金木犀の甘い香り

壱花 零

第1話

 いつもと変わらない日常

 朝が来れば夜が来る。夜が来れば朝が来る。

 そんな何の変哲もない時間が、一定の速さで止まることなく過ぎてゆく。

 そして私は…… そんな時間の中で操られるように生きている人形にすぎない──


 朝が来るたび、同じ時間に起きて、服を着て、朝食を摂り、毎日通っている道を歩いて、同じ場所に向かう。そんないつもと変わらなくて、つまらない日常── もし違う点があるとすれば、2ヶ月前からこの街で"連続殺人事件”が起きていることだ。2ヶ月の間で被害者は10人に達し、何故か死体には金木犀の香水が振りかけられていたそうだ。

 そんな不可解な事件は、2ヶ月たった今でもテレビやネットを騒がせている。


 このニュースを見るたび、私の中の幸福感が満たされていくのを感じた。

 いつも変わらなくて、つまらなかった日常に、普通起こりえるはずのない非日常が、私の手の届く範囲で起きているという事実がそこにあるのだから当然だ。

 それと並行するように、私の体を謎の達成感が包み込んでいた。 


 そんなことを考えながら歩いていると、背後から声がかかった。

桂香けいか、おっはよ〜う♪」


「おはよう、蓮花れんかちゃん。今日は珍しく歩きなんだね」


「今日は珍しく早く目が覚めたんだよね〜 今日はいい1日になる気がするよ♪」


「それじゃあ今日、蓮花ちゃんと一緒に学校に行けている私にも良いことがあるかもしれないね」

 笑顔で言う蓮花ちゃんに、私は冗談交じりの一言を返した。


「そうじゃん!? もしかして私って幸せの青い鳥かも!」


「蓮花ちゃん、あなたは鳥じゃなくて人間でしょ」


「えへへへ、そうだ私人間だった」

 彼女の名前は水原 みずはら 連華。彼女はどんな人にも別け隔てなく接し、周りにいる人たちを笑顔にするムードメーカーだ。そして私の、唯一の友達と呼べる存在でもある。


 しばらくくだらない話をしながら歩いていると、ショッピングセンターに取り付けられた大型モニターに映し出されたニュースに目を奪われた。


『昨夜の21時頃、夕陽ゆうひ駅内で身元不明の焼死体が発見されました。

第1発見者の証言によりますと、遺体を発見した際に焦げ臭さに混じって金木犀の香りがしたとのことで、警察は今世間を騒がせている"連続殺人事件”の可能性を視野に入れ捜査をしているとのことです。』


「………………」

 

「これで11人目だね……」

 私が"事件”の内容に見とれていると、蓮花ちゃんが悲しげな声を漏らした。


「そう……だね……」

 ふと、蓮花ちゃんの方に目をやると涙を浮かべていた。


「桂香…… 実はね私の知り合いのお兄さんが"この事件”の被害者なんだよ……」


「え!? そ、そうなんだ……」

 今まで私は"この事件”が起こるたびに喜びの感情を得ていた。しかし"この事件”の被害者遺族や友人からしてみれば ──ある日突然、大切な人の命をただ欲求を満たしたいがための殺人犯に奪われる。そこで得る感情など、絶望・悲しみ・憎しみ以外にほかならない。


 私は最低な人間だ。毎日がつまらないという理由で人の不幸を喜び、楽しんでいた。そんな私が憎くて憎くてしょうがなかった。

 罪悪感が私の胸を締め付けた。

 ──いっそこのまま締め殺されてしまえばいいのに……


「桂香。気分悪くしたならごめん」


「え!? いや、大丈夫だよ」

 蓮花ちゃんに心配されるということは、今の私はとてもひどい表情をしているのだろう。


「本当に大丈夫?」


「本当に大丈夫だよ」


「それなら良かった。 早く犯人が捕まるといいね!」


「そうだね。早く捕まってほしいね!」

 消えてしまいたいという気持ちを抑えながら、会話のキャチボールを続けた。


「何で犯人は遺体に金木犀の香水をつけてるんだろ?」


「自分のことを世の中に知らしめたいんじゃないかな」


「………………」

 蓮花ちゃんは少し納得できない様子で、

「でも… 金木犀の香水ってどこにでも売ってるじゃん? もし自分を世の中に知らしめたいんなら、どこにも売ってないようなオリジナルの香水を使ったほうがいいんじゃない?」


「たしかにそうだけど、オリジナルの香水だとすぐに足が付くから、どこにでも売ってるような香水を使ってるんじゃないの!」


「そっか! てことは犯人は、ビビリなナルシストってことだね」


「そ、そうかもしれないね……」



「確か、桂香も金木犀の香水を持ってたよね?」


「持ってるよ」


「言いづらいんだけど…… あんまり… 私の前ではつけてほしくなくてさ!」

 蓮花ちゃんは少し言葉をつまらせながら言う。


「そうだよね…… 今度処分しとくよ。蓮花」

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