。でもこれ、デザインした福士さんは全然納得してないんだよ。」

そう言って、明石は香魚子の方を見た。

「え、えっと納得してないってことは…」

「俺の予想では、他にやりたいデザインがあったんじゃないかと思ってて…」

「へぇ、そっちも見てみたいな。」

「やっぱそう思うよな?」

明石は柏木に同意すると、香魚子の方をまた見ている。

(…これは…)

香魚子は明石の意図を理解して手帳とペンを取り出した。

「…お見せできるものが何もないので描きますね。」

そう言うと、サラサラとペンを走らせ始めた。香魚子の顔つきが変わるのを明石は満足げに見ていた。

「あ!」

香魚子のペンがピタッと止まった。

「どうした?」

「えっと、これって一応未発表の企画の内容なんですが…他社の方の前でお見せして良いんでしょうか…?」

「ああ、健太郎は大丈夫だから、続けて。」

香魚子は明石の目を見て、その言葉を信じることにした。

香魚子は4種類のノートのラフデザインを描き上げた。

「今回私がやってみたいなって考えていたノートはテーマが“昼と夜”なんです。」

「昼と夜?」

「はい、えっと…動物はヤギとオオカミの2種類に絞ろうかなと思っていて、本文の紙も2種類使います。ヤギはオフホワイトで昼を象徴していて、オオカミは夜だから黒にしたくって。」

「めちゃくちゃ良い企画だけど、黒は流石に描きにくくない?」

明石が言った。

「そこなんですよね…」

香魚子が難しい顔をする。

「グレーの紙ならいいんじゃない?ノート向けのグレーの紙あるよ。コントラストが弱いから目に優しくて、白でも書けるって紙。」

柏木が言った。

「さすが。」

明石が感嘆の声を漏らす。

「でもこれ、紙2種類使ったらコストが結構かかるよね。」

柏木も真剣に考え始めたようだ。

「はい、なので他のところでできるだけコストカットしたくて…表紙はPP貼りをせずにあえて…」

「いや、でもそれだと耐久性が…」

「そこは…」

気づくと企画会議は白熱していた。

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