第33話 時雨月その2
「うん。ありがとう。一生俺の奥さんやってよ」
様子見を続けていた朝長の指先に力が込められる。
腕の力で一瞬のうちに引き寄せられて、一歩前に踏み出したら背中に腕が回された。
ぎゅうっと抱きしめられて、緊張と高揚感で心臓が今にもやぶけそうだ。
首筋に頬を寄せた朝長が、遠慮はお終いだとばかりに下ろし髪の隙間に唇を寄せてきた。
リップ音付きで啄まれて、気まぐれに這う舌先にいよいよ落ち着かない気持ちになってくる。
彼への告白は、つまり、その先の行為を赦すことだ。
「・・・・・・あの・・・・・・と、朝長・・・」
「・・・・・・ん?」
背中を撫でる手のひらが当たり前のように腰のラインを辿って、大げさなくらい肩が跳ねた。
「わ、私・・・・・・あの・・・・・・言ってないこと・・・というか・・・・・・あの・・・えっと」
「あー・・・・・・ごめん。今のは俺が悪い。二人きりだから完全に調子に乗った」
するりと腕を解いた朝長が、ばつが悪そうにごめんな、と呟いた。
困ったし、焦ったけれど、嫌だったわけでは無くて、むしろ本当はそれを望んでいた。
拒まれたと受け取った朝長の胸に慌ててすがりつく。
「い、嫌じゃないから」
「うん。分かってるから、大丈夫だよ。俺が急かしたな」
宥めるように肩を撫でられて、その手のひらに触れられたい欲求だけが一方的に募っていく。
後ろ頭を撫でた彼が、耳たぶのうしろにキスを落とした。
怖い、でも知りたい、もっと触って欲しい。
結局心と身体はいまだちぐはぐなままだけれど。
「あの・・・私ね・・・・・・経験が無いの・・・・・・この歳まで、そういう関係になった人がいなくって・・・昔は・・・たしかにモテたから・・・なんか、身体目当てみたいな人も結構いて、余計慎重になっちゃって・・・・・・大学入ってからは・・・ほら、一気に体型変わったし・・・・・・自信も無くて・・・・・・だから・・・あの・・・・・・・・・色々面倒くさいかも・・・しれない」
かもしれないではない、確実に面倒くさいに決まっている。
こういう申告を受けた場合の男性側の気持ちってどうなんだろう。
処女は色々大変だと聞くし、ましてやそれが三十路過ぎの妻となれば、さらに勝手は違ってくるはずだ。
受け入れて貰いたいし、ありのままの愛果を認めて貰いたい。
他の誰にも見向きされなくて構わないから。
「面倒くさいって・・・・・・それは愛果の主観だろ?俺は面倒くさいとは思わないし、ちゃんと大事にする。急かさないし、怖い思いもさせない。約束する」
「・・・・・・うん」
返って来た優しい返事に、安堵と共に緊張がほどけて涙が浮かんでくる。
「ちょっと安心した?」
「した」
「うん・・・・・・・・・俺もさ、お前に言ってない事あるんだけど・・・・・・」
「え、なに?なんでも言ってよ。聞くよ?」
最大のトップシークレットを打ち明けた後なので、胸のつっかえが綺麗に取れた愛果は穏やかに応じた。
暫く黙り込んだ朝長が、息を吐いてから口を開く。
「俺さ、あの日お見合いで愛果に再会するまで、もう何年も身体が反応しなかったんだよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
それはいわゆる男性機能の不全的なあれだろうかと瞬きを繰り返す愛果の耳元で、朝長がより赤裸々な単語を口にした。
「仕事が忙しくなった頃から、ヤりたいとも思わなくなって性欲減ったなとは思ってたんだけど、まさか身体まで完全に連動するとは思わなくて・・・・・・だから、恋愛も結婚ももういいやと思ってこのまま仕事だけ生き甲斐にしようと思って三十代になって・・・・・・色々諦めもついた時に、愛果に会って・・・・・・久しぶりに誰かに手を伸ばしたくなった。お前はさ、昔の自分がいいって思ってるみたいだけど、あの頃よりずっと今のほうが色気あるよ。なんか、俺はどうしようもなく触りたくなるし、抱きたくなる・・・・・・心が動いたらちゃんと身体も生き返るんだなって分かったから・・・・・・愛果がそういう気持ちになれるまで、いくらでも待てるよ」
「・・・・・・・・・え・・・っと・・・・・・わ・・・・・・私にはそういう気持ちになるって・・・こと?」
「うん・・・なる・・・・・・愛果と映画館行った夜は、お前の泣き顔思い出して久しぶりに一人で抜いた・・・・・・めちゃくちゃ興奮した」
耳を塞ぎたくなる単語の連打に愛果は慌てて言い返した。
「い、言わなくていいから!」
胸を押さえて言われた事を整理仕掛けて、いや無理だと匙を投げる。
未経験の愛果には、ちょっとレベルが高すぎる。
俯いて真っ赤になった愛果のつむじにキスを落として、俺も隠し事はもうないから、と朝長が笑う。
「・・・・・・だから、愛果は面倒くさくないよ。俺と結婚しよう」
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