第8話「ハンバアアアアアアアアアグ」

「私の家、喫茶店なんです。よかった食べて行きませんか?」


 というわけで俺となのんさんは喫茶店『ヴェルダンティ』へと移動する。


 その道中で、俺たちは軽い自己紹介や身の上話を済ませておいた。


 どうやらなのんさんも俺と同じ高校『和錆わさび高校』に通っているようだ。しかしどちらもお互いの顔に見覚えはない。


 こんなかわいい人なら、何度か目に止まってそうな物だけど……案外気付かないもんなんだな。


「というわけではい。メニューどうぞ」


 喫茶店の奥、右隅の席に座った俺は、なのんさんから受けったメニューを見る。


 『ナポリタン』『オムライス』『カレー』『サンドイッチ』『ハンバーグ定食』エトセトラエトセトラ。

 かなり沢山メニューがある。


 こんだけ種類にんでいると、注文するとき迷うな。うーん……ここは無難にハンバーグでも頼んでおくか。


「お待たせしました。ハンバーグ定食です」


 数分後、なのんさんが俺の席の前にハンバーグとライスを運んでくる。


 が、それよりも俺の目に止まったのは、なのんさんのほう。


「似合ってますね」


 思わず口から心の声が漏れてしまう。


 が、そうなってしまうのも仕方がないくらいなのんさんの服装は可愛かった。


 あれは多分、喫茶店の制服だよな。

 白色のシャツの上に、緑色を基調とした胸当てエプロンを着ている。


 清楚で家庭的な雰囲気のその服装はなのんさんとかなりマッチしていた。


「あ、ありがとうございます……」


 俺が褒めると、なのんさんは俯いて顔を赤らめる。


 道中話してみてわかったことだが、どうやらなのんさんは人見知りする性格のようだ。


 といってもスキル欄に表示されてないのを見るに、昔の俺ほど重症のようじゃないらしいが。


 コミュ障の苦しさを知っている身として、なにか力になってあげたいけど……、なにかそういうスキルを付与するか?


「……いや」


 やめておこう。

 今は魔力が少ないし、それに他人にスキルを付与したことないからなにが起こるか分からない。


 もしかしたらスキルの適応ができなくて障害が残ることもあるかもしれないし……そんな危険なことを初対面のなのんさんにやるわけにはいかない。


 やるなら万が一が起きてもすぐスキルを消すことができる身近な人。つまり妹だな。


 ま、魔力が少ない今色々考えたって仕方がない。


 とりあえず今はこの美味しそうなハンバーグを食べるか!


 ナイフでハンバーグを四分割して、その一つを口に運ぶ。


「美味い……!」


 頬が落ちるとはこのことをいうのだろう。


 噛み締める度溢れ出る肉汁。その汁と上に乗せられていたチーズの味が混じり合い、奇跡的なバランスで旨味をかもし出している。


 こんな美味い味、俺の人生の中で一度も味わったことがない。


 そんな味が、あんな安い値段で食べれる?


 ……最高かよ。


 俺は今まであんまり外食とかしてこなかったけど(一人が好きだし)、この店なら通ってもいいかもな。


 ここは人が少なくて居心地もいいし、高校からも近い。


 それに、ほぼ毎日コンビニ弁当かカップラーメンばかり食べている生活じゃ不健康だし。


 うん。これからも食べに行こう。


 などと思考しながらも、ご飯を食べる手は止めたりしない。


 ぱく。

 もぐもぐ。

 ぱくぱくぱく。


 ライスとハンバーグを交互に。

 

 米の淡い味と肉汁の風味が合わさった素晴らしい味に感謝を覚えながら、ひたすら箸を進めていく。


 黙って食べている内に、気付けば完食。


 一度も手が止まることなく、ハンバーグ定食を食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 本当に、充実した食事の時間だった。


 本当に美味しい飯って、食欲だけでなくストレスも解消されるよなあ……。


 と、食欲といえば。


 ついさっきまで枯渇しかけていた魔力。その魔力は回復したかどうか。

 俺は自身のステータスを開き、MPの欄を確かめてみる。


 ……うん。ちゃんと回復しているな。

 それどころか、回復量は今までより多めだ。


 今までは一度の食事で30程度しか回復してなかったけど、今回は50近く回復してる。


 やっぱり俺の予想通り、魔力の回復量は食べた量ではなく、食事の満足度に比例か。


「……って、ん?」


 俺は降り注がれていた視線に気付き、顔を上げる。


 見ると、そこには左目に傷がある長身の男。

 見るからにヤクザのかしらのようないかつい男が目の前に立っていた。


「え……、え?」


 なんだこのヤバそうな人。

 もしかしてさっきの不良共のボス的な人か? もしや、さっきの仕返しに……!?


「キミが隠橋君だね。不良からなのん守ったという……」


「…………」


 頷くことで肯定。

 俺は身体を警戒モードに切り替えながら、男の動きを観察する。


 素人目にもわかる、無駄なく鍛え抜かれた身体。幾度の死線をくぐり抜けてきた風格。


 ……さっきの不良共より数段強い。


 これは『身体強化』のスキルだけじゃ勝てないな。

 新しいスキルを作るか、或いは――、


 って、考えている暇は無い! 男の身体が動く――!


「私の娘を守ってくれて、ありがとう」


 男の頭が深々と下げられる。


「……え?」

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