135作品目

Rinora

01話

「そろそろいい加減に起きなさいよ」

「昨日約束を守ってくれなかったから拗ねている」


 大好きな母の声が聞こえてきても無視――はできなかったから返事をすることになった、が、私はこのまま負けたりはしない。

 何故なら今回ばかりは母が悪いからだ、「一緒に食べましょう」と言ってくれていたのに友達に呼ばれて出て行っている間に食べてしまった。

 食べ物に関しての約束はしっかり守らなければならないのだ、家族が相手であっても自分から口にしたのであればそういうことになる。


「ちょっとお菓子をあげなかったぐらいでなによ、いいから起きなさい」

「あっ、寒いっ」

「早く準備をして学校に行きなさい」


 拗ねているけどこのまま朝ご飯を食べなかったり挨拶もせずに出て行くと過去のことを思い出して駄目になるからちゃんとした、こういうことをした後に母が風邪を引いたりしてしまったことが何回もあるから怖いのだ。

 ちなみにこれは母だけに限った話ではない、相手と喧嘩みたいになると誰でも該当してしまう。

 嫌いな子が相手ならなんて考えたことがあるものの、それでも自分のせいで体調を崩したりしているところを見るのは嫌だからなるべく喧嘩みたいにはならないように気をつけていた。

 でもまあ、子どもだから気をつけていても失敗を繰り返してしまうときなんかもあるわけで、今回も危なかったことになるけど……。


「おはようございます――な、なんですか?」


 こちらの頭に触れたって得なことはなにもない、まあ、頑張って朝から弄り回しているというわけでもないから構わないけど。

 それに男の先生がやるにしては少しよくないことだと思う、こんなのでも女だから首にされたくなければやめておくべきだ。


「あ、久保か、悪い悪い」

「そういえば眼鏡、どうしたんですか?」

「今日は忘れてしまってな」


 目が悪いからこそ眼鏡に頼っているわけで、そんな人が眼鏡を忘れたりするのだろうかと悩んだ。


「先生が女子生徒の頭を自由にするところを見ちゃった」

「違うぞ……と言っても説得力がないよな……」


 先生は彼女に対してあまり強気に対応できないみたいだった、もしかしたら裏でこそこそと仲良くしているからこそなのかもしれない。

 学校外のことであっても見つかればやばいだろうから気をつけた方がいい、お仕事を続けたいのであればなおさらそういうことになる。


「ま、先生が女の子に触れるのなんて初めてのことじゃないからいいんだけどね」

「な、なんかその言い方だと俺がやばい人間みたいに聞こえるんだが……」

「え? 違うの?」


 とりあえず席まで移動して必要な物を出して、それからは特に移動をしたりはせずにぼうっとしていた。

 自意識過剰な人間ではないため、人が集まってきたってなにも気にならない、私なんかじろじろ見る人はいない――はずだったのだけど、何故か登校してきた前の席の子がじっと見てきていた。


「なに?」

「久保、あんたってちょっと小さすぎない? ご飯とかちゃんと食べてんの?」

「食べているよ? お昼だってここでいっぱい食べているのを大島さんも見ているはずだけど」

「そうだけど、全くそれが身長の方にいっていないからさ」


 ああ、身長のことならもう既に諦めている、たくさん寝てたくさん食べても昔から分かりやすく成長してくれたことがないから期待しても無駄だ、ついでに胸のことも諦めてとにかく美味しいご飯をたくさん食べてから死のうという考えでいた。

 ただまだ終わらせられないのか大島さんは「心配になるわ」と重ねてくる。


七美ななみぎゅー!」

「わぷっ、な、なによ朝から……」


 彼女、杉本さんは先生と話してからは必ずこうする、私か誰かが大島さんと話しているときにこうして来るから同性とか関係なく好きなのではないかと勝手に想像していた。

 自分はともかく恋愛脳で仲がいい存在達で妄想をするのが日課だった、そして単純だから母に対して拗ねていたことなんてもう私の中からはなくなっている。

 いつまでも同じことで足を止めないのはいいところだと言えるのではないだろうか、そういうのもあって基本的にポジティブ思考タイプの人間だと言えた。


「いやほら、私女の子の方が好きだからさ、それに七美って私好みのいい匂いなんだよ」

「いいから離しなさい……」

「はーい」


 おおと内側で一人盛り上がっていると「あ、ふふふ、久保さんの顔に羨ましいと書いてあるよ」と彼女が言ってきて首を振る。

 自分がそういうつもりで動いていると冷静に見ることができないから相当なことがない限りは恋なんかはしない。


「とにかく久保はもっと食べること、いい?」

「これ以上食べたらお腹周りにお肉がつくだけだけど」

「いいの、その途中で身長だって大きくなるでしょ」


 大丈夫、あまり食べない少食の男の子よりは食べているから問題ない、それにただ詰め込むためだけど食事が楽しくなくなるから自分のペースで向き合い続けるだけだった。




「よいしょ……っと、寒いけどここがやっぱり好きだ」

「もう二度と電車が通ることのないレールなんて見てどうすんのよ」

「なんか落ち着くでしょ?」

「そう? ここにいるぐらいならさっさと家に帰ってベッドの上でごろごろした方がマシよ」


 彼女はつまらなさそうな顔で周りを見てから「というか私達が住んでいるところって分かりやすく田舎よね」と言ってきた、私としてはその所謂田舎っぽいところを気に入っているからなにも不満がない。


「杉本っていちいち距離が近いわよね、まあ、ああいう子は嫌いじゃないし温かいからいいんだけどさ」

「当たり前な話だけど私にはしてこないから大島さんが特別だと思う」


 意外とこちらにも話しかけてくれる――のではなく、多分なんてことはない私が相手でも警戒しているのだ。

 とはいえ、気づいていても余計なことを言ったりはしない、狙っていないから不安にならなくていいよなんて言ったところできっと信じてもらえないからだ。

 なにもないことを一緒にいることで分かってもらえればいいけどついつい甘えてしまうものだから効果がないというのが現状の残念なところだった。


「特別ねぇ、確かにあの子は最初から同性のことが好きだけどすぐに恋をするからね、こっちがその気になったときには違うところに行ってしまっているわよ」

「ならいまから一生懸命になればいい、そうすれば杉本さんもいてくれる」

「どうだかね、ほら、相手がその気になったら冷めたりする人間だっているじゃない? 杉本がそうだとは断言できないけどやっぱり気になるわよ」


 適当に石を拾うと彼女も同じように拾ってから前に投げた、乾いた音を響かせて私達から離れて行く。

 それから「その気になったらあれが杉本よ」と、さすがに投げることはしなかったけど投げるふりをしてこうして追えばいいと言ったら頬をつねられた。


「あんたがどういう風に過ごしてきたのかは分からないけどそれができるんなら苦労はしていないのよ」

「もう帰るの?」

「寒いから帰るわ」


 私の方はある程度の時間まで残って時間つぶしだ、そうしておかないと「勉強をやりなさい」か「友達と遊んできなさい」のどちらかを言われることになるから避けたかった。

 母のことは好きだけど同じことを何度も言われることを考えると頭が痛くなる、あと、友達と遊んでこい云々はちゃんと放課後に過ごせる相手がいないと不可能だということを母は分かっていない。


「あーあ、今日も先客がいるよ」


 ほとんど毎日と言っていいほど放課後はここで過ごしているからその先客のほとんどは私だと思う、邪魔だということなら場所を――いや、譲るなんて性格的にありえないか。

 ただまあ、喧嘩を売りたいわけではないから離れるしかないのは確定しているけど、ここにいられるならそれでいいから我慢をしようと決めた。


「ここがお気に入りなの?」

「ま、退屈な場所だけど一人で過ごすのには最適な場所だからね。あと一年生ちゃん、私は二年生だからね、ちゃんと敬語を使わないとね」

「それはすみませんでした」


 怒っていないことは隣に座ってきたことで分かった、顔を向けてみると「滅茶苦茶田舎だよね」と大島さんみたいなことを口にした。


「ね、さっきの子って大島七美ちゃんでしょ? 明日、紹介してくれないかな」

「分かりました」

「で、きみは?」

「一緒にいてくれていますけど友達とは言えないレベルですね」


「小さいから心配になるのよ」とよく口にしているから大島さんとしても友達という見方はしていないはずだ。

 基本的にというだけで他者が絡んでいるときに同じような考えではいられない、ただ、相手が友達だと言ってくれたらそうなのかとすぐに納得することができる。

 まあ言ってしまえば不安なだけなのだ、そういう状態のときにこちらが安心できる言葉を吐いてもらえればそれは変わるということで。


「そうじゃなくてきみの名字や名前はって聞いているんだけど」

「久保です」

「ふふ、ただでは全部教えないということか」


 教えたくないとかそういうことはない、けどなんだろう、相手的に一緒にいられそうではなかったから必要なのかどうかで悩んでしまった形になる。


「こう……こちょこちょーとしてしまえば吐いてくれるかな?」

「私、くすぐりには強いです」


 そのかわりに暗闇なんかには少し弱い、特にお布団なんかで視界が暗くなるとすぐに涙が出てくるぐらいだ。

 夜の暗闇は場所次第で結果が変わっていく、ここはお気に入りの場所だけど長時間いるには不向きな場所だった。


「じゃああそこにいる杉本ちゃんに聞けばいいかな?」

「杉本さんのことも知っているんですか?」

「まあ、大島ちゃんと杉本ちゃんってセットみたいなものだからね」


 大島さん的にはどうかなんて分からないけど杉本さんにとっては確かにそうだ。


「やっほー」

「ね、この子のことを教えてよ」

「久保さんのこと? 私もよく分からないなぁ」

「えぇ、やっぱり大島ちゃんに聞くべきかぁ」

「七美もあんまり分かっていないと思うよ」


 この二人の雰囲気はよく似ている、このペアもいいかもしれない。

 ただ、それだと先生は、それだと大島さんはとなってしまうから決めつけずに楽しんでいこうと終わらせたのだった。




「ねえ、もしかしてあれってあんたのせい?」

「多分、杉本さんだと思う」

「……ああいうタイプは苦手なのよねぇ、杉本も余計なことをしてくれちゃって」


 先輩が来る度に逃げていたから本当に嫌だということが分かる、ただ、ちゃんと一緒にいてみないと分からないこともあるから最初ぐらいはと考えてしまう自分もいて余計なことを言ってしまいそうだった。


「あーあ、教室が落ち着かない場所になってしまったじゃない、つかあんたも逃げてんじゃないわよ」

「逃げているんじゃなくてトイレに来ていただけなんだけど」


 冬ということでお腹が冷えてトイレの回数が増えてしまっている、もったいない感じがするけど我慢も体によくないから行くしかない。

 学校のというか家以外のトイレは正直に言って苦手だ、小学生のときからそうだからこの先も変わらないことが確定していてそのことを考えると気分が下がる。


「同じじゃない、鏡の前でじっとしているんだから」

「それは大島さんに腕を掴まれているからだよ、教室に戻ろ?」

「……じゃああんたも近くにいなさいよ」

「後ろの席だから大丈夫だよ」


 教室内は今日も賑やかだったけど先輩と杉本さんの組み合わせが一番盛り上がっていた、昨日彼女が言っていたことの意味が少し分かった気がした。

 そういうつもりがなくても同性なら誰でもいいように見えてしまう、このクラスにも可愛いや奇麗な女の子は複数人いるから確かにそういうことが気になって踏み込みづらいかもしれない。


「おー、やっと帰ってきたよ大島ちゃんが」

「先輩、もう少し声量を下げないと怒られてしまいますよ」

「あ、はは、声が大きくなっちゃうんだよねぇ、ごめんごめん」


 杉本さんが後ろにいたからちょいちょいと手招きをして呼ぶ、来てくれたから手を掴んで少しだけ離れた。


「久保さんが積極的だー」

「杉本さん的にどうなの?」

「うーん、七美は別に私の彼女というわけじゃないからね、逆に久保さん的にはどう?」


 その場合だったら既に決まっている、露骨に表に出していたら止めさせてもらうだけだ。


「嫌そうなら止める」

「七美、不満を抱いていても結構上手くやっちゃうからそのときはこないかもしれないね」

「そうしたら仲がいい杉本さんがなんとかしてあげて」

「そりゃなんとかしたいけどさぁ」


 言い合いことは言えたからお礼を言って席に戻る、その際、じろりと大島さんに睨まれてしまったけど気にならなかった。

 ここにいたところで彼女からしたらなにも役に立てないし、後ろからじっと見られていても気になるだけだろう。


「っと、大島ちゃんや杉本ちゃんと話すのが楽しくてついつい長くいてしまったよ、時間がやばいからもう戻るね」

「はい」

「あ、次の時間は久保ちゃんも加わってくれるとありがたいね、それじゃあねー」


 先輩が教室から完全に出て行ってから軽い力で机を叩かれた。


「一人で出て行くならまだ分かるけどよりにもよって杉本を連れて行くとはね、あんた私のことが嫌いなの?」

「そんなことはない、ただいまなら自分の聞きたいことを聞きやすかったというだけのことだよ」

「聞きたいことってなによ?」

「大島さん関連なのは間違いないけど教えるわけにはいかないかな」


 無言で見つめ合っている内に教科担当の先生が来てくれたから助かった、まあ「次の時間、逃げるんじゃないわよ」と言われてしまったから結果的にはあまり変わらないかもしれないけど。


「さてと――そんなに怖い顔をしなくても逃げたりはしないよ」

「逆よ逆、先輩が来る前に逃げるわよっ」

「え、それって私も、聞いてくれていないね」

「当たり前じゃない、約束を破った子の言葉なんて聞かなくていいのよ」


 十分休みではなくお昼休みでよかったと考えて現実逃避をしておこう。

 それで彼女はただ廊下に出てからも足を止めることなく歩き続けていた、途中、友達に話しかけられても「いま忙しいから後にして」と足を止めなかった。


「ふぅ、ここまで来れば大丈夫よね」

「あそこに座ろ」

「ええ、そうするわ」


 お弁当は放課後にあそこで食べることにして、とりあえずこんなことが繰り返されないように上手く対応をしなければならない。

 というか、いちいちこうして逃げたりするから何回も来ると思う、普通に対応をしていれば案外すぐになんとかなるというものだ。

 で、普通に対応をしている間に少しだけでも分かれば彼女的にも楽になるだろうし、そのまま興味を抱いて仲良くなれるように頑張るなんてこともできるから無駄ではないはずだ。


「で、杉本とどんな話をしたのよ」

「まだ気にしていたの? 大島さんって意外と細かいことを気にするよね」

「杉本が友達だからよ」

「悪い話じゃないよ」


 あ、納得していないっぽい、というか全然杉本さんの言う通りではなかった。

 思い切り顔に出過ぎだ、いや、無自覚ではなく意識をしてこうしているのか。

 でも、隠されるよりはよっぽどいいためこれに関しても特に不満はなかった。


「久保っ」

「落ち着いて」

「……なんなのよ」


 残念ながら新しく得られたこの情報も教えることのできないことでため息をつく、本人に言うことができないのであれば知らなかった方がマシまである。


「見ーつけた、私から逃げられると思わない方がいいよ?」

「先輩、ちょっとあっちに行きませんか?」

「ん? 喧嘩でもしちゃったの?」

「いえ、行きましょう」


 出会ったばかりでよかった、ある程度時間が経過していたらこういうやり方も不可能になっていたからだ。

 そこまで離れる必要はないからある程度のところで足を止めると大島さんに用があったのに無理やり連れて行ってごめんさいと謝っておく。

 まあ、実際のところは申し訳ない気持ちなんか微塵もないけど、回数を減らせば謝罪というのは有効的だからいいと思う。


「先輩――」

「移動しているときに考えてみたんだけど喧嘩じゃないとなると恋、かな?」

「どうでしょうかね」


 妄想好きな私としてはそういう方向に捉えたいけど……。


「まあいいや、久保ちゃんが相手をしてくれるだけで十分だよ」

「お世辞とかそういうのでしょうけどそれならよかったです」

「へえ、久保ちゃんってそういう感じなんだ」


 同級生以外には意外とこういう感じで接する、保険をかけるようにしておけば面倒くさいことになる前に行動しやすいからこれからも続けるつもりだ。

 だから失敗している感じは全くしなかった、でも、向こうにいる大島さんが気になって少しだけ普段よりも集中できていなかった。

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