シクリハックラヴ

エリー.ファー

シクリハックラヴ

 文字の音が聞こえてくる。

 叩く音ではない。

 紙の上を走る鉛筆の音。

 大切にしたかった思い出はない。

 いや。

 少しだけ演技をしただけにすぎないのだ。

 私は、自分を知ろうとして立ち上がり、座っている誰かの姿を脳裏に刻み込んでいる。

 これ以上の世界もなければ、ちらつく光景もない。

 何かで誤魔化す必要はないほどに恵まれていて、どうにでもなるほどの選択肢と自由の中を優しく漂わせてもらっている。

 おそらく。

 私が望む望まないに限らず。

 一生、続くだろう。

 悲しいような、切ないような、どことなくこの社会の哀れさを予感させるような。

 何もかも私に近いすべてがあって。

 何もかも私から遠ざかるすべてがあって。

 何もかも私から始まろうとするすべてがあって。

 何もかも私から終わろうとするすべてがある。

 数えても終わらない夢があり。

 数えても終わらない誇りがあり。

 数えても終わらない生きる意味がある。

 別に、死ぬ理由がないのだ。

 刻まれていくすべての中に自分の存在を見つめることができていることに感謝しているのだ。

 社会に頭を下げているわけではない。

 私は私に向かって礼儀正しいだけなのだ。

 そして。

 それで十分なのである。

 それ以上のものは必要ないのだ。

 夜が来て、朝が来て。

 朝を忘れて、夜を忘れて。

 そこに、私だけが残って、誰かの笑い声が響き渡る。

 そういう毎日を愛しているのだ。

 そんな世界に生まれたことを感謝しているのだ。

 今日が終わり。

 明日が始まり。

 明日が今日へと変わる。

 その軌跡的な奇跡をこの目で確認するために必要な時間がある。

 私は、権利の中で生きている。

 砂粒のようになった義務から這い出て来た死体から生み出された宝石たちである。

 この輝きは、きっと多くの人に受け入れてもらえない。

 しかし。

 この光は、きっと多くの人が受け入れるだろう。

 エンターテイメントが始まり、ゆっくりと終わっていく。

 コンテンツというものを愛して裏切られる人々が増えていく。

 そんなことは分かっていたはずなのに。

 学ぼうとしない。

 結局は人間がすべてであり、ドラマを見に来ているだけなのだ。

 信じたくないのは事実でも、現実として受け入れないのは逃げているだけだろう。

 見ようとしないのは勝手だが、見ていないものを存在しないと言い切ってしまうのは我が儘でしかない。

 私はあなたの人生を見ている。

 遠くから眺めている。

 何が良くて何が悪いのかは教えない。

 いや。

 教えられない。

 ここから先はあなたの物語だ。

 ここから生まれる日々はあなたのための道だ。

 ここから始まる私とあなたの関係はすべてあなたのためのものだ。

 受け入れなくていい。

 浴びていけ。

 失わなくていい。

 学んでいけ。

 逃げなくていい。

 戦っていけ。

 私を知っておけ。

 私から始まる物語を見つめておけ。

 私という欠片で繋がってしまえ。




 星が綺麗だ。

 二度目はないだろう。

 この暗闇の中で蠢く森に愛を持つべきだ。

 これは、誰に向けた言葉なのか。

 私なのか。

 あなたなのか。

 それとも。

 誰かなのか。




「こんなに良い所だったら、もっと早く引っ越してくればよかった。どうして二の足を踏んでいたんだろう。なんでもいいから、とにかく動けばよかったんだ。立ち止まって見える景色なんてたかがしれてるじゃないか。そんなこと。そんなこと」




「最初から分かっていたのにな」

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