第16話 ミゲール先生と3体の悪魔
ソイツは出現した。 ――――いや、ソイツ等と言うべきだろう。
ミゲールの誤算。それは、この場所の
それともう1つ。
「ちっ! コイツはレアな主だぜ。悪霊とか、邪霊とか、そういう厄介な魔物じゃない――――コイツの、コイツ等の正体は悪魔だ」
ヤギの頭部を持つ二足歩行の生物。 見上げるほどの巨体。
腕は4本に、背中には羽。
足は偶蹄類のソレ――――シカやヤギのような脚でありながら二足歩行だ。
何より、厄介なのは4本の腕に武器を有している。
投擲用の槍。投擲用の鉄球。
それがミゲールとアリスの前に出現した主の正体。加えて――――
「悪魔が3体……何百年も潜んでいたのか? それとも、きっかけがあって召喚されたのか? とにかく、アリス――――心を強く持て。誘惑されるぞ!」
悪魔を見た者は狂うと言われている。それは――――
『誘惑』
その恐怖を植え付けさせる姿で、心の隙を突いてくる。
催眠術や幻覚……それらを利用した洗脳。
彼等が使う魔法『誘惑』の正体がそれだ。
「だ、大丈夫です……」とアリスは気丈にも返事をした。
彼女の瞳を覗き込み、目に力が宿っていることをミゲールは確認した。
その間、3匹の悪魔たちは――――音楽と舞踏を楽しんでいた。
投擲用の槍と鉄球で地面を叩き、音楽を生み出す。自分たちが奏でるリズムに合わせて踊りを舞っている。
「あれは?」とアリス。
まだ、悪魔たちが自分たちを敵と見なしていないからか? 彼女にも余裕があった。
「戦いの前に、自分たちを鼓舞しているだ。私の分野じゃないから交感神経とか、副交感神経とか知らねぇけど、闘争に相応しい精神へ音楽を利用して調節しているだ」
それからミゲールはアリスへ指示を送る。
「アリス、お前は結界で防御に徹しろ。できたら、新しい聖の紋章を発動して支援を頼んだ」
ぶっつけ本番の作戦に「ちょ!」と抗議の声を出したアリスだったが、もう遅い。
悪魔たちは音楽を止めて、アリスたちを視線で射抜いた。
「めぇえええええええええええええ!」
その咆哮はヤギの鳴き声を連想させるには、あまりにも威圧的で、地面を振るわせるほどの重低音。
その内、持っていた投擲用に槍をアリスに向かって放つ。
反射的に彼女は、結界魔法による防御を開始。 ミゲールの拳だって簡単には貫けない硬度を誇る。
しかし、濃厚な殺意が込められた一撃。その恐怖は、実戦でしかあり得ない。
「――――ッ!」と思考が止まったアリス。それを庇うようにミゲールが前方に飛び出した。
敵として認識した悪魔たちがミゲールを取り囲むように動く。
(どう見ても陣形だな……。やはり、ただの魔物にしては頭が良い。これが本物の悪魔ってやつか)
悪魔がミゲールに対して武器に選んだのは槍ではない――――鉄球だ。
剛速球。
人間ではあり得ない巨体から繰り出される投球。正確なコントロールと攻撃速度は、直撃すれば人間の頭部など容易に砕き捨てるだろう。
「当たればな!」
地面を転がって回避するミゲール。 しかし、背後に周り込んだ他の悪魔が飛来していた鉄球を片手で掴む。
空中で、それも不安定な体勢で投擲。 ミゲールに投げつけて来る。
「――――くっ! なにをコイツ等、スポーツ感覚で楽しんでやがる!」
地属性の魔法によって防御壁を即座に構成。鉄球を弾いた。
しかし――――――
「メエエェェェェェェ! ダメェェェェェ!」
明らかに異常反応の咆哮を3体の悪魔たちは、同時に叫ぶ。
「どうやら、お前等にとってルール違反を犯したみたいだな……知るかよ!」
素早く魔法発動。 3体のうち2体を土壁で四方を囲み隔離。
魔力の込められた壁。中で暴れているようだが簡単には破壊できない。
残った1体。 飛びかかるように打撃を放つも――――
(っ! コイツ等、デカいくせに反射神経が良い)
悪魔の複数の手には槍。
それを飛び掛かって来るミゲールを追撃するように突き出してくる。
槍を空中に掴み、手刀で斬り落としていく。
(1本目! 2本! 3本……くッ! 鉄球が!)
悪魔が手に持つ槍を全て破壊してみせたミゲールだったが、4つ目の武器――――鉄球。
(直線的な槍とは違う動き! しかも、攻撃は単純。鉄球を手にしたままでの打撃だと!)
瞬間的には対処ができずに直撃。 骨が砕ける音と同時にミゲールの体は地面に叩きつけられた。
「先生!」とアリスは叫ぶ。 防御を忘れて駆け寄ろうとするも――――
「大丈夫だ」と短い返事。
代わりに――――
「め、めえぇぇぇぇ……」と悪魔から弱い声。見れば、ミゲールを殴ったはずの鉄球持ちの腕。 それがあり得ない方向に折り曲げられていた。
「わざと殴られて、腕が伸び切った瞬間に足を巻き付かせて、叩き折ってやったぜ! どうだい? 人類で初めて悪魔の腕に関節技を極めてみたぞ」
「人類初か、どうかは置いといて無茶はしないでください!」
「そんな事より、どうだい? まだ発動してないみてぇだけど、聖属性の魔法はやれそうか?」
「まだ、うまく発動はできません。けど……」
「けど?」とミゲールは笑みを浮かべる。次のアリスの言葉が分かっているからだ。
「やり方はわかりました」
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