第44話 Waxing Gibbous-2



大晴の目の前にしゃがみ込んでいたスーツ姿の男性が、恵に気づいてこちらを見上げる。


「あの、うちの子がすみません!」


「いえ、こちらこそ・・・・・・あれ・・・・・・えっと・・・・・・・・・もしかして、涼川?」


日に焼けた精悍な顔つきと爽やかな雰囲気はそのままに、きちんと年を重ねて大人の落ち着きを兼ね備えた、あの頃の恵のもう一人のヒーローがそこに居た。


「・・・と、朝長くん!?」


素っ頓狂な大声を上げた恵に、大晴がきょとんと首を傾げる。


「めぐちゃんのお友達?」


大晴を抱き上げて立たせてくれた朝長が、あの頃と変わらない人当たりの良い笑みを浮かべる。


「お、お友達っていうか・・・えっと・・・えええ、なんで、朝長くんがここに!?」


まさかこんなところで、ヒロインとヒーローがバッティングするなんて。


パニック状態の恵に気づいた愛果が、申し分なさそうに受付から出て来た。


「大晴くんごめんね・・・・・・・・・もうすぐ終わるって言ってるのに、どうして車で待っててくれないの?」


不満げにそう言って、受付に居る時の数倍気易い表情で長身の朝長を見上げる愛果は、まさに恵が見つめ続けたヒロインそのものだ。


慣れた様子で愛果の不満を受け止めた朝長は、ひょいと悪びれもせず眉を持ち上げた。


あの頃教室でよく見た表情だ。


どんなイケメン男子高校生も、三十代に入れば多少劣化したり衰えたりするものだが、朝長はむしろ年齢を重ねたことでさらに魅力を増していた。


あの頃は感じなかった大人の色気を感じてしまうのは、普段あまり目にしないスーツ姿のせいだろうか。


世間一般の女性がたまに見る白衣にときめくように、恵にとってはスーツこそが萌えアイテムだった。


小さい頃から父親の白衣姿に見慣れて来た恵なので、ネクタイを締めている男性を目にするほうがドキドキしてしまう。


ましてや彼は、愛果と並んで恵の青春時代に多大な影響を与えたヒーローなのだ。


「いや、どんな病院かちょっと気になってさ。別にいいだろ、診て貰うわけじゃないし」


教室に居る時の二人は、大抵華やかなグループの中心で今と同じような距離感で側に居た。


一緒に雑誌を見ている事もあれば、どちらかが買って来た食堂のお菓子を摘まんでいる事もあった。


それを遠目に眺めながら、いいぞいいぞとほくそ笑んでいたものだ。


が、それは高校時代の話である。


大人になった愛果と朝長の接点が全く分からない。


恵の預かり知らぬところで、二人の交流はあの後もずっと続いていたのだろうか。


だとしたら、物凄く嬉しい。


「え、え、え?朝長くん、は、長谷さんに会いに来たの!?」


期待を込めた眼差しで、愛果を見つめると、彼女は困ったように視線を逸らした。


「・・・・・・うん・・・まあ・・・」


「まあってなんだよ。俺がここに来る理由って他にないだろ?涼川、男の子のお母さんなんだ。なんかちょっと意外だな。名前は?」


「大晴!」


「へえ、カッコいい名前だなぁ」


「うん!これはねーはやぶさ!」


手に持っていた新幹線を自慢げに差し出す大晴の頭を撫でて、もう何度されてきた誤解を訂正する。


「この子は姉の子なの・・・私はいまだ涼川恵のままです」


「あ、そうなんだ。でもすごいな・・・こんなとこで、昔のクラスメイトに再会するなんて。愛果、なんで涼川のこと教えてくれなかったの?」


「なんでって・・・患者さんのこと話したりできないよ」


守秘義務あるんだからね、と唇を尖らせる愛果に、柔らかい視線を送って朝長がそっかと頷く。


二人の距離感はあの頃よりも心なしか近くなっているようだった。


「長谷さん、患者さんかな?」


待合室の賑わいに気づいた山尾が診察室から出て来る。


ずらりと並んだ顔ぶれを見て、最後にもう一度興奮気味の恵に目をやってから彼が視線を愛果に戻した。


「いえ、彼は私の知り合いで・・・」


慌てた様子で前に出た愛果の肩を軽く押さえて、朝長がどこか挑発的な笑顔で山尾に向き直った。


「朝長と言います。いつも愛果がお世話になっております」


まるで身内同然の挨拶を口にした彼に、愛果が目を見開いた。


視線と言葉から彼の意図を正確に読み取った山尾が、柔和な笑みで応える。


「・・・・・・こちらこそ、いつも長谷さんには助けられています。院長の山尾です」


どうしよう、こんなところで三つ巴が復活するなんて。


目の前で繰り広げられる、あの頃の恵の脳内再現映像大人バージョンは、恵が文字で綴っていたものより数倍リアルで迫力があった。


朝長が愛果へ友人以上の好意を寄せているのは一目瞭然だし、そして、彼は多分愛果が山尾を気にしている事も分かっている。


山尾も、朝長の気持ちをいまの一瞬で察知したのだろう。


完全外野の恵は、どうにかこの映像を記憶に焼き付けようと大晴の手を握ったまま必死に目を凝らす。


「山尾さんって、生徒会役員されてましたよね?何度か定例会で見かけた記憶が・・・」


「あれ?じゃあ、もしかして同じ・・・」


愛果と恵を指さして呟く山尾に、恵は興奮冷めやらぬ表情のままこくこく頷いた。


「朝長くんは、私と長谷さんのクラスメイトなんです!」


「ああ・・・それで・・・・・・」


愛果と朝長から一向に視線を逸らそうとしない恵を生温い眼差しで見下ろして、山尾が納得したように頷いた。

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