第8話 moon phase 12

「やっぱり、会うと思った」


一学期、第一回目の定例会が行われる会議室の前で顔を合わせた愛果は、朝長を見て小さく笑った。


「俺も思ってた」


結局ここまで落選なしでずっとクラス委員を務めている朝長である。


そして愛果も同じくクラス委員常連となっていた。


二年生以降は大抵同じ顔ぶれが固定されるようになり、大きな変動もないまま三年生になるパターンが多い。


定例会にもクラス行事にも慣れている人間が対応する方が速いからだ。


「選択授業、何取った?」


それぞれのクラスの札が置かれた席に向かいながら、トレードマークのポニーテール姿の愛果が尋ねて来る。


これも今年いっぱいで見納めかと思うと、なかなか感慨深いものがあった。


いまだ、肩で揺れるその髪にすら触れられていないことがもどかしい。


夏に部活を引退したら、今度こそ卒業までには、と勝手な決意を固める。


「美術」


朝長の返事に愛果が可笑しそうに声を上げて笑った。


教室で彼女の笑い声を聞けなくなってもう二年なのだ。


類型が違うので、教科書の貸し借りもできないし、お互いの教室を行き来する理由もない。


最近では、クラブハウスで顔を合わせた時に立ち話をするくらいだ。


一年生の時は、昼休みすら一緒に喋って過ごすことが多かったのに。


「だと思った」


「そういう長谷は?」


「私も美術」


相変わらず笑いながら愛果が答える。


その理由は分かっていた。


「「寝れるから」」


綺麗に重なった返事に、顔を見合わせて噴き出す。


進学校に勤める美術教師は、美術は息抜きの時間とゆったりと構えており、課題なし、小言なしで有名だった。


出席さえしていれば最低限の評価は貰えることで有名だったのだ。


これから引退まで部活まみれの毎日を過ごす愛果と朝長にとって、選択授業の時間は貴重は睡眠時間だった。


のだが、愛果と一緒に授業に出られるなら、昼寝に回すなんてもったいない。


寝不足を押してでも真面目に授業を受けなくてはならない。


「絶対朝長も取ってると思った」


「一緒の授業久しぶりだな」


「懐かしいから、手紙とか回しあいっこしてみる?」


一年生の頃は、退屈な授業の時は、教師の目を盗んで仲の良い数人で手紙を回して遊んで過ごした。


今食べたいものの絵しりとりや、先生の似顔絵を書いたりと、くだらないことばかりだったけれど、どれも最高に楽しかった。


愛果から手紙を回されるたび、それがラブレターでないことは百も承知でドキドキしたものだ。


「紙めんどうだから、メッセージにしてよ」


「うん。いいよ。スタンプ連打するね」


頷いた愛果が、選択授業楽しみだなぁ、と呟く。


たぶん、お前が思ってるのの10倍は、俺のほうが楽しみだよ。


横顔を見ながらそんなことを思っていたら、生徒会役員たちが会議室に入って来た。


「あ、涼川さんだ」


ホワイトボードの位置を確認していた恵が振り返って、手を振る愛花を見つけてぱあっと表情を明るくする。


遠目にも分かる。


彼女は愛果のファンなのだ。


後輩らしき生徒会役員が、愛果と恵を交互に見て驚いた顔になった。


タイプの違い過ぎる二人が手を振り合う仲だなんて想像もつかないのだろう。


実際のところ、愛果と恵は友達でも何でもないし、一年生以降クラスも一緒になったことはないのだが、こうして定例会でしょっちゅう顔を合わせるので、愛果のほうが勝手に親近感を覚えて積極的に恵に声を掛けていた。


そのたびに敬語交じりで返事を返す恵が面白くて、ちょっとしたファンサービスだなと、そんな感想を抱いたものだ。


「三年間役員て凄いよねぇ」


「三年間ずっとクラス委員の俺らも凄いだろ」


生徒会役員には及ばずとも、毎年クラスの中心になってそれなりにクラスを引っ張って来た自分たちだって決して負けていないはずだ。


朝長の場合は、クラス委員になれば、恐らく同じくクラス委員に抜擢されているであろう愛果との接点が増えるだろうと踏んで、下心込みで引き受けているのだけれど。


それでもクラスへの貢献度としては十分なはずである。


誰にも文句は言わせない。


「それもそうだねー。あ、そうだ、春休み、クラブハウスの前でみんなで写真撮ったでしょ?」


頷いた愛果が、覚えてるかな?とこちらを見つめてくる。


忘れるわけがない。


春休み期間に行われる部室の抜き打ち検査を前に、各部の部員総出で大掃除が行われて、持ち主不明の荷物は処分されたり、教師陣に見つかると没収されるアイテムは一時避難を行ったりする、ある意味部活動の一大イベントだ。


女子バスケ部の部室から出て来た使い捨てカメラは、残り数枚撮影枚数が残っており、たまたま居合わせた朝長にカメラマンを頼んだ愛果が、どうせならサッカー部のみんなも一緒にどう?と声を掛けて、部員ごちゃまぜの集合写真を撮ったのだ。


サッカー部の部員たちを目線で制して、上手く愛果の隣に滑り込むことに成功したので、昨日の事のように覚えていた。


「ああ、誰かが置いてった使い捨てカメラで撮ったやつ?」


さもいま思い出したかのように頷けば、愛果がそれそれ!と目を輝かせた。


「サッカー部の分も焼き増しするから、何枚くらいいるかな?そっちの人数わかんなくて」


「え、5枚くらいでいいよ」


「そんなもんでいいの!?あの写真10人はサッカー部員映ってたけど!?」


本音を言えば、自分用の一枚だけ貰えれば十分なのだ。


愛果が映った写真を、ほかの部員たちが持っているのもなんだか癪に障る。


が、あまり頑なに拒絶するのもおかしい。


「・・・・・・・・・じゃあ、10枚」


「分かった、10枚ね。じゃあ、焼き増し出来たら持って行く」


「うん・・・・・・なんか、使い捨てカメラって新鮮だよな」


「そうだよねぇ。なんでもスマホで撮っちゃうもんね。わざわざ現像したりしないし・・・・・・でも、なんか写真立てに入れて飾りたいくらい、青春ぽい写真になってたよ」


嬉しそうに、ちょっと照れ臭そうに目を伏せる彼女の横顔をぼんやりと眺める。


朝長にとっての青春は、愛果がいなくては完成しない。


「・・・・・・写真立て、買おっかな」


フォトフレームなんて部屋に飾るつもりは無かったのに。


呟いた朝長の言葉に、愛果が笑って返した。


「私も同じこと考えてた」

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